こわウマ? 髑髏カップのヨーグルプリン【魔】

文字数 3,144文字

 冥界。それは現世に分かれを告げた者たちが集まる場所。視界も悪く、辺りを照らす明かりは紫と青の松明のみで、それ以上の明かりはこの世界には存在しない。そしてその世界は、魂の存在になってもなお責め苦を受ける地獄の場所でもある。
 しかし、中には珍しい事例もある。現世で命を落としているはずの存在が、どういうわけか体ごと冥界に落ちてくるというケースだ。この場合、正式な手続きを踏まないと現世との別れをすることができなくなり、生かされては殺されを繰り返すこととなる。

「ん……な……なんだここは……」
 仄暗い明かりで瞼を刺激され、目を覚ましたのはとある男性。ここに来る前はどこかの戦場で剣を振りかざし戦っていたのだが、本人が気が付かない間にこちら側へと来てしまったようだ。
「腕……あれ? 腕……ある。なんでだ」
 自分は確かに腕を切り落とされ、想像を絶する痛みに苦痛と絶望を感じていたのだが……そこから先の記憶が途切れてしまっている。
「それにここ……まさか……」
 どこか本で読んだ気がした男性は、今目の前にある光景が本に書かれている光景と全く同じだという事に声なき声を発していた。
「う……嘘だろ……そんなのって……」
 ありえない事態に男性は自身を抱えると、恐怖からか足ががくがくと震えだした。次いで嫌な事案は頭に浮かんでは消え、また浮かんでは消えを繰り返し男性の顔を更に不安で塗りつぶしていく。
「おおお……落ち着け。落ち着け、自分……はぁ……ふぅ……」
 男性は何度も何度も深呼吸をし、自分を落ち着かせた。幾分呼吸が元に戻ったところで、男性はこのままここにいても何も始まらないと思い、とりあえず近くを散策してみることにした。
「何もしないよりは……まずは情報を集めないと」
 男性は松明から火を移し、ちろちろと燃える青白い炎を頼りに冥界の中を歩きだした。

 しばらく歩いて分かったことは、何もないということだ。ただ広くて何もなく、次第に松明の明かりにも不安に感じてしまうほど暗い場所は、なにか例えがたいなにかが蠢いていて本能が危険だと叫んでいた。そういう箇所を避けて歩いていても、誰にも遭遇することなく数時間が経過しようとしていたとき、男性の視線の先に何かぼんやりとした明かりが見えた。それは、冥界にある青白い炎ではなく、どこか温もりを感じる色だった。
「まさか……人がいるのか?」
 男性はその明かりのする方へと向かうと、そこは理髪店だった。こんな暗いところに理髪店かと男性は首を傾げたが、今はそんなことを気にしている暇ではないと自分の頬を叩いてからゆっくりと扉を開けた。

 からんころん

 中に入ると、そこは理容室のようだった。シルバーの小さなワゴンには読めないラベルが貼られた瓶。トレーの中には櫛ハサミが整った状態で納められていた。散髪席は赤い革のようなものが張られており、暖色系の明かりでいっぱいの店内に丸みを含んだ光を生み出していた。
「いらっしゃ……あー、人間のお客様ですか。これはこれは」
「あ……ちょーっと聞きたいことがありまして……」
「立ち話もなんですから、どうぞお入りください」
 綺麗に切りそろえられた黒い髪から生える少しうねった角、尖った耳にフレームレスの眼鏡にはストラップがつけれられており、何かの拍子に眼鏡が落ちないよう工夫がされていた。首にはたっぷりとした白いネックチーフをかけ、どこか貴族のようなスーツに身を包んでいた。気になったのは、腰のベルトにつけられた通常のはさみの何倍もある大きなハサミだった。これは一体なんだろうと口にしようとしたが、男性はまずは脱出する方法がないか眼鏡をかけた人物に尋ねた。
「ふむ……珍しいケースですね。お力になりたいのは山々なのですが、わたしではどうにもすることができません。申し訳ございません」
「そっか……そうですよね。すみません」
 手がかりが潰えてしまったことに男性ががっかりしていると、眼鏡をかけた人物は男性の髪をそっと撫でた。
「お客様。だいぶ髪が伸びていらっしゃいますね。お詫びといってはなんですが、お客様の散髪、このラゾールが担当致しましょう」
 男性は「そういえば散髪はご無沙汰だなぁ」と呟きながら、さっそくラゾールと名乗る紳士に散髪をお願いすることにした。
「かしこまりました。では、失礼いたします」
 男性を散髪席に案内し、つるつるした手触りの布を男性の首に軽く巻き付け、同じ素材の大きな布をばさりと広げ首から下を覆うと霧吹きで男性の髪を濡らし始めた。
「それにしてもお客様、いい骨格をしていますねぇ……」
 骨格を誉められることなんてあるんだと思いながらも、男性はもう一つ気になっていることがあった。それは、この理髪店のあちこちに白骨化した頭部が飾ってあること。それもかなりの量。男性は店内にある頭部のことを聞こうと、恐る恐る口を開いた。
「あ……あの~、ラゾールさん……」
「はい、如何いたしましたか?」
「その……気になってることがあるのですけど……聞いてもいいですか?」
「ええ。もちろん。如何されましたか?」
「その……店内にある、あの頭蓋骨は一体……」
「ああ。それですか。あれはですねぇ、わたしのコレクションなんですよ。頭蓋骨を集めるのが好きなんです。だから、気に入ったものを店内に飾っているということですね」
 まるで嬉しそうに鼻歌を歌いながらラゾールは答えた。まさか本物だとは思っていなかった男性は聞いたことを後悔した。そしてその後悔は背筋の悪寒として表れ、男性の体をぶるりと震わせた。耳元で聞こえる髪を梳く音ですら恐怖に感じ始めた男性は、鏡に映っている自分の顔を見てさらに震えた。どことなく、ラゾールの目がおかしいのだ。それも、まるで何か獲物を見つけたようなぎらりとした光を放っていた。
「それと……もう一つなんですが……まさか、腰にある大きなハサミで切った人の頭……とかではないですよね……違ったらごめんなさい」
 男性はついでという気持ちで腰のハサミについて聞いてみると、ラゾールはくすくすと笑いながら男性に軽く耳打ちをした。
「お客様。面白いことをいいますねぇ……思わず声に出して笑ってしまうところでしたよ」
 面白いことを言っている割には目が据わっているような……あぁやっぱり聞くんじゃなかったとばかりに大きなため息を吐いていると「あぁ、あまり動かないでください」とラゾールから注意されてしまった。
 長かった髪もすっきりさっぱり切り整えられた男性は、さっきまでの恐怖を払いのけ素直に「頭が軽くなりました。ありがとうございます」と言うと、ラゾールは「いえいえ」と言いながら今度は洗髪をするので洗髪台前で頭を下げて欲しいといった。
「こちらこそ、お礼を言わなくては。お客様」
「へ? なんでですか?」
 つい反射で理由を尋ねた男性は、頭に触れているラゾールの手つきが変わったことに気が付いた。明らかに洗髪をするような手つきではないことが明らかになるときにはもう、手遅れだった。
「こんな私好みの骨格に会えたのは何百年ぶりでしょう……それに、イレギュラーの魂ときました……これは……コレクションせざるを得ませんねぇ」
「え……ま……まさか……その腰のハサミ……」
「大丈夫ですよ。すーぐ終わりますから。ちょきんってするだけですから」
 ラゾールはさっきまでの優しい手つきから一変し、大人の男性が足掻いてもびくともしない力で頭を押さえつけられている。もうこなっては逃げる術はない。
「安心してください。この理髪店で永遠に一緒ですから。あぁ……なんたる幸運なのでしょう」
 男性の命乞いを聞くことなく、ラゾールは腰のハサミを抜き広げた。そして、男性の首元にハサミをあて、閉じた。
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