さくらんぼと桃のエクレア【魔】♈

文字数 2,259文字

「ちょっと! アマテルってばそのケガどうしたのよ!」
「シェラハか……んでもねぇよ」
「なんでもないわけないでしょ! ちょっとこっち来なさい!」
「ったく、うっせーな」
 アマテルと呼ばれた少年とシェラハと呼ばれた少女の声が休憩時間の学園内に響き渡る。廊下を歩いていた生徒や、教室の中で雑談をしていた生徒たちは何事かと思い廊下に顔を覗かせる。アマテルと呼ばれた少年は銀色の髪から生える上向きの角にどこか面倒くさそうな目、額には生傷を作っていた。少しだぼっとした衣服にスニーカーという活発さを体現したような恰好をしている。一方シェラハと呼ばれた少女は明るいピンク色の髪の間から見える下方向に伸びた角に白と赤のジャケット、黒の短パンというアマテルと同じくらいに体を動かすことに特化した服にも見えた。
「うっさいじゃないわよ。ちょっと傷の具合を見せてみなさい」
「っち。うっせーな。余計なお世話だ」
「ケガしてるのに放っておけるわけないでしょ。ほら、こっちにくる!」
「へーへー」
 半ばシェラハに引きずられるように動かされているアマテルは、観念したのかシェラハに動かされるままだった。そうして保健室で手際よくアマテルの傷を消毒し、絆創膏を貼るとシェラハは「うん」と満足そうに頷いた。
「もう気が済んだか。オレは行くぜ」
「ああ。もう一か所あるでしょ」
「いーって。そんなもん」
 やっと解放されたとばかりに気だるい声でシェラハの申し出を断ると、アマテルはそそくさと保健室を出て行ってしまった。すっかり次の傷の手当をする気満々だったシェラハは右手に消毒液を含ませた綿を、左手に絆創膏をと準備万端だったのだがそれが活躍することはなかった。
「はぁ……もう。素直じゃないんだから」
 肩をすくませながら綿と絆創膏をもとの場所に戻し、ふうと小さく息を吐きシェラハは天井を仰いだ。
「……まだ休憩時間はあるか。ねぇ、ちょっとだけあたしに付き合ってくれないかな」
 保健室で本を読んでいた友達を屋上に連れていき、シェラハは爽やかな風が通り抜けるこの場所が大好きで、何か思いつめたことがあったりすっきりしない出来事があるとこの場所に行き、思いをぶつけている。それは今回のように友達にぶつける場合もあるが、一人のときもある。それはその時々で変わるが、シェラハはあまりもやもやした気持ちを持ち続けていたくないという性格上、この場所はなくてはならない場所となっている。
「アマテル君ってさ、いっつも真っすぐなのはいいんだけどさ、時々怖くなるんだよね。怖いくらいに真っすぐに進んでいく姿は確かにかっこいいと思うけど……でも、なんでもかんでも突っ込んでほしくないというか……わかる?」
 シェラハの問いに友達は小さく頷いて見せた。アマテルとシェラハは幼馴染ということもあり、アマテルの性格を誰よりもわかっているシェラハはケガしてばかりのアマテルを常に心配している。
 そして、その心配事とはまた別に二人は特別な使命を持っている。それは二人が十二星座の皇子ということ。このことは友達には誰にも告げておらず、学園内ではシェラハとアマテルしか知らない。十二星座の使命はそれぞれの力を封じた武器を所持し、いずれ訪れる災いを阻止するという使命を持っている。戦うことに関して二人は何の問題はないのだが、シェラハが気にしているのはさっきも出したアマテルの「恐ろしいくらいに真っすぐに突っ込んでいく」ということ。自ら危険を冒して突っ込んでいく姿を何度も見てきているシェラハにとって、この使命に関してはどうしても少し慎重になってほしいという思いがあった。なんでもかんでも突っ込めばいいという単純なものではなさそうなことはわかっている。だからこそ、自分の命を軽視しないでほしいという思いもあった。
「……なんて言えばアマテル君は無茶しないと思う?」
 シェラハの問いに難しい顔をして答える友達。友達はしばらく考えてみたが、どうしてもアマテルを引き留められそうな文言は浮かばなかった。
「うーん……難しいよねぇ……」
 シェラハが頭を抱えて悩んでいると、ふと友達は何かを思い出しそれをシェラハに伝えた。それは、なんでアマテルが傷を作ったかということだ。
「え? 近くにいたの?」
 友達は保健室で読書をしていたら、廊下でアマテルと誰かが口論しているのを耳にしたらしい。内容はシェラハについてだった。いつもシェラハと一緒にいるアマテルを良くないと思っている生徒がからかってしまい、ヒートアップした結果傷を作ったとのこと。
「な……アマテル君。あたしのことで怒ってたの?」
 友達は「あいつを悪く言うなっぽいことを言っていたような」と付け足すと、シェラハの顔は真っ赤になりしばらくその場で固まってしまった。数分後、落ち着きを取り戻したシェラハは手で顔を仰ぎながら「そうだったんだ」と何度も自分に言い聞かせた。やがて予鈴が学園内に響くと、友達は「先に行くね」と言い屋上を後にした。一人になったシェラハは胸の前で手をぎゅっと握り空を仰いだ。
「アマテル君。ありがとう。何があっても、あたしはアマテル君の味方だよ……だから……」
 最後の言葉は突風にかき消され、何を言ったかは聞き取れなかった。だけど、シェラハの思いもアマテルに対して真っすぐなものを言いたかったのかもしれない。少しだけ胸が締め付けられる感覚に陥りながら、シェラハは気持ちを切り替え教室へと戻った。
 

        今度、アマテル君にあったら自分の思いをきちんと伝えよう。
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