不揃いブルーベリーの半生ジュレ【魔】

文字数 4,248文字

 ギルドからの依頼をこなしている間に、すっかり日も暮れてしまった。このまま急いで帰ればまだ間に合うかと思ったけど、思っていたより時間の経過は早かったみたい。ぼくは帰ることをあきらめ、どこかで体を休めることにした。どこかに体を落ち着かせるに最適な場所はないか探していると、森の外れに小さな屋敷を見つけた。二階にある窓は外れていたり、ところどころ穴も開いている。もし、中に人がいたら交渉してみるのもいいかもしれないと思ったぼくは意を決して扉を叩いた。水分を多く含んだ扉からは音があまり出なくて、ぼくは扉をゆっくりと開けて声を発した。

 誰かいませんか

 ぼくの声が闇に吸い込まれていった。念のため、ぼくはもう一度声を発してみた。だけど、結果は一緒だった。代わりに生ぬるい風がぼくの肩をすり抜けていった。少し怖いけど、今日だけだと何度も言い聞かせ、ぼくは屋敷に入った。静かに扉を閉め、中へと入るとかび臭さがぼくの鼻を突いた。次いで、ぼろぼろの壁紙に外れた絵画などがぼくをお出迎え。リビングを抜け、キッチンからは生臭さも漂いぼくは思わず声を漏らして逃げるように部屋を出た。リビングで呼吸を整え、ほかに何かないかを探そうとしていると、天井からこつこつという音が聞こえた。ぼくは最初、湿気を含んだ木が軋む音かなとおもっていたけど、その音は不規則にそして断続的に聞こえた。リビングを出た少し先にぼろぼろの階段があり、ぼくは一歩一歩慎重に上がっていくと、不自然に揺れている扉を見つけた。風の仕業だとしても妙な感じだと思ったぼくがぼろぼろの廊下を進んでいき、扉に手をかけてゆっくりと押し開けた。
「誰っ!!」
 まるで刃物のような鋭い語気に、ぼくは驚き思わず声を出してしまった。その声に気が付いた声の主はこつこつと音を近付かせぼくと目が合った。
「あ……あんた。なんでここにいるのよ」
 紫色の髪に尖った耳、それに少し苛立った口調……そうだ、彼女はシアン。魔族と人間の間に生まれたことを特に人間である母親に対し、強い憎しみを抱いている。反対に彼女の父親は純粋な魔族であり、今でも何の能力も持っていない人間である母親と結ばれたかは判明していない。
「ふん」
 ぼくであることがわかると、シアンは鼻を鳴らしながら部屋の中へと戻っていった。部屋の中は今にも消えそうなろうそくの灯りの中、シアンは何やらがちゃがちゃといじっていた。それが何であるかはぼくにはさっぱりわからなかったけど、シアンには何かわかるようで、時折呟きながらがちゃがちゃと音を出していた。
「ま、見つかったなら仕方ないわ。特別にあんたに見せてあげるわ」
 そういうと、がちゃがちゃしていた物から一つ無作為に選んだシアンはそれを躊躇うことなく飲み込んだ。ぼくの見ていた物が間違いでなければ、それはナイフのような刃のあるものだった。なのに、それを躊躇わずに飲み込んだシアンはぼくの心配をよそに美味しそうに喉を鳴らすとはぁと短く息を漏らした。まるでジュースを飲むように自然と。
 飲み込んでから数分後、シアンの体がどくんと跳ねた。そして手や足をぶるぶると震わせ、その震えは体にまで達すると、シアンは苦しみとも歓喜ともとれる声を挙げた。
「あぁ……あああぁあ……これよ。これが、本当の、あたしの……力っ!!」
 目を見開くと同時に禍々しい瘴気がシアンの体から溢れだした。ぼくは直感的に「触れてはいけない」と感じ、シアンから距離をとった。そんなぼくを知ってか知らずか、シアンはくすくすと笑いながら杖を手に取り、ぼくをじっと睨みつける。
「これが……本当の力っ! お父様の力……なのよっ!!  うっ……」
 本当の自分と見せつけることが出来て嬉しいのか、シアンの表情は歪みながらも喜んでいた。のと同時に、シアンはがくっと膝をつき肩で息をし始めた。
「っ……なんなの。これが……本当の力だというのに……なんで……力に飲まれそうなの……」
 胸をおさえながらシアンは言葉を絞り出していた。額には大粒の汗を浮かべ、苦しそうにするシアン。ぼくはこのままではいけないと思い、デッキを取り出し一枚を選び彼女の名前を呼んだ。
「あら、わたしを呼んだかしら……って、これ、危ないわ!」
 白衣をびしっと着た女医─サルースはシアンを一目見ただけで容体がいかに危険かをぼくに知らせた。簡単に言えば中毒症状のようなものだけど、それが急速に彼女の体を蝕んでいるというものだった。急いで手当しないと命に関わるという事態になり、ぼくは血の気が引いた。
「あなた、名前は?」
「……んげんの……なたに名乗るなん……て……」
「んもう! あなた、今の状況わかってるの? あなた、この子の名前は?」
 ぼくはシアンだと教えると、サルースはすぐさまカルテを呼び出し、容体を記入していく。一枚に書ききれなかったのか、サルースは何枚ものカルテに記入をしていくと、シアンが魔力を帯びた目でぼくを睨みつけた。
「あ……んた。勝手に……たしの名前……うんじゃないわ……よ……ぐっ!」
「もう。今の状況、わかってないようね。とりあえず、わたし一人じゃ時間が足りないわ。お願い、あの子を呼んでもらえるかしら」
 サルースに言われたあの子と、ぼくが思い描いている人物が同じであれば……きっとこの人物だと思い、ぼくはその人物を呼び出した。
「クピレーディア。お願い、手を貸してくれるかしら」
「サルース。それにこの子……うん。わかった。サルース、指示をお願い」
「ありがとう。まずは……この子の瘴気を払わないと」
「大丈夫。えいっ」
 サルースが思っている人物と同じでよかったという安堵感に、ぼくは少し胸を撫でおろすと腰が抜けてしまい、その場にすとんと崩れてしまった。
「あなた、申し訳ないけど部屋から出て行ってもらえるかしら。あとは私たちに任せて……ね」
「ひどい中毒症状がでてるけど……わたしたちならできると思うわ。だから……」
 ぼくは頷き、情けない恰好のまま部屋を出ると隣の部屋まで移動し天井を仰いだ。

「っ……ああっ。く……苦しい……でも……これが……」
「いいからおとなしくしてなさい。でないと強制的におとなしくさせるわよ」
「あんた……なんでこんなあたしに治療なんかしてんのよ……さっさとその薬、放りなげちゃえば……いいのに……」
「あなた……本気で言ってるの?」
「当たり前でしょ? あたし、魔族なのよ? なのに、あたしを治療するなんて……」

 パァン

「……え」
「それ以上言うなら、本気で黙らせるわよ」
「え……?」
「いいこと? あたしの前では苦しんでいるのが竜でも人間でもね、誰でも! 等しく! 患者なの! あなたが魔族であっても、あたしの前では……大事な患者なのよ!!」
「はっ……なに泣いてるのよ。こんなあたしがいなくても……」
「……もうっ。そんなこと言わないの! あなたはお父様やお母様がどんな気持ちで愛を注いできたかわからないの?」
「わかるわけないでしょ? なんの能力もない人間のお母様、対照的に純粋な魔族のお父様。なんでお父様はそんなお母様を愛したのかなんて……」
「それはね。愛することに種族は関係ないってことなのよ。お父様はお母様を愛し、あなたを大事に育てて、今があるんでしょ。だから……自分がいなくてもいいだなんて……否定しないでよ」
「……サルースっていったわね。あんた。相当お人よしね」
「……よくいわれるわ。でも、それがあたしなの。我慢してちょうだい」
「よし。薬の調合が完了したわ。シアン。この薬を飲んで」
「……」
「サルース。あなたが感情的になるなんて珍しいわね」
「……そりゃあ、あんなこと言われたらね。さ、シアンが眠ってからが正念場よ」
「わかってるわ。時間との勝負ね」


「……なた。ねぇ、あなた」
 とんとんと肩を叩かれた衝撃に、ぼくははっとした。あれ、いつの間に眠ってたのだろう。目を擦り視界が戻ると、そこにはサルースとクピレーディアがいた。二人とも疲労の色を浮かべずに立っていた。
「あの子、だいぶ落ち着いたわ。それに、彼女から発せられた瘴気の元も回収できたわ」
「これよ」
 クピレーディアが白い包みを開けると、そこにはぼくの目の前で飲んでいたあのナイフがあった。このナイフがシアンの中で暴れていたのかと思うとぞっとした。
「なんであの子がそこまでして力を欲していたかはよくわからないけど……」
「物凄く力に固執していましたもんね」
 シアンが力を欲する理由。ぼくもまだはっきりとわかっているわけじゃないから、迂闊なことは言えない。だけど、シアンがお父さんに力を完全に受け継げなかったことをひどく嘆いたのを思い出した。今のシアンも、魔力を操ることはできるはず。だけど、その力は完全ではないらしく、中途半端らしい。その原因をシアンは人間であるお母さんのせいだと思っている。それが原因でお母さんを憎み続けているというのが、なんともいえなかった。自分が存在できているのはそのお母さんとお父さんだというのに……。
「あたしたちはそろそろ帰らないといけないのだけど、これを代わりに渡しておいてもらえるかしら」
 サルースはぼくの手に茶色い液体の入ったボトルを手渡した。どうやらこれでシアンの魔力回復と解毒を同時に行うことができるらしい。
「一日に三回。基準の目盛りまで飲むように伝えておいて」
 そういうとサルースは白衣を整えながら光に包まれると、丸い駒状に変化しぼくのデッキの中へと戻っていった。それに続くようにクピレーディアも光に包まれデッキの中へと戻っていった。しんと静まり返った部屋に一人、ぼくはゆっくりと体を起こしシアンの様子を伺うため、隣の部屋をノックしてから入った。すると規則正しく呼吸をし、穏やかに眠っているシアンがそこにいた。まるで悪夢から解放されたかのように穏やかなその寝顔にぼくはほっとした。
「……母様」
 シアンは確かにそう言った。今にも消えそうな寝言だけど、シアンはそういうと、唇をきゅっと噛みしめながら涙を流していた。
「……母様。ごめんなさい……ごめんなさい。今度……お会いしたら……必ず……」
 どんな夢をみているのか、シアンは泣きながらお母さんを呼んでいた。その姿を見てはいけないような気がしたぼくは、ぼろぼろの机の上に置手紙とサルースからもらった薬のボトルを置き、隣の部屋で再び体を休めることにした。起きた時にシアンの顔が少しでも晴れやかになって欲しいと願いながら。
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