スイートトマトとアップルパインのクラッシュゼリー

文字数 5,271文字

 目が覚めるよりも先に、ガンガンと何かを叩いている音が気になった。彼女がゆっくりと目を開けると、そこには燃えるような赤い髪色をした少女が鉄製の扉を叩いていた。いや、叩いていたというよりは殴っているが正しいだろう。異常に発達している腕を力任せに殴っている様はさながら怪物かと思ってしまうほどだった。そして、彼女は体を起こし、扉を殴っている少女に近づいた。
「あの……何をされているのでしょう……」
「あ、目が覚めたか? 見ての通り壁をぶち破ろうとしてたところだ」
 壁をぶち破る……なんて物騒なことをさらりと言えるのか疑問に感じたが、本当に疑問を抱くところはそこではない。

 

というところだ。

 ダークブルーの長髪に白い花をモチーフにした髪飾り、すらりとした体躯からはどこか生命力を感じる彼女─ミューズは鉄製の扉にメモが張り付けられていることに気が付き、書かれている文章を読み上げた。
「えっと……協力してこの部屋から脱出せよ……ですって……え? え?」
「だっしゅつ? なんだそれ? 強いのか??」
「え……えーっと……まずはそこからお話をしましょうか」
 異常に発達した腕をぐるぐると回しながら不思議そうに首を傾げる彼女─ノイレは、今の状況が楽しいのか終始わくわくしている様子だった。自分の置かれている状況を整理することだけでも精一杯なのに、この状況を全く理解していないノイレに説明をして理解を得ることができるのか……ミューズは少しだけ不安になっていた。

 説明をすること小一時間。ようやくこの状況を把握できたミューズは、今度はノイレに対し(できるだけわかりやすい言葉を使って)説明を行ったところ、きらきらした顔で大きく首を動かした。理解をしてくれたと肩の力を緩めて矢先、ノイレはまた鉄製の扉をガンガンと殴り始めた。
「ちょっと! ノイレさん! 乱暴にしてはいけません!」
「えー!! なんでだぁ?? こんな狭いところにいると、なんだかむずむずするぞ……」
「ですから、一緒にここから出る手掛かりを探しましょう」
「そうだなぁ……わかった」
 さっきまでの元気な笑顔はどこへやら。ノイレはしゅんとしてしまい、鉄製の扉から離れ部屋をあちこち探し始めた。部屋の中といっても、とてつもなくシンプルで、内部は出入口と思われる鉄製の扉と、天井からは照明がぶら下がっているだけというもの。二人は必死に何かないかと探そうとも、シンプルさが行く手を阻む。壁や床を隈なく探してみても、これといったものは見つからなかった。それでも諦めきれないのか、ノイレは調べた個所を何度も何度も調べて、一周終わってもまたもう一周と調べていた。ミューズはというと、疲れてしまったのか壁にもたれて休んでいた。
「ノイレさん。わたしもそこを調べましたが何もみつかりませんでした……」
「わからないぞ。もしかしたら見落としがあるかもしれないぞ?」
「そうかもしれませんが……」
「諦めるのはまだまだ早いぞ!! おりゃっ!!」

 ゴンッ ゴンッ ゴンッ

 何を思ったのか、ノイレは突然壁を殴りだした。それも何度も何度も殴りつけていた。それをみたミューズは慌てて止めに入ろうとしたとき、どこかで金属音が聞こえた。なんだろうと思ったミューズはその音がした方を調べると、小さくて丸い物体を見つけた。この場所は何度も何度も調べたはずなのにと考えていると、ふと頭に小さな電撃が降り注いだ。ヒントになったのは、ノイレが殴りつけている行為だった。異常に発達した腕から繰り出される打撃による衝撃は相当なもの、それが壁を伝いながら天井からぶら下がっている照明を揺らし落ちたとすれば……小さな可能性を見出したミューズは微笑みながら落ちてきたものをノイレに見せた。
「ノイレさん! ノイレさん! これが落ちてました」
「おお! なんだそれは?」
「わかりません。でも、一歩前進しました。ノイレさんが壁を叩いてくれたおかげです」
「おおー! そうか!! それはよかったぞー!!」
 両手を挙げて喜ぶノイレを見たミューズは、なんだか嬉しくなりノイレを優しく抱きしめた。ノイレの髪から甘く優しい香りが舞い、まるで春風が吹く美しい花園を想像させる香りがミューズの気持ちを一段と嬉しいものへと変換された。
「ど……どうした?? ちょっと苦しいぞ……」
「あら、ごめんなさい。わたしったらつい」
「むー。それで、その丸っこいものは何に使うんだ?」
「そうね……何かしら。これ、なにも書いてないし……使い道がわからないわね」
 表にも裏にも何も書かれていない物体は、一歩前進したとはいえ使い道がわからないものだとわかると再び思考が停止してしまう。これにはさすがのノイレもショックを受けてしまい、床に寝転んでしまった。ミューズもショックを隠し切れず、へたりと座り込んでしまった。

 二人がショックで動けなくなってどれだけ時間が経っただろうか。ミューズは膝を抱えて、ノイレは天を仰ぎながらぼーっとしていた。普段は体を動かしていないと落ち着かないノイレも、今回ばかりはどうしようもないと思ったのか、口を開く回数が極端に減り元気のない顔をしていた。それはミューズも同じで、いつもは元気いっぱいの彼女なのだが顔には不安の色が張り付き、今にも泣きだしそうなそんな表情をしていた。
(どうしよう……このままだと……わたしにできることといえば……これしかない!)
 ミューズは泣いてしまいそうな顔を無理やり笑顔に戻し、すっくと立ちあがった。軽く咳払いをしてから、即興で歌を歌い始めた。それは純度の高い氷のように透き通るような声で、聞いた人を体だけでなく、心も元気をくれるようなそんな歌だった。
「なんだ……ミューズの歌……とっても心地がいい……」
 さっきまでぴくりとも動く気配がなかったノイレが、体を反転させ歌を歌っているミューズをじっと見つめていた。歌が進んでいくにつれて徐々に元気とやる気が漲ってくるを感じたノイレは、それに乗じて笑顔が増えていった。歌が終わるころにはすっかり元気を取り戻し、歌い終わったミューズに抱き着いた。
「ミューズ! お前の歌、すっごいな! すっごく元気が出たぞ!!」
「あぁ……よかった。元気を取り戻してくれて」
 ぎゅっと抱き着くノイレを抱き留め、元気が出たことを心から喜ぶミューズ、歌い終えたミューズもどこか元気を取り戻した様子に気が付いたノイレがまた嬉しそうに笑う。
「やっぱりお前は笑っている顔が一番だぞ!」
「うふふ。ありがとう」

 ビー ビー ビー

 二人は互いが元気を取り戻したことに喜んでいると、突然室内に警告音が響いた。その音は二人の元気の半分以上を奪う代わりに、警戒態勢をとるようにと体に命令をした。一気に体を強張らせる二人は辺りを見回し、異変が起こっていないかを確認するも今のところは特に変化が起こっていない。
「お! あそこがおかしいぞ!!」
 変化にいち早く気が付いたノイレは、異変が起こっている箇所を指さしミューズに知らせる。ミューズがそちらに視線を向けると、足場がゆっくりとスライドし、開き切るとそこには大きな穴が開いた。何かがせり上がってくる音と共に聞こえてくる金属を引っ掻いたような音……それらが段々と近づいてくるのかと思うと、ミューズの背にひやりとしたものが伝う。
「ノイレさん。まずは様子を見ましょう」
「お……おう。わかった」
 真剣な声でノイレに注意を促し、まずは何が現れるか確認をすることが先決だと判断したミューズはノイレを抱きしめる腕に力を込めた。金属を引っ掻いたような音が近づくにつれ、ノイレを抱く腕に力がこもるミューズの心臓は加速していた。そして、もうそこだとわかったとき、金属を引っ掻いたような音の正体がわかった。
「な……なんですか……あれは……」
「おー! なんかたっくさんいるなぁ!! 楽しみだぞー!!」
 額から角を生やし、腹は醜く弛み、瞳は焦点が合っているのかがわからない位に濁った鬼が大量に現れたのだ。口からだらしなく唾液を垂らしているものいれば、こちらを見てはけたけたと笑うものいる。引きつっているミューズをよそに、ノイレは腕から脱出し鬼たちめがけて突っ込んでいった。
「お前ら、あたしとバトルだぁ! まっけないぞー!!」
「の、ノイレさん! 危険です!!」
「ここはあたしにまっかせろー!!」
 突っ込んでいってしまってはもう止めることができない。そこでミューズはふうと一度息を吐き、気持ちをリセット。内から湧き上がる感情に心を委ねていくと、命のドラムが激しいビートを刻み、それに合わせてミューズの気持ちもヒートアップしていく。
「ヒアーーウィゴー!! オラアァア!!! いくぞコラァア!! へばんじゃねぇぞーー!」
 どこからともなく現れたマイクを片手に、スピーカーに片足をつけて叫ぶ様子はさっきとは真逆のミューズだった。聞きなれない声に一瞬振り返るノイレだったが、すぐに前方へと向き直り異常に発達した腕を振り回す。腕に当たった鬼は壁に叩きつけられ、絶命するとその分新しい鬼が次々に現れまた同じように振り回す。
「まだまだ声出るだろぉー!! 腹から声出せ声ー!! イエーーーーイ!!!」
 さっき聞いた歌は穏やかだったのに対し、今の歌はいささか暴力的で荒っぽさしかない歌。だが、穏やかな歌にはないリズムがノイレの士気を高めていく。
「おおー! この歌、なんかいいなぁー! いっくぞー!!」
「セッションだぁあーーーー!!! ふぉーーーーー!!」
 歌が盛り上がるのと同時に、ノイレの士気も最高潮に達し、懇親の一撃を放つ。腕を振り回し、薙ぎ倒し、笑い声をあげながら両手を振り回す。バトルが大好きなノイレにはこの瞬間が、なによりも最高の時間だった。いつしか部屋の中はミューズ主催のライブ会場へと変わっていった。

 やがて鬼が出てこなくなったことを確認したミューズは、つまらなそうにマイクを握ると最後に耳がはちきれんばかりのシャウトをかました。
「んだよ……アンコールなしかよ。でも、サイッコーに楽しかったぜぇ! サンキューー!」
「あたしも楽しかったぞー! また遊ぼうなー!」
 こうして派手なライブは終わり、マイクを投げ捨てると同時にミューズは穏やかな笑みを取り戻し、ふうと息をついた。その額にはたくさんの汗がはりつき、さっきまでの乱暴な歌を歌っていた人物と同一人物だということを裏付けている。それを軽く拭い、満足そうに立っているノイレに近寄り、なんとかなったことにほっとし、ノイレの活躍にお礼をした。
「ノイレさん。ありがとうございます。おかげで助かりました」
「なははー! あたしにかかればこんなもんよー! でもでも、お前の歌もとってもよかったぞー! すっごく楽しかった!!」
「わ……わたしの歌ですか? よかった……わたしも必死だったので……心に届くよう念じて歌いました」
 互いが互いを褒め称え、一難去ったことを喜ぶ。そしてはたと目があい、二人で扉を何度も叩いてみた。これで変化がなければ本当に……と諦めかけたとき、ミューズのポケットから電子音が聞こえた。なにかと思い取り出してみると、天井から落ちてきたと思われる小さくて丸い物体だった。しばらく電子音が続き、ぴたりと止むと扉からかちりと音が聞こえた。ミューズは恐る恐る取っ手に手を伸ばし、ゆっくりと引いてみた。すると、鉄が擦れる音と同時に扉が開いたのだ。これには二人も大喜びで一緒に扉を開け、外へと通じる道を駆けた。

 眩しすぎる外の光に目の前を奪われると、次いで心地よい風が二人の髪を揺らしていく。ようやく出ることのできた喜びもそうなのだが、今は見ず知らずの二人がこうして協力をして一つのことを成し遂げたことに満足感を得ていた。
「ノイレさん、本当にありがとうございました。わたし一人では無理でした……でも、ノイレさんがいたから脱出ができたことが……本当にうれしいです」
「おー! それはあたしも一緒だぞー! なんかいつもより気持ちよく戦えたしなー!!」
 くすりと笑ったミューズは、眼下に見える小さな村を見て呟いた。
「あの町……なんだか寂しそう……わたしの歌で元気にできないかしら……」
「お! それは面白そうだな! あたしもついていくぞー!!」
「いいんですか?? わたしと一緒でも……」
「もっちろんだ! そうと決まれば出発するぞー!」
「あぁ! お、押さないでください!!」
 こうして二人は村へ向かい、到着するや否やミューズは温かい歌声を町の人たちに届けた。笑顔になりますように、元気が出ますようにと心を込めて歌った歌は村だけでなく、村で暮らしている動物たちまでもが元気になった。灰色の感情しかなかった村人の顔がみるみる明るい色を取り戻したとき、ミューズの心も同じように明るい色でいっぱいだった。隣でその歌を聞いていたノイレは大好きなバトルのことを忘れ、しばしミューズの歌に聞き入っていた。
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