カリッ!サクッ!電々太鼓の歌舞伎揚げ【魔】

文字数 1,845文字

「はぁ……今日も激務ですね」
 山盛りの書類に埋もれながら眼鏡を直して肩を竦める男性がいた。ぴしっとしたスーツ姿にきりりとした目元には疲れが溜まっているのかほんの少しくまが浮かんでいた。しかし、これは自分で決めたことだからと意識を切り替え、書類の山を崩す作業へと取り掛かった。
 小野篁(おののたかむら)。昼間は自分の住んでいる世界で、夜間は井戸を使って地獄へ赴き地獄の審判者である閻魔大王の補佐を行っている。事務処理は比較的得意ではある篁だが、如何せんその山の量が凄まじく、思わず溜息も出てしまう程。しかもその書類の殆どが死者の魂についての書類なので、適当な処理は許されない。なぜなら、きちんと目を通し間違いがないかを確認してから各地獄の担当者にその書類を持っていかなくてはいけないからである。もしそこで間違った地獄へ送ってしまった場合、さらに倍の量の仕事量が回ってくるため今の仕事を円滑に遂行するには何が何でもミスが許されない。
「……よし。……よし。……よし。……見直し。……よし。……よし……」
 目を皿のようにしてチェックを行う篁。そうしていくうちに、山ほどあった書類も段々と背が低くなっていき、間もなく底が見えてきた。最後の一枚のチェックを終えた篁は、大きく息を吐き、眼鏡を掛けなおした。
「……これでチェックは以上ですね。あとは、各地獄への分配を行えば終わりです」
 今度はチェックを終えた死者の魂情報が書かれた書類を、各地獄へ振り分ける作業に移った。無駄のない動きで、確実に適格に各地獄へと振り分けていき、きれいに分配が終わりようやく一息つけたとき、背後から声が聞こえた。
「いつもすまないな。篁」
「閻魔様。お疲れ様です」
 地獄の審判者─閻魔大王が篁の部屋へとやってきた。ピンクの髪を腰まで伸ばし、白のブラウス、黒のビジネスパンツにやや高めのヒールを履いていて、ぱっと見では本当に地獄の審判者なのかと思わせるビジネススタイルの女性だ。しかし、怒ると魔力を開放し死者の魂に想像も絶する厳しいお仕置きを遂行するのだとか。篁はまだ怒ったときの閻魔大王を見たことがなく、代わりにどこからかふらりと現れた魂に教えてもらった。
「特に今回は死者の魂が多くてな。わたしも処理をするのに手間取ってしまった」
「お疲れ様です。こちらはもう終わります」
「そうか。助かるよ」
 労いの言葉をかける閻魔大王に、篁は背中がほんの少しむず痒さを感じた。自分はそんな大したことをしているわけではないがと思いながらも、こうも感謝をされるとは……。それだけ閻魔大王が抱えている業務はこれよりも忙しいのだろうと篁は思った。
「そうそう。篁。お前はしばらくこちらへ来なくてもよいぞ」
「……え?」
 突然の発言に篁の頭は真っ白になった。まさか……と思い、振り返り閻魔大王の顔を見ると今にも吹き出しそうな顔をしていた。
「……っくく。すまんな。誤解を与えてしまったようだ。いつも真面目に働いているお前を、少しの間休暇を与えようと思っていてな」
「休暇……ですか」
 最悪の事態にならないでよかったと胸を撫でおろす篁。しかし、なぜまた休暇をと尋ねると閻魔大王はいつも仕事で使う鏡を呼び出し、資料を見せてくれた。
「ここ最近、魂の量が増えているのはわかっているな。だが、ここを見てくれ」
 閻魔大王が指した先には、しばらくは魂の量が減る予報が出ていたのだ。そうなると、仕事は閻魔大王一人でこなすことが可能と言い、今回篁に休暇を出すと言ったわけだ。
「休暇をいただけるのは嬉しいのですが……そうなると閻魔様の仕事量は……」
「気にしてくれるな。これしきのこと、お前が来てくれる前は一人でこなしていたのだから」
 閻魔大王はそう言い、手をひらひらさせながら篁の部屋を出て行った。静かに扉が閉まる音を聞いた篁は、果たして本当に休んでいいのか悩み一つの決断をしてから自室を出た。

 休暇中。篁がまとめてくれている資料が必要になり、篁の部屋へと入る閻魔大王。いないとわかっていても一応ノックだけは行い、返事がないことを確認してから部屋へ入るとこざっぱりとしたデスクの上に一枚の手紙があった。資料を探す前に目を通した閻魔大王は小さく笑った。
「まったく……あいつはいつも真面目なんだ。だが、わたしはそういうところが大好きなんだ」
 手紙には「必要とあればいつでも呼んでください」と一言だけ書かれていた。手紙を懐にしまい、閻魔大王は必要な資料を手にすると静かに篁の部屋を後にした。
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