程よい甘さのきなこぜんざい【魔】

文字数 4,387文字

「にゅーいやー」
「おい! アズってば、鎌持てって!」
 気の向くままにふらふらと歩き続け、たどり着いた町で新年を迎えた死神─アズリエルと、そのアズリエルの所有物の鎌を加えて運んでいる浮遊している頭蓋骨─骨三郎。本名はもっと横文字ずらりとしたものらしいのだが、何度も骨三郎が本名を言おうとするとすかさず「長いから。骨三郎でいい」と突っ込みが入る。
 さらさらした銀色の髪に赤色のリボン、もこもこのパーカーに丈の短い黒色のスカート。白と黒のしましま靴下で立つその姿から誰も死神だなんて思わないだろう。実際、今のアズリエルはもうなにものにも縛られない自由に気ままに遊ぶごく普通の少女となんら変わりないのだから。
「ねぇねぇ。骨三郎。あの緑色のなに? それから、あのオレンジ色のものってなに?」
 着いた先で見る、未知の物体に興味が湧いたアズリエルは次から次へと骨三郎へと質問をぶつけていった。しかし、骨三郎も見たことのないもので答えに困っていると、華やかな衣装に身を包んだ女性が一つ一つ教えてくれた。
「あらお嬢ちゃん。あれを見るのは初めてかい?」
「……うん!」
「そうかいそうかい。なら、わたしが簡単に教えてあげよう!」
「おいアズ! やっと追いついた……って、その人誰?」
「あの緑色のものをおしえくれるひと」
「おや、浮いてる頭蓋骨がしゃべる……新年からちょっと面白いもの見たよ! あっはは!」
「いや、俺の名前はスカルデモン……」
「……骨三郎。うるさい。せつめいきくんだから、しずかにして」
「あ……はい。すんません」
 女性はまず、家の入り口に飾られている緑色のものについてアズリエルの目線になるよう屈みながら説明を始めた。
「あれは門松っていうんだよ。神様が迷子にならないように、これを飾ってお迎えをしてあげるのさ」
「へー。かみさまもまいごになるんだ」
「そりゃ、たっくさん人がいたらどこに行っていいか迷っちゃうからね。こうして、迷わないように『こっちですよー』っていう目印のようなものさ」
「なるほど……おもしろい!! それから、あのオレンジ色のものはなに??」
 アズリエルが指さした先には、玄関にあった。白い紐のようなものと藁のようなもので作られた飾りの真ん中にオレンジ色のものがくっついていた。女性は「もっと近くでみてごらん」と言い、アズリエルを玄関先まで手を引き間近で飾りを見ながら説明を始めた。
「あれは『しめ縄』って言うんだ。しめ縄の先は特別な場所だから、悪い子は入ってこないでくださいっていう意味なんだ。あのオレンジ色は、太陽を示していているんだ。ちなみに、食べられないからね」
「……そっか。ちょっとざんねん」
 しゅんとするアズリエルを見た女性は、お腹を抱えながら笑うとそんなアズリエルを気に入ったのか家の中へと招き入れた。
「ここで会ったのも何かの縁だ。よかったらうちにあがっていきな。甘いものでもご馳走するよ」
「……いいの?」
「ああ。新年最初のお客様ってね。そういえば、君、名前は??」
「あたし、アズリエル。こっちは骨三郎」
「アズリエルに骨三郎だね。よろしく。さ、靴を脱いで中へお入り」
「はーい」
 とてとてと走りながら、説明をしてくれた女性の家に入るアズリエルに、なんか納得のいかないような顔をした骨三郎がついていき玄関の扉は静かに閉まった。

「おーー。ひろい!!」
 居間の真ん中にはさっき見たオレンジ色をしたものが籠いっぱいに盛られ、その下はなんだか分厚い布がべろりと垂れていた。アズリエルが恐る恐る手を入れると、仄かに感じる熱にアズリエルの顔はぱっと明るくなった。
「あったかい」
「気に入ったかい? これはこたつっていうんだ。足をこの中に入れて暖を取るんだ」
 言われたアズリエルは分厚い布を持ち上げ、自分の足を入れてみた。さっきまで寒かった足がじわりじわりと温かくなり、アズリエルは何とも言えない幸福感を味わった。
「これ、いい。とってもすき」
「だろう? こたつに入りながらこのみかんを食べるのが、なんとも贅沢なんだ。ちょっと酸っぱいけどおいしいよ。食べてごらん」
 女性はオレンジ色のものを取り、皮を剥きアズリエルに手渡した。アズリエルは適当な大きさに割き、口に放り込んだ。噛んだ瞬間、酸味を含んだ果汁が口いっぱいに広がり思わず顔をきゅっとしかめた。それを見た女性はあははと笑い、自分もオレンジ色のものを口に含むとアズリエルと同じように顔をきゅっとしかめた。
「おねえさん、あたしとおなじ」
「そうだね。アズリエルと同じ顔だったね。ひゅー、すっぱい!」
「……でも、おいしい! おねえさん、もういっこ」
「あいよ。骨三郎もどうだい?」
 皮を剥き終えたオレンジ色を骨三郎に差し出すと、骨三郎は申し訳なさそうに頭蓋骨を横に動かした。
「あー。俺は実体がないんだ。気持ちだけいただくぜ」
 本当はアズリエルと同じものを味わいたいという気持ちもあったのだが、実体がない以上はそれは叶わない。仕方ないがそれはあきらめるしかない。
「ならさ、遊ぶことはできるでしょ??」
「……へ?」
 アズリエルが家の前で立っていた時、骨三郎はアズリエルの鎌を咥えていたのを見ていた。ならば、物を持つことは可能ではないかと思ったのだ。女性は骨三郎に物を持つことは可能か確認をすると、骨三郎は頭蓋骨を縦に動かした。それを見た女性は嬉しそうに笑うと、さっそく準備にとりかかろうと言い、アズリエルの手を取り別室に入っていった。
「あ、覗いたらだめだからね」
「しません! しませんから! 安心してください!!!」
 何度か痛い目にあっている骨三郎は、全力で頭蓋骨を動かして覗かないと誓った。そして、別室からアズリエルが出てくるまで骨三郎はさっきまでアズリエルがいた場所へとふわふわと移動した。

 しばらくして、別室から出てきたのはさっきまでの洋服とは違う出で立ちだった。長い髪は短く結われ、お腹あたりには帯状のもので衣服を抑えているようにも見える。袖は長く手を伸ばすとだらりと下がるほど。しましまの靴下の代わりに先の割れた白いものを履き、いつものアズリエルとは違う雰囲気に骨三郎はしばし見惚れていた。
「どうだい。遊ぶならまずは気持ちから入らないとってことで、振袖を着てみたんだけど」
「骨三郎。どう?」
 突然、感想を求められた骨三郎は少し口ごもりながらも小さく答えた。
「か……可愛い……」
「はいー! 骨三郎から可愛いもらいました!!」
「わーい」
 はしゃぐアズリエルを直視できない骨三郎は、どうしたらいいかわからず、ただ目を閉じて浮遊することしかできなかった。

「さて。外で遊ぶんだけど……ちょっと歩きにくいかもしれないけど、我慢してね」
「うん」
 一歩ずつ確実に歩きながら、何もない大きな場所へと着いた一行。女性は鞄から二つの板と黒い丸から羽が生えたようなものを取り出して板をアズリエルと骨三郎に手渡した。
「これから羽子板って遊びをするよ。ルールは簡単。この黒い丸を交互に打ち合っていくんだ。途中で落としてしまったら、墨で落書きをするんだ。でも、度を越した落書きはだめだからね」
「はーい」
「まずは練習といこうか」
 アズリエルは女性から黒い丸を受け取り、板で打ってみた。かこんという音と共に放物線を描き骨三郎の方へと飛んで行った。それを今度は骨三郎がうまく打ち返し、今度はアズリエル。しかし、アズリエルはうまく打ち返すことができずに落としてしまった。
「あ」
「……これ、中々に難しいな。アズ、もう一回練習しとくか?」
「うん。やってみる」
 今度は骨三郎から黒い丸を打ち、アズリエルが打ち返す。やや急角度で打ち返したからか、勢いがつき咄嗟に打ち返すことができなかった骨三郎はその場で固まってしまった。
「おー。アズリエル上手いじゃないか」
「えへへ」
「やるなぁ。アズ。じゃあ、そろそろ本番、始めようぜ」
「まけないぞー」
「よし。それじゃあ、始めるよ」
 こうして、アズリエルと骨三郎の羽子板対戦が始まった。


「いくぞーアズ!」
「おー」
 まずは骨三郎から打ち始め、それをアズリエルが返す順番。山なりに軌道を描いた黒い丸はアズリエルと向かい、狙いを定めてアズリエルの一振り。

かこん!

 きれいに打ち返し、今度は骨三郎が打ち返す。着地点の下で狙いをつける骨三郎は、えいと板を振るうもその板は空を切り遅れて黒い丸がぽとりと地に落ちた。
「ありゃ……」
「骨三郎の負けー。じゃあ、アズ。これを骨三郎に」
「うん」
 墨汁がたっぷりしみ込んだ筆を受け取ったアズリエルは、骨三郎の頬あたりに押し当てた。そこには黒い染みがしっかりとあり、アズリエルはくすくすと笑った。
「っしゃー! 次は負けねぇぞ!!」
 墨汁を塗られて悔しい骨三郎は、大きな声を出して次の勝負へと移った。今度はアズリエルから打ち出す番で、それを骨三郎が打ち返す。しっかり構えたアズリエルから放たれた一振りは、今まで経験したことのないような速度で骨三郎の頬を横切り、骨三郎の背後にあった岩にめりこんだ。
「あ……しっぱいしっぱい」
「しっぱいしっぱいじゃねーよ! 当たったらどうすんだよ!!」
「これはアズリエル。ナイスショットだね」
「お姉さんもお姉さんだよ! 当たったら痛いじゃ済まねぇよ!!」
「……骨三郎。うるさい」
「はいはい。俺が悪うございましたぁ」
 骨三郎は口を尖らせぶうたれた。今度はちゃんと打てよと念をおされ、アズリエルはうんと頷き構えた。
「えい」
 今度はちゃんと打ち、やや低めに打ち出された黒い丸を骨三郎が追いかけて打ち返す。それをアズリエルはわざと弱く打ち返し、骨三郎に繋いだ。
「あっ! そういうことする??」
 全速力で黒い丸に追いつき、打ち返そうとしたとき、骨三郎は予期せぬ方向から衝撃を受けて頭蓋骨が一瞬歪んだ感覚を味わった。
「ほねさぶ、すまーっしゅ」
「おぎゃーーーー!!!」
 アズリエルは黒い丸と一緒に骨三郎を思い切り打ち返していた。そして骨三郎と黒い丸は高く高く打ちあがり、あっという間に小さな点となって消えた。
「にゅーいやー!」
「そういうときに使うじゃねんだよー よー よー ょー」
「こりゃあ驚いた。というか、骨三郎をぶっ飛ばしても大丈夫なのかい?」
「うん。いつもかえってくるからだいじょうぶ」
 アズリエルの謎の確信に、女性は首を捻るもアズリエルが言うならそうかと考えを切り替えた。骨三郎が見えなくなって数分後、突然、冷たい風が吹き始めアズリエルは寒さのあまりに体を強張らせた。
「うう。一気に寒くなったね。うちに戻ろう。またこたつでみかんでも食べよう」
「うん」
 アズリエルと女性はまるで骨三郎のことを気にする様子もなく、そそくさと家路へとついた。その時のアズリエルは「みかん みかん」と楽しそうに口遊んでいた。
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