ドラゴンフルーツとブラックベリーのジューシーゼリー

文字数 5,134文字

 協力して部屋から脱出したまえ

 出入口の前に貼られた紙を見た二人はただ立ち尽くしていた。向かって右は竜人レグス。依頼された魔物を討伐して生計をたてている凄腕のハンターだ。趣味はギャンブルなのだが、獲得した賞金でほくほくだったものが、ものの数時間で空っぽにして戻ってくることがしばしば……。そのためにまた賞金を稼ぐというサイクルになっている。剣の腕前は誰もが認めるほどのもので、ほかのハンターたちが苦戦している魔物をあっという間に倒してしまうほど剣捌きが鮮やか。自信に満ちた笑顔はそれを物語っている。
 そして向かって左にいるのは堕天使アザゼル。ソロモン七二柱のひとつを任されていて、意味は「荒野」という。褐色の肌にぎらついた瞳、彼の両手には生きてるものの魂をすすろうとする悪霊がまとわりついている。時折、その悪霊がレグスの前を悪戯に通り過ぎていき、まるで「お前の魂をよこせ」とばかりに低い声で唸っている。
「なんだよこれ……」
「んなもん、おれが知るかよ」
 初っ端から喧嘩腰でやりとりする様は、もはやチンピラといっても差し支えないのではないかと思えるくらいだった。何かいえばそれに対して喧嘩腰で返すということを繰り返しているのだから。これでは埒が明かないと先に思ったのはレグスで、まずはこの部屋に何かあるかを調べないかとアザゼルに提案するも、アザゼルは「俺は絶対に嫌だ」とばかりの顔でレグスを睨みつけると、それを見たレグスはぶつぶつ言いながら部屋の中を調べ始めた。
 内部は出入口の扉と、天井からぶら下がっている照明のみというとてもつもなくシンプルなつくりだった。シンプルだからこそ目立つものが見つかりにくいというのも実情だ。そんなシンプルな部屋を調べている途中、レグスはふと思った。

と。それもなんでアザゼルなんかと一緒に……。壁を調べながら、床を調べながら、天井を見上げながらレグスはそう思っていた。しかし、なぜここにいるのかという答えは見つからず、出たのは大きなため息だけだった。一休みしようと壁にもたれて休んでいると、はっと鼻で笑いながらアザゼルが見下していた。
「んだよ……」
「はっ。だらしねぇな。お前が見つかれなかったのを、俺が見つけてやるよ」
「やってみろ。おれには見つけることができなかったものをよ」
「ああ。やってやる。お前はそこで見てろ。そして俺の前にひれ伏せ! はははっ!」
 自信たっぷりに部屋のあちこちを捜索をして数分、アザゼルはレグスから少し離れた所に腰を下ろしそれからしばらくの間、何も言葉を発しなかった。それを見たレグスはアザゼルに近寄り小さく聞いた。
「……なかったろ?」
 こくんと頷くアザゼル。二人で探して見つからなかったのだから仕方がない。これには二人もお手上げ状態だった。何も話さない状況が続き、しびれを切らして口を開いたのはレグスだった。さっき思ったことをアザゼルに聞いてみた。
「なぁアザゼル……。お前、なんでここにいるのか思い当たる節、あるか?」
 首を横に振るアザゼル。だよなぁと頭をかきながらレグスは次の質問をしてみた。
「なんでおれとなのかは……」
 首を横に振るアザゼル。うーんなんでだろうなと考えていると、レグスはさっきからアザゼルが無言だということに気が付いた。これはちょっとしたチャンスかもしれないと思い、レグスはアザゼルを挑発した。
「あぁ、おれでもダメでお前でもダメかぁ。さっきは任せろって言ってたのに……ダメかぁ」
「……ぁ゛?」
「二人で探してダメだったんだよな。なら仕方ねぇ。そんなに落ち込むな」
「てめぇ……今、なんつった?」
「あ? お前でもダメだってことか?」
「んだと? おまえも探してダメだったくせに大きな口叩くんじゃねぇよ」
「探せなかったショックがデカすぎて黙ってたやつには言われたくないねぇ」
「あ゛ぁん???」
 我慢ができなくなったアザゼルは瞬時に立ち上がり、レグスを睨みつける。お互いの目の前にはお互いがすぐそこという状況の中、平静を保っているレグスがにやりと笑いアザゼルを制した。
「まだそんなに吠える元気があるならよかった。今はこの部屋から出ることを考えねぇと」
「ちっ……言われなくてもわかってら」
 睨みあいを解除し、ないとわかってても辺りの捜索を続ける二人。さっきも確認してなかった場所を何度も捜索するうちに、アザゼルは段々イライラしてきたのか一か所探して見つからない度に「あ゛ぁ゛」と叫び、しまいにはそれはレグスにも伝染し二人して探しては叫んでを繰り返していた。こうしてありとあらゆるものを探しのだが、結局手掛かりはみつからない結果に。レグスはふぅと息をつきながら腰を下ろし、アザゼルはなにも見つけられなかったことに対しての怒りが限界を迎えたのか突然吠え出し、壁を殴り始めた。
「お、おいおい。そこまですることねぇだろ」
「うっせぇ! ここまで探しても何もないんだったらこうするしかねぇだろ!」
 ガンガンと殴りつけていても、壁は一向にへこまずただの雑音だけを発するだけ。そうだとしてもアザゼルの怒りを抑えるのはこれしかないのか、執拗に壁を殴りつけていると部屋のどこかで何かが落ちた音が聞こえた。
「ん? なんか落ちた音が……」
 レグスは音のした辺りを探していると、小さくて丸いものを見つけた。さっきまでなかったことから察するに、アザゼルが壁を殴りつけた振動で上から落ちてきたものかと考えられる。それをアザゼルに見せると、また得意げな顔になり胸を張った。
「俺のおかげだろ。感謝してくれても構わないぜ」
「どうやって使うのかもわからねぇ……感謝して

もいいが、使い方がわかってからな」
「んだと? 俺がここから出るための一歩を踏んだことに感謝しねぇたぁ、いい度胸だ」
「あぁ!! うっせぇ! いちいち絡んでくんな! めんどくせぇ!!」
 怒鳴りあいながらも、この無機質な部屋から脱出できると思われるアイテムをレグスはポケットにしまい、内心ほっとしていたのもつかの間、今度は甲高い警告音が響き渡る。

ビー ビー ビー

「な……なんだ」
「うっせぇな……」
 耳を抉るような音に顔を引きつらせながら辺りを見回すと、自分たちのいる反対側の床がスライドし、足場がなくなる。そしてそこから何かがせり上がってくる音が聞こえると二人は顔を見合わせ警戒をする。せり上がる音が近づいてくるにつれて、ほかの音も交じって聞こえるようになった。それはなにかが叫んでいたり歓喜しているような声だった。そして、その声に聞き覚えのあるアザゼルははっとした。
「ちっ……まずい状況になりやがったぜ」
「んだ? なにがあった」
「いいか、よく聞けよ。これから大量の奴らが出てくる。奴らは小さいが集団で襲われると手も足も出なくなるから……気をつけろよ」
「お前がおれを心配してくれるなんてな……ま、注意しておきことに越したことはねぇな」
「そういうこった」
 レグスは剣を、アザゼルは瘴気をまとった拳を構え、これから起こる事態に備えた。やがて見えてきたのは醜い顔をした小鬼─ゴブリンだった。それもレグスが想像していた数の倍以上のゴブリンがこちらを見て汚く笑う。
「ちったぁやるじゃねぇか……こんな数寄こすとはな……」
「はっ。怖気づいたか?」
「冗談っ!!」
 床が完全にせり上がる前に飛び出したのはレグスだった。愛剣を抜き、横へ凪ぐ。無音のまま小鬼だけが切り裂かれ赤い花を咲かせる。そしてそのまま流れるように逆手に持ち替えて凪ぐ。それだけでだいぶ数を減らすことができたのだが、小鬼たちはわらわらと無尽蔵にわき、二人を嘲笑う。
「逆巻け! 我が瘴気よ!!」
 アザゼルが拳を振り上げると、待ってましたとばかりに悪霊たちが小鬼たちに憑りつき生気を吸い取る。生気を根こそぎ吸い取られた小鬼は、カラカラに干からびた状態にまでなりそれを流し目で見ていたレグスは背筋にぞっとするものを感じた。
(あぁはなりたくねぇな……)
 互いが互いをけん制しあうように、流れるように小鬼たちをせん滅していくのだが、一向に減る気配を感じなかった。これでは二人の体力が尽きてしまうほうが先だとレグスは思った。少し荒い呼吸を整えつつ剣を振るうレグス、唇を噛みながら悪霊を呼び寄せるアザゼル。双方に焦りの色が見えたとき、レグスに名案が浮かんだ。それは、この二人にしかできないことだった。
「なぁ、アザゼル。ちょっとばかし賭け事しようぜ」
「あ゛? こんな時に何言ってんだ?」
「まぁ聞けって。こんなに大量のやつを相手にできるほど、体力は無尽じゃねぇ。だから、どっちが多く片づけられるかて競いあった方が効率がいいと思わねぇか?」
「あぁ……なるほどなぁ……でも、俺は俺のやり方でやらせてもう」
 にやりと笑うレグスにアザゼルは気付いていない。レグスは急に剣を投げ捨て、明後日の方角を見ながらぼやいた。
「そっかそっか。お前は賭け事で負けるのが嫌なのか。賭けるものも決める前から勝負しないのか……情けねぇなおい」
「あ゛? なんつった? あ゛??」
「意気地なしのチキン野郎って言ったんだよ。聞こえなかったか?」
「あ゛ぁ!! 上等だよ!! その賭けに乗ってやるよ! クソがぁ!!!」
 まさかこんな挑発にほいほい乗るとは思わなかったレグスは、必死に笑いを堪えながら剣を拾い上げ構える。闘気を剣にまとわせ不敵に笑うレグスと、完全にブチ切れて悪霊をこれでもかと呼び寄せたアザゼル。これで準備はできた。あとは……もう一声あれば完成だ。レグスは大きく息を吸い込み吐き出すと同時に音も載せた。
「すぅ……アザゼルのバァカ!!」
「あんだとゴラァア!!!」

 キィキィ キキキィ!!

 迫る小鬼たちは「おれたちを無視すんな!」と言いたげに甲高く鳴き声を上げると、今度は二人同時に小鬼たちに向かって怒鳴った。
「「うっせぇな!!」」
「寝てろっ!!!」
「落ちろ!! 奈落の底へ!!」
 レグスは闘気を放ち、アザゼルは大量の悪霊をけしかける。それがレグスたちと小鬼たちの間で交じり合い一つの怨霊となり小鬼たちに襲い掛かる。その怨霊は大きく口を開き、小鬼たちに喰らいつくと闘気が膨れ上がり爆発。大量の小鬼たちは跡形もなく消え去った。

 静寂を取り戻した部屋に、最初に響いたのはレグスの声だった。うまくいったといい、その場に座り込むと事態を呑み込めないアザゼルはレグスに詰め寄った。
「なにがうまくいったんだ? あ?」
「そう突っかかるな。簡単なことさ。お前を挑発して頭に血を登らせてから叩いた方がすぐに終わるってだけだ。まさかこんなにうまくいくとは思ってなかったからな……」
「お前……俺を利用したのかっ」
「おかげで小鬼共に襲われなかったと思えば……いいんじゃねぇか??」
「くそ……つまんねぇ」
 余程利用されたことが気に食わないのか、出入り口をガンガンと殴っていると。さっきとは違う甲高い音が響いた。それもレグスのポケットから聞こえた。音の鳴るものを取り出すと、さっき上から落ちてきた丸くて小さいものから発せられていた。
「なっ……なんだ」
「今度はなんだよ!!」
 甲高い音が鳴りやむのと同時に、扉からかちりと音が聞こえた。アザゼルは何かと思い取っ手に手を伸ばしゆっくりと引いてみた。すると、鉄と鉄が擦れる音と共に出入口が開いた。
「な……開きやがった……」
「これは……カギだったってことか……」
 今はそんなことはどうでもよくなったレグスは、丸くて小さなものを部屋の中に投げ捨て眩い光の放つ方へと歩いた。

「あぁーー!! 外に出られたぜぇ」
「解放感を感じるぜ……やっとな」
「ところで、さっきの勝負はどっちが勝ったんだ。俺か、お前か……」
「勝負? あぁ、そんなこともあったな。どっちでもいいだろ」
「良い訳あるか! この際、白黒つけようじゃねぇか!」
「あーもー、めんどくせぇな!! 出られただけで良しとしろよっ!! ったく」
「逃げんじゃねぇよ! おい、レグス!! 待てやゴラァア!!!」
 部屋を出てからも終始、喧嘩腰のやりとりは続いていた。レグスは適当に流しつつも、アザゼルは勝手にレグスに対して好敵手の意識を燃やし、今度会ったときに決着をつけると言い残し魔界へと帰っていった。
「勝手に言って勝手に消えんじゃねぇよ……でもま、悪くなかったぜ」
 まんざらでもないレグスは胸いっぱいに空気を取り込み、思い切り吐いた。そして、部屋の中にいた時間を埋めるような依頼がないか探すため、眼下に見える小さな村へと向かった。その道中、レグスはどこか嬉しそうな顔をしていたのは気のせいだろうか……。
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