ジュエルグレープとミストマスカットのダブルパフェ【魔】

文字数 3,081文字

 オセロニアギルド内、自室。ぼくはぼんやりと窓の外を見ていた。薄曇りの中から差し込むまるで光の矢が降り注いでいるかのような光景が広がっているのにも関わらず、ぼくの気持ちはなんだか晴れなかった。とても神秘的な光景であることはわかっているのに、この気持ちは一体なんだろう。皮肉なことだけど、もやもやとした気持ちがぼくの意識を戻してくれた。
 すっかりぬるくなってしまった水を一息で飲み、ぼくはいつもの癖でなにかしらデッキが入った鞄をひったくり、外へと出た。散歩をすれば少しは気が紛れるかもしれない。そう思い、ぼくは受付に外出届を提出し、ギルド外へと出た。
 外に出ると、まず出迎えてくれたのは生温い風だった。それでも自室の中にいるときよりかは快適に感じてしまい、小さく笑った。軽く伸びをして足を動かすとこれも無意識なのだろうか。ぼくは図書博物館へと向かっていた。巨大な石の造りの図書博物館は、その存在こそがまるで芸術作品のような面持ちで、ここへ訪れる旅人の心を魅了した。……恥ずかしい話だけど、実はぼくのそのうちの一人なんだよね。頬が赤くなっていることに気が付いたぼくは頭を振り、図書博物館の扉を潜った。

「あら。いらっしゃい。ゆっくりしていってね」
 受付には見たことのない女性が立っていた。新緑の髪に紫色のヘッドドレスを付け、手には手帳サイズの書物を持ち、ドレスの内側と外側が反対になったような衣装(聞いてみたらクリノリンというものらしい)を着こなし、柔らかい笑みを浮かべぼくを迎えてくれた。
「? 見ない顔っていう顔ね。うふふ、その通り。わたしはつい最近ここへ異動になったロレーラっていうの。本についてはなんでも聞いてね。本の場所や、今こんな本が読みたいっていうことがあれば……ね。ここでのわたしの役割は……そうね、本のソムリエといったところかしら?」
 嬉しそうに笑うその顔は、本当に本のことが大好きなんだなと思えるほどにまっすぐな笑みだった。ぼくはそれに大きく頷き、なにか気晴らしができそうな本を尋ねてみた。
「そうね……じゃあ、こんなのはどうかしら。ついてきて」
 ロレーラのあとについていくと、そこは古代文化について書かれた本がびっしりと詰まった本棚だった。古代文化か……ちょっと重そうかもしれないと思いながらも、ぼくは背表紙だけで本を選びロレーラにお礼を言った。すると、どういたしましてと弾むように応えるとまた受付へと戻っていった。
 椅子に腰を下ろし、荷物を足元に置いてからぱらりとページをめくった。そこにはここオセロニア世界の出来事や謎について短くそしてわかりやすく書かれていた。短い文章で書かれているので、さくっと読めるし書き方も例え話を含めながらだったから辞め時がわからなくなるほど面白くて、夢中でページをめくっていた。気が付いたころには一冊読み終えており、あとには心には満足感を得ている自分を確認できた。本を閉じ、それをもとの場所に戻してから次の一冊に手を伸ばしたとき、出入り口から乱暴な音が聞こえた。音を発生させたのはゴブリン族の集団のようで、あたりをキョロキョロしたかと思えば、げらげらと笑い出した。
「いらっしゃい。ここは本を楽しむ場所です。お静かに願えますか?」
 ロレーラが騒ぐゴブリンたちに注意をすると、そんなことなどお構いなしとばかりに声高に笑ったり寝っ転がったりと好き放題だった。ぼくもこの本の続きが気になっているのに、そんなことされては集中ができない。ここは静かにしてもらうべきだと思ったぼくは、続きの本を取らずに座っていた椅子へと向かい鞄からデッキを取り出した。すると、ゴブリンたちはぼくの姿がよほど面白かったのか、指をさしながらまた声高に笑い出した。その声は頭に響き、だんだんと頭痛を覚えるほどになりデッキから一枚駒を展開しようとした。
「お客様」
 凛とした声が部屋全体に広がり、その声を聞いたものは誰もが動けなくなっていた。……もちろん、ぼくも動くことができない。なんだろう、足首をがっちりと掴まれているようなこの感覚は……。ぼく唯一動かせる首を動かし、ただ一人動ける人物を凝視した。
 ロレーラだった。さっきまでにこやかだったロレーラが、さらににこやかな表情のままゴブリンたちの前へと歩み寄った。身動きのとれないことに苛立っているゴブリンたちを目の前にしても決して動じることなくロレーラはただ口を開いた。
「お静かにという言葉をご理解いただけないのなら、致し方ありません……」
 ロレーラが手帳を開くと、そこから魔力を帯びた煙が発生し徐々にある形へと変わっていく。剣士や格闘士などが現れ、ロレーラの背後から睨みをきかせている。それに怖気づきながらもゴブリンたちはぎゃあぎゃあと騒ぎ立てると、ロレーラは小さく「さよなら」というと、背後に立っていた煙はゴブリンたちへと覆いかぶさった。騒ぎ立てるゴブリンたちを問答無用で包み込み、そのまま図書博物館の入り口前まで運ぶと煙は消え今度は門番の役割へと切り替えた煙の二人は最後の忠告だとばかりに殺気を放出した。さすがにこれはまずいと判断したゴブリンたちは逃げるように去っていった。最後のゴブリンたちがいなくなったことを確認した二つの煙は音もなく消え、ロレーラの持つ手帳へと吸い込まれていった。ぱたんと手帳を閉じたのと同時に、ぼくの足首が急に軽くなり動くことができた。
「突然、ごめんなさいね。ああでもしないと分かってもらえないと思って」
 ぼくは首を横に振り、それよりもさっきのは一体と尋ねるとロレーラは小さく頷きながら応えてくれた。
「わたしね、死んだ人の魂の実名で呼ぶと、その人の生前の記憶を幽体として使用できる力を持ってるの。ほら、さっきわたしの後ろにいた二人がそうなんだけど……」
 確か剣を持ったのと拳を振り上げたような人物がいたような……。あれが既に亡くなっていた人物の記憶を引き継いだものだとすると……それはそれでかなりの脅威だとぼくは思った。思わずぼくは表情を強張らせると、ロレーラはくすくすと笑いながら続けた。
「そんな顔しないで。わたしだって本当はこの力は使いたくないもの。だけど、さっきみたいに使わなければいけない事態になったときは躊躇せずに使うわよ。だって、ここは知らないことを知ることができる素敵な場所だもの。誰にもこの場所は奪わせたりしないわ」
 ロレーラの言葉には信念が込められており、その言葉を聞いただけなのだがぼくはこの人なら大丈夫だろうという気持ちが溢れていた。そして、ぼくはロレーラの顔を見てあることを思い出し、まっすぐにお礼をした。
「あら? わたし、なにかしたかしら?」
 ぼくが素敵な本を紹介してくれてありがとうと言うと、あぁと言いながらロレーラは満面の笑顔を浮かべながら「どういたしまして」と深く頭を下げた。
「少しでもあなたの気分が晴れてくれたのなら、これ以上嬉しいことはないわ。またいつでも立ち寄って頂戴ね。本のソムリエ、ロレーラにお任せってね」
 おどけてみせるロレーラに何度もお礼を言い、ぼくは図書博物館を後にした。ギルドに戻るころにはあのときに感じていたもやもや感はどこかへ行ってしまい、代わりに肩の荷が下りたようなすっきり感があった。よし、これで明日も頑張れる。ぼくは自室に戻ると、明日開催されるギルド内の腕試し大会用のデッキ編成へと移った。
 今だったら面白いデッキができそうな気がする……そう思うと、あれもこれもとアイデアが浮かび、終始所持駒と格闘を繰り広げていた。
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