こんがりカラメルとふわふわマシュマロ

文字数 2,082文字

謝肉祭─カーニバル。仮装するお祭りのことを指すこの行事が、小さな町にやってきた。あちこちにはテントが張られ、その中ではゲームやアクロバティックなショーが行われていた。そして、その中に奇怪な仮面をつけた人物が現れ、子供たちから歓喜の声があがった。その奇怪な仮面をつけた人物の横にはボロボロのクマのぬいぐるみが抱えられ、奇怪な仮面をつけた人物が手を挙げると遅れて手を挙げたり拍手をすると遅れて拍手をしたりと、仮面をつけた人物と同じ行動をする光景に子供たちは不思議でならなかった。
 仮面をつけた人物─バロウズは今日も、子供たちを楽しませるためにたくさんの手品を用意してステージに上がっていた。少し声高ではあるが親しみを込めて近づいて声をかけてくれることから大人にも人気の演者だった。
「さぁ、今日もみんなを驚かせちゃうよー! 準備はいいかなー?」
「「はぁーい!」」
「うーん。いい返事だ! さぁ、最初の手品は……これだよ」
 バロウズがトランプを宙に浮かせ、手を触れずにバラバラと散乱する様子を見せると子供のみならず大人も声をあげて驚いていた。続いては選ばれた子供が一枚カードを選び、それを見ないで当てるという手品。間違えることなく答えるバロウズにみんな歓喜していた。

「あぁ。残念だけど、そろそろお別れの時間だぁ。またみんなに会える日を楽しみにしてるよ」
 子供たちから渋られながらも手を振りながらステージを後にし、袖へと穿けたバロウズ。とそこへ、さっきステージでカードを選んだ子供が関係者以外立ち入り禁止の中へと迷い込んでいた。その子はじっとバロウズを見つめ、何かを欲しているようだった。
「ありゃ。きみはさっきの……だめだよ。ここは入っちゃいけないところだよ。さ、ママのところへお帰り」
「……クマちゃん」
「ん?」
「クマちゃん、ぎゅーってさせて!」
 バロウズから許可を得る間もなく、子供はバロウズが抱えているクマに向かって一直線。外れかけのボタンの目に手が触れてしまい、バロウズは慌ててクマを抱き上げる。
「痛い痛い! 乱暴はだめだよー? それに、またここに遊びにくるから、ね?」
「……」
「いい子にしてたら、クマちゃん抱っこさせてあげるから……それまで待っててくれるかな?」
「うん!」
 満足そうに笑みを浮かべながらバロウズに手を振り、出て行った子供を見送るとバロウズは控室へと戻り、次の公演へと備えた。

 あっという間に日が暮れ、この町での開演は終わりを迎えた。昼間までのにぎやかな声は夜の静けさに飲み込まれていき、今では静寂だけがそこにいた。明日には次の町へと移動するのだが、とある人物はまだやることが残っていた。それを終わらせるためにその人物は薄闇の中を悠然と歩き、ある場所へと向かった。

コンコン コンコン

「……??」
「やぁ!」
「うわぁ!」
 それは昼間、バロウズのクマちゃんを抱きたいと言っていた子供の家だった。寝ぼけ眼の子供は驚きのあまり、想像以上の声量が出てしまい慌てて口を抑えた。
「びっくりさせてごめんね。ぼく、明日にはこの町を出発しなくちゃいけないんだけど、その前にきみにクマちゃんを抱っこしてもらいたくて来ちゃった」
「え……え?」
「ここじゃなくて、特別な場所でクマちゃんは待ってるから……ほら、ぼくの手を取って」
 頭が混乱しているのか、子供は今目の前で起こっていることの処理が追い付かずとりあえずバロウズの手を取ると、視界がぐにゃりと曲がって自分という実感を感じるまでにほんの数秒の間があった。実感したとき、そこは自分が寝ていた部屋ではなく、バロウズが立っていたステージだった。一体何が起こったか理解ができない子供にバロウズはちょいちょいと指を動かした。動かしている先には、いすに座っているあのクマちゃんがいた。何度も目を擦り、見間違いでないことを確認した子供は嬉しさを爆発させてクマちゃんが座っているいすへと走った。
「わぁ! クマちゃん! だぁいすき!」
「ボクモダヨ……ネェ……モットダキシメテヨ」
「……? こう……?」
 ちょっと変わった声がするなと思った子供だが、気にせずクマちゃんからの要望に素直に応じる。さっきよりも力を込めてぎゅっとする子供。しかし、その子供の様子がおかしい。さっきまで元気にしていたのが急におとなしくなり、膝から崩れ眠るようにその場に倒れこんでしまったのだ。息を確認するバロウズの手はさっきまでの温もりはなく、まるで嬉しそうに震えていた。
「ハァ……キヤスクサワリヤガッテ……」
「クマちゃんをぎゅーってしたい願い、叶えたよ。その代わり……」
「オマエノタマシイヲイタダイタ」
 ぶるぶると震えながら笑うクマちゃんは、さながら異形のものかのように禍々しくそして本当に嬉しそうだった。今度はそれをバロウズが優しく抱きしめながらにたりと笑う。
「さぁて、次の町ではどんな子供たちに出会えるのかなぁ……。楽しみだね」
 昼間みたく、おどけた様子は微塵も感じられないくらいに歪んだ笑みを浮かべながら、バロウズは夜空に浮かぶ月をクマちゃんを抱えながら眺めていた。
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