すっぱすっきり☆グレープフルーツキャンディ【竜】

文字数 3,043文字

 その少年は空を眺めていた。静かに流れる雲や空を自由に飛んでいる鳥。手を伸ばせば届くのではないかと錯覚するくらいそれは澄んだ空だった。まさかとは思っているがものは試しだとばかりに少年は空に手を伸ばした。しかし、その感触は思っていたものよりもごつごつしていて妙な音を出していた。はっとなり少年が手にしたものを見ると、それはじたばたと動く首だった。
「ちょっとダーリンったら何するのよ」
「うわぁああ! ほ……骨美かよ!」
 ダーリンと呼ばれた少年─ガランは真っ赤に燃える炎のような髪に切れ味の鋭い目元、そして少しはだけた服を着ていて残念ながら声をかけやすいという部類には入らない。そして骨美と呼ばれたふわふわと浮遊している頭蓋骨は、ガランが持っている剣に取り憑いている霊とかなんとか。霊のわりにしっかり見えるし、周りもしっかりと見えているようで町中では骨美を見た人がひそひそ話しているのを目撃したことがある。けど、それはいつものことだと思い、全く気にすることのないガランは小さく「言わせておけ」と言い、去っていく。
「どうしたのよダーリンったら。なんか元気がないわよ?」
 骨美の心配した声がガランの耳に届くと、少し面倒くさそうに「別に」とだけ返し、再び空を見上げた。別にとは言ったものの、ガランは前から気になっていることがあった。それは剣士レグスのことだ。レグスとは凄腕のハンターで自分の身長をも超える大剣を軽々と振り回し活躍しているといわれているガランの憧れの存在である。そんなレグスに少しでも近づこうと日々努力をするも中々追いつけずにいた。心もこんな風に澄んでいればいいのにと思いながらぼーっと空を眺めていると、見知らぬ顔がガランの顔を覗き込んだ。
「はいはい。そこのお兄さん。ちょーっとお話いいですかぁ?」
「なっ!!!! いつの間に!!! ちょっと! ダーリンに近づかないでくれる??」
 小柄な商人風の少女がガランに話しかけてきた。あまりにも唐突な登場にそれなりに腕っぷしのたつガランや骨美に気付かれず驚いていた。あまりの驚きっぷりに骨美の声はさっきまでのきゃぴった声ではなく、ドスの効いた低い声に変っていた。
「な……なんだよお前は」
「まぁまぁ、そんな警戒しないでも大丈夫ですって。あたし、こういう者です」
 少女が両手を添えて渡してきた小さな紙には「芸能プロデュース手伝います クロリス」と書かれていた。紙と少女の顔を交互に見たガランは何事かと尋ねるとクロリスはふんと鼻を鳴らし口を開いた。
「見たところお兄さん。身のこなしに自信があるかとお見受けします。それに……ノリもよさそう。あとあと、声も中々いい感じ……ふんふん。これはチャンスかもしれませんねぇ」
「な……なにを言ってるんだよ」
「そうよ! アタシのダーリンに何かしたらタダじゃおかないんだからね!!!」
「お前は黙ってろ。んで、なにがチャンスなんだ?」
 そこでクロリスは心の中でやりと笑うと、すぐにぴかっと表情を明るくして説明を始めた。
「簡単なアピールをするだけでがっぽり稼げるお仕事があるんですよぉ」
 がっぽり稼げるという言葉にいち早く反応したのは、いうまでもなくガランだった。なんせここのところ出費が重なり、今のお財布事情は寒波襲来中なのだ。ただ、アピールだけで稼げるなんてちょっと話がうま過ぎはないかと思う部分もあるのだが……今後の生活を考えるとそこは致し方ないと切り捨て、交渉を受け入れた。
「さっすがお兄さん! 話がわかるぅ~。んじゃあ、早速なんだけどこっち来てくれるかなぁ」
 まるで観光案内をするかのようなノリに付き合うことになり、不安な部分はあるが今後のためだと思いクロリスの後に続いた。


「はいはーい。こっちこっち」
 クロリスは手招きをしてガランたちを一室に招いた。壁側にはたくさんの服が並んでおり、その反対側には自分が映る板があった。不思議そうに板を覗き込んでいるガランたちの背後では着々と準備が進められており、ガランが顔をあげたとき背後には見知らぬ屈強な人物が何人か立っていて思わず叫んだ。
「おい! いつの間に!」
「ちょっとナァニ? ダーリンには一歩も……あぁん! ダーリン!!」
「はぁい。喋る頭はちょーっと外にいてくださいねぇー」
「あなたはそこにかけてくださいね。ンフ、化粧のしがいがありそうネ。張り切っていくわよ」
 どうも骨美と似たような感じのスタッフがガランの周りをがっちりと包囲し、どこにも逃げ出せない空間を作り出していた。これではいくら戦いに慣れているガランでも抵抗が無駄だと悟り、大人しくされるがままにしていた。
「アラ。あなたの髪、とってもきれいね。それにお肌も……何かお手入れしているの?」
「いや……別に何もしてないけど……お前、あまりべたべた触るな!」
「触らないとお化粧できないじゃないの。大丈夫、もんのすごくかっこよくしてア・ゲ・ル♡」
 語尾に何か別の意味が込められていたのか、その声を聞いたガランをぞわりとさせた。

「では次の方、どうぞ~」
 司会者の言葉を合図に、ガランはステージに向かって歩いた。眩しいと思う以上に眩しいライトに照らされながら、だけど堂々と歩くその姿は女性だけでなく男性をも虜にしてしまう位に魅力的に見えた。
(もうこうなったらやるしかねぇってことだよな。いいぜ、だったらやってやるぜ)
「おうてめぇら! オレの歌を聴きやがれ!!!」
 化粧をしたガランは一回りも二回りも男らしくなり、攻撃的な目の周りのメイクや衣装も手伝ってからいつも以上に暴力的ではありながら野性味あるガランがマイクに向かって吠えると、ステージからほど近い席から聞き覚えのある声が聞こえた。
「ぎゃあーーーーーーー!!! ダァリーーン!!!! ザインじょーーだーーいいーー!!」
「きゃーーー!! ガランさまーー! こっちみてーーーー!!」
「ちょっと! ダーリンはアタシのよ!! でもまぁ、今日くらいはいいわ。一緒にダーリンを応援しましょ!!」
「あなたもガラン様のファンなのね!! 話があいそうだわ♡」
「言っておくケド、ダーリンを語らせたら止まらないワヨ。それでもいいなら、語り合いましょ」
「楽しそう! お付き合いしますわ!! きゃーーーーー!! ガラン様ーーー!!」
「ダーーリーーーン!!! 輝いてるわ!! 輝いてるわ!!!! もうサイコー!!!」
 ガランはできる限りのサービス、また打ち合わせにないステップの追加などを踏まえたパフォーマンスで会場を大いに盛り上げ、アンコールまでくる始末。まさかそこまでなるとはクロリスも予想外だったらしく、どうしようか迷っているとガランは迷わず再びステージに出て歌ではないがガランのサービス精神溢れるパフォーマンスで乗り切ることができた。

 クロリスとの契約も無事に完了し、約束の報酬が支払われた。その額は当初記載のあった額よりも多く、ずっしりとしていた。それはアンコールに応えてくれた分だと言い、弾んでくれたらしい。袋の中には大量の金貨で溢れ、これでしばらくは金銭面で困ることはなさそうだと安心しガランはふうと息を吐いた。
 それにしても……人生であんな風に舞台に出る機会はそうないだろうと思い、今回はいい経験が出来たと思い、袋を抱え席を立った。どうやら骨美にも友人ができたらしく、これはこれでよかったと思う反面、化粧を施されているときのことは二度と思い出さないよう心に誓ったガランだった。
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