選べる三色(食)♪もちもちすあま

文字数 7,144文字

 その少女は何かを見つめながら、時折怪しい笑みを浮かべペンを走らせていた。思いつく限りを紙に書いていき、違うと思えば横線を引っ張り書き直していきを繰り返した結果、満足のいく計画が浮かびこらえきれずに大きく笑う。

 これがうまくいけば……うひひ

 怪しく口の端を持ち上げながら、その少女はとある仲間へ協力を求めに足を動かした。きっと彼なら頷いてくれるはず。胸のどこかでそう確信しながら……。

「いややて」
「……は?」
 開口一番。企画書を読んだ彼の口から出たのはまさかの拒否。こうなるとは思っていなかった少女はなんでと口を尖らせる。
「気が乗らん」
「……ほかには?」
「ない。ただそれだけや」
「なんでよー。うまくいけばきっと……」
「うまくいかない場合はどないなるん? 責任は誰がとるん? 発案者であるお前がとるっちゅーことやんな? あぁん?」
「うぅ……そこまで深く考えてなかったんだよぉ……そんな顔をしないで」
「お前はそういうとこ甘い言われんねんで」
 計画は完璧だと確証を持っていた少女─クロリスは肩をすくめた。クロリスはこの世界では名を知らないほどの商人で、なにかうまいことがあればすぐ商売にもっていこうとする根っからの商売人だ。頭にはターバンを巻き、短いジャケットにだぼっとしたパンチ。異国の情緒を醸し出しながらもお金の話となればすぐにとびつくそんな性格だった。そして、その商人友達である彼─フーパスに今回の計画を持ち掛けたのが、結果はさっきの通り。気が乗らないという理由で参加はしてくれないようだ。
「あんなぁ。こんだけでかい規模の場所、どこに用意すんねん。そんな場所があるんなら話は別やけど……どうなん?」
「そ……それはこれから……」
「だったら決まってから話をするのが普通やろ。いつもはその辺しっかりしてるお前なのに、今回の計画は穴だらけやな。もうこれ以上は時間の無駄や。さいなら」
 フーパスは一見猫(というか、まんま猫)の商人で、絞れるところはとことん絞り、利益を独り占めしたいという思考の持ち主。そのため、計画の密度がしっかりしていないと参加をしないということでも有名で、しかし計画が成功すればそれはもう大勝したようなものだと周囲の人間は話す。だから、そのフーパスの力を借りようとしているのだ。
「うぅ……じゃあ、もっとしっかりした内容なら参加してくれる?」
「そりゃな……協力金を弾んでくれたら……の話やけどな」
「わかった。じゃあさ……これをこうして……こうして……どうだ!」
 企画書に思いついたことを書き殴り、それをずいとフーパスの目の前へと差し出すと、さすがのフーパスもぎょっとなり後退りをした。
「な、なんちゅー雑な企画書の扱いや……」
「これでどうよ」
「どれどれ……ふん……ふんふん……おぉ……」
 さっきまで乗り気でなかったフーパスの目の色が段々と輝きだし、読み終えるころには嬉しそうな笑みを浮かべながらぐっと親指を立てた。
「かんっぺきやな! じゃあ、この手順でいこか」
「ありがとう! じゃあ、成功報酬次第ってことで……」
 くるりと踵を返し、会場の抑えをしようとしたクロリスの背後からフーパスの低い声が聞こえた。
「まちや……その前に、なにかあるんちゃいます?」
「……え?」
「え? ちゃうやろ! その前に前金を用意すんのが当然やろ……まさか、それを用意しないでおれんとこきたんか?」
「え……えへへへぇ……だめ?」
「……しかたない。だったら、成功報酬からがっぽりいただくからな……それでええな?」
「まいどありぃー」
 こうして、商人二人が力を合わせた、とあるイベントは幕を開けた。

「はーい。本日限定のイベント会場はこちらですよー! 当日券は向かって右側、前売り券をお持ちの方は向かって左側へとお進みくださーい」
 イベント当日。天気にも恵まれ、会場にはたくさんの人で賑わっていた。前から知っていた人からたまたま旅行で遊びに来ていたらという人までと幅広く、受付には開始二時間前だというのに長蛇の列が出来ていた。長いお寺のような場所を貸し切っての今日のイベントは、ここでしかできないことで待っている人はどんなことをするのか期待の目で並んでいる。
「ふー。この場所を知ってる人がいてよかったぁ……」
 元気に呼びかけをしている合間、クロリスはこの場所を知っていたクーヤに心から感謝をした。なんでも前に弓の稽古をした場所として覚えていたとのことでそれを聞いたクロリスは、クーヤの手を何度も握り感謝をしたという。場所が決まればあとは告知をして、参加者を決めてと順調に事は進んでいった。
「クロリスさん。当日券が完売しました」
 受付から連絡が入り、これから入ろうとしていた人を心苦しそうに完売の旨を伝えた。そして、開始数分前まで周りに人がいなくなったことを確認したクロリスはすぐに着替えて会場の中へと駆け込んでいった。呼子の次は司会へと気持ちを切り替えて、マイクを握り笑顔で挨拶をする。
「みなさーん! こんにちはぁ! 今日は遊びに来てくれてありがとー!! 今日はこの会場でしかできないとっておきのイベントを始めたいと思いまーす! その内容とは……これだぁ!」
 運ばれてきた箱を開けると、そこには弓と矢が入っていた。それを高々と掲げ、観客にアピールをすると、会場からざわざわとどよめきがあがった。
「今日は、この弓を使ったイベントを開催しまぁす! 出演者はどれも腕に覚えのある方々ばかりですよー! では、さっそく紹介しましょー! まずはこの方ぁ!!」

 「俺にまっかせろぉー!」

 金色の髪をなびかせ、爽やかな笑顔で登場したのは、ギリシャ神話の太陽神として名高いアポロンだった。くるりと弓を回して見せ、観客席にウインクをするとどこからともなく黄色い声が聞こえてきた。その声の方に手を振りながら舞台の袖へと移動する。
「さぁ、次に参加するのは……この方ぁ!」

「あ……あの……よ……よろしくお願いします。恥ずかしい……」

 もじもじとしながら出てきたのは、同じくギリシャ神話から狩猟の女神アルテミスと、その聖獣で雌鹿のケリュネイア。ふわりとした可愛らしいエアリードレスに身を包み、背中にはそれに不釣り合いな矢筒、アクアブルーの髪が揺れているのがわかるくらい、がくがくと足を震わせながら挨拶をしているアルテミスを見たケリュネイアは、そっと寄り添い「落ち着いて」と言わんばかりの優しい眼差しを向けた。そのまっすぐな眼差しにアルテミスはうんと頷き、ひと呼吸置いてから弓を掲げて声を張った。
「狙った的は外しません!」
 顔を真っ赤にしながらも、見事な意気込みを発する姿に観客からは大きな拍手が起こった。舞台袖に向かう途中、まさかの再開に二人はとても驚いた。
「え、アルテミスも出るの? こりゃ、負けられないな」
「ちょっと……なんでアポロンがいるの? あたしだって負けられないんだから!」
 互いにばちばちと火花を出しながら、にらみ合う二人に更なる参加者が現れた。

「狙った獲物は逃さん」
 現れたのは北欧神話より、弓の名手として名高いウルだった。アポロンとは対照的な銀色の髪に鋭い視線、褐色の肌に落ち着いた言動にさっきとはまた別の場所から黄色い声があがるも、ウルは気にせずに弓を掲げて二人に寄って行った。
「参加者は以上なんだけど、公平にジャッジする審判をここで紹介しちゃうよー!」
 クロリスの声の後、会場にぶわりと風が舞った。そしてしばらく、上空にルビー色の物体が浮かんでいた。ゆっくりとその物体が下りてくると会場からは悲鳴があがった。
「驚かせてすまない。私はこのイベントの審判を任されたレヴメナスと申す。危害を一切加えない、それと今回のイベントについて公平なる審判を下すことを宣言しよう」
 会場を覆いつくさんばかりの巨大な竜─レヴメナスは見た目とは裏腹に、女性の柔らかい声で説明をするとどよめきは収まり、今度は拍手が起こった。まさかのレヴメナスの登場に舞台裏で設置をしていたフーパスは思わず悲鳴を上げ、腰が抜けていた。それを起こすのに数十分時間を要したが、その間クロリスが場を繋げ問題なく進行した。

「今回は弓の名手を揃えての競技で、誰が弓を扱うのが上手かを競ってもらいまぁす! 全部で三種目あって、その合計ポイントが高い人優勝だよ! 頑張ってね! ではさっそくいってみましょう! 第一競技はシンプルな的あて!」
 クロリスが指を鳴らすと、舞台袖から係が手際よく的を設置していく。そして、参加者は観客席から程近い場所から矢を射て、的に当てるというものだ。客席からその的を見てみると、まるで点のように見えるものに当てるという一般の参加者では至難の業だ。順番はくじ引きでアポロン、ウル、アルテミスの順に最大三回射ることができる。アポロンは肩をぐるぐると回しながらやる気を見せ、射出場所へと向かった。

「その間に……ちょっと失礼します」
 席を外したアルテミスは、会場内をきょろきょろと辺りを見回した。やがて目的の場所が見つかり急いで中へ入った。しばらくして参加者控室に戻ろうとしたとき、アルテミスは何かにぶつかりよろけた。
「きゃっ……ご、ごめんなさい」
「いっててて……おぉ! アルテミスじゃん!!」
 どこかで聞いたことのある声に、アルテミスは嫌な予感がした。差し伸べられた手の先に映るは、こちらも弓を得意とする神─オリオン。ワインレッドの長髪にぱっちりした二重、そして自身に満ちたその瞳からはアルテミスに対して好意の色を出していた。見た目はとても秀麗なのだが、如何せん女性に関する評判がすこぶる悪いと噂されていて中でもアルテミスはどうしても気になっているとのことなのだが……。
「きゃ……きゃあああ!!」
「ちょっ……ちょっ! まっ! おぐっ!」
 アルテミスの悲鳴を聞きつけたケリュネイアが、オリオンの背中に思いきり体当たりをし気絶させた。ぐったりとしたオリオンを荒い呼吸をしながら見つめるアルテミスだが……このままにしておくことはできない、しかし自分はこの人に触れられない……どうしようと悩んでいるとケリュネイアが角を器用に使って自分の背中に乗せてどこかへと運んでいく。
「ちょっとケリュネイア。どこへ行くの?」
 アルテミスの問いかけに振り向くことなく、進んでいくケリュネイアのあとを追いかけるとそこは会場設営の準備室だった。堂々とその中へと入っていくと、仕方なくそれに続くアルテミス。辺りを警戒しながら進んでいくとそこにはぐったりとしている猫を見つけた。そこへゆっくりと近付きケリュネイアはアルテミスをじっと見た。
(……まさか。でも、あたしだって負けたくない……)
 ぐっと拳を握りしめアルテミスは意を決し、ぐったりしている猫に声をかけ、ある相談を持ち掛けた。

 そのころ、会場は大いに盛り上がっていた。まずアポロンの射撃がまるで虹を見ているかのような鮮やかだという者もいれば、白い光が飛んで行ったという者もいた。その光景に拍手や歓声は止むことなく打ち終えた。続いてウルの番はというと、こちらはただ静かに射抜いていたと口を揃えて言った。そして、気が付いたら終わっていたというなんともアポロンとは違った射ち方に拍手が止まらなかったとか。そして、自分の出番に間に合ったアルテミスは観客席に一礼をし、弓を構えた。そしてその先にある

を目掛け矢を引き絞った。その的は一見、大きく見えたのだが……まぁ気のせいだろうと観客席からはなにも起きなかったのだが、起きたのはそこではなくその的が置かれている場所だった。
「う……うーん。あ、あれ。動けない……どういうこと!?」
「……狙いは外しません」
 静かに矢から手を放すと、意思を持ったかのようにまっすぐ

へと向かっていった。
「ちょー! ちょーーっとタンマー!!! うげっ」
 じたばたと藻掻いている的もとい、オリオンに狙いを定め次の矢を番えて引き絞る。ぎりぎりと耳元でなる弦の音を聞きながら、呼吸を整えながらふっと手を放す。放たれた矢は迷うことなくオリオンの頭部へと命中し、再度オリオンを気絶させた。
「あれれ? いつの間にか的が入れ替わってる?? これ、審判はどうですか?? ってちょっとフーパス! 入れ替わったなら一言言ってよ!」
「しゃーないやろ。言う暇なかったんやもん」
「では下そう……問題なし」
 レヴメナスが〇と書かれた札を挙げると、観客席からはわあと歓声があがり会場のテンションを一気に上げた。予期せぬ出来事に戸惑うクロリスだが、フーパスは「これはいける」と小さく言い、このまま続けることにした。オリオンには悪いのだが、このまま的になってもらうよう心の中でお願いをし、第一種目は終わった。結果は三人とも満点で、次の種目へと移った。

 次の種目は動く的を射抜くというものだった。アポロン、ウルは用意された小さな的をいとも簡単に射抜き、両者満点だった。最後のアルテミスはというと、気絶から目覚めたアポロンに断ることなくケリュネイアに空高く蹴り上げてもらい、次々と矢を放った。たった一回の対空で矢を全て命中させ満点を獲得。いよいよ勝負は最後までわからなくなり、観客席からは驚きと興奮が声になって表れていた。
 最後の種目は一発勝負、指定された場所から見える範囲にランダムで現れる的を一本の矢のみで射抜くというもの。ここまで満点だった三人にとってはたった一回のミスが敗北となりえるのだ。緊張するアポロンとアルテミスに対し、ウルは用意された椅子に腰かけ転寝をしていた。
「よしっ!」
 緊張感を高揚感へと変え、アポロンは最後の矢を番えた。番えた瞬間、辺りはしんと静まり返り、聞こえるのは鳥の声と風の囁きだけだった。耳と目、引いている指に神経を集中させどこから出てくるかわからない的に向け、殺意を放つ。
「そこだ!」
 一瞬の音の違いを聞き逃さなかったアポロンが放った矢は、的の真ん中を射抜いた。ぱかんという音のあとに歓声が響き渡った。
「おーっと! これは見事な射撃だぁ! アポロン選手、満点です!!」
「俺にかかればこんなもんよ!」
 緊張感から解放されたアポロンの顔は、最初に見た時も輝きを放ちながら観客席へと向けられた。黄色い声も限りを尽くした声援にアポロンは手を振り答えた。
 次はウル。転寝から目を覚まし、静かに矢を番えた。しんと静まり返る会場に、ウルは微動だにせずにいた。そして、一瞬の判断で矢を射出……したのだが残念ながら的から外れてしまい矢はレヴメナスの手によって会場外に出ることはなかった。
「おーっと! ウル選手痛恨のミス! いったい何がそうさせたのでしょー!」
「……鳥がいた」
「へ? 鳥?」
 ウル曰く、的に鳥が止まったまま的が飛び出し、一瞬の判断で鳥に矢が当たらないように調整をした……とのこと。一瞬の判断でそんなことができるのとクロリスの問いにはウルは無言で頷き、控室へと戻って行った。
 最後はアルテミス。アルテミスも矢を番えて、神経を集中しているとどこからともなく騒がしい声が聞こえてきた。
「な、なんでオレが縛り付けられてんだ?? 説明してくれ! そこの猫ちゃんよ」
「猫言うな! フーパス言いますねん」
「フーパスだかなんだか知らねぇけど、解いてくれよ!」
「それはできまへん。我慢してくんな」
「なんでだよ!」
「そこっ!! もうばれてます!!」

 ヒュ

 アルテミスが放った矢は目隠し用の垂れ幕を貫き、正確にオリオンだけに当てた。きれいに額に当たった矢はこつんという音とともにオリオンの脳を震わせ、またもや気絶をさせた。間近で見ていたフーパスは突然の出来事に驚き、すぐにその場から立ち去った。
 レヴメナスは問題なしとし、このイベントの勝者はアポロンとアルテミスとなった。ウルは二人に拍手を送るとすぐにどこかに飛び立ってしまった。
「あー、同点かぁ……」
 不満そうに頬を膨らませるも、会場からは「かっこよかった」や「またやってね」という声であふれ、膨れた頬は萎み代わりにまたあの爽やかなな笑顔で観客を沸かせた。アルテミスもはにかんだ笑顔で客席に手を振り、今日は楽しかったですと言うとすぐに裏へと引っ込んでしまった。引っ込んでいく妹を見たアポロンは、最後に元気よく手を振り会場をあとにした。

 イベントは大いに盛り上がり、終わった後の会場はどこか寂しさを感じる程だった。さっきまであんなに盛り上がっていたのになぁと思っているクロリスに、ぜぇぜぇと息を切らしながらフーパスがやってきた。会場の後片付けも終わり撤収しようとしたときだった。会場の責任者から一枚の書類を手渡され、それを受け取ったクロリスは自分の目を疑った。何度も目を凝らして確認するも、その事実が揺らぐことはなくただただ莫大な金額が書かれていた。
 たった一日であちこちに損壊被害が出ていたようで、それに対する請求書だった。主な原因は気絶しては騒いでいたあの人物だった。
「オリオンめぇ……ぜぇったい許さないんだからぁあ!!! この貸しは高くつくからねぇ!」
 一人怒っているのをよそに、猫はマイペースに成功報酬をよこさんかいと手を広げている。
「おれへの報酬、きっちり払ってもらいましょか」
 顔面蒼白になるクロリスは膝を付き、呆然とした。
「……予算オーバーかも」


 一方、オリオンはというと……。気絶したまま会場外へと放り出されていた。そして、それに気付かずに踏んでしまったアルテミスは悲鳴をあげると、すかさずケリュネイアが現れて障害になるものを勢いよく蹴り飛ばした。オリオンは文字通り星になった。
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