しゃりしゃり楽しいアイスグミ【神】

文字数 3,466文字

「はい。今日の練習はここまでです。お疲れ様です」
「「お疲れ様でした!!」」
 北方の小さな国にて、威勢のいい声が響き渡る。練習が終わり、武器を下す兵士たちは緊張感が解けたのかそれぞれの方法でその喜びを味わっていた。ある者は清々しい顔、またある者は疲弊した顔を浮かべながら天井を仰いでいたりと様々だった。そんな中、表情ひとつ崩さずに稽古場を後にする麗しき剣士がいた。名前はアスリーン。この国の王宮騎士団長を務めている彼女は、その美麗な容姿からは想像もできない位の大剣の使い手である。なんでも、幼いころから剣術を学びその実力を認められ、ついにはアスリーン家に伝わる精霊が宿っていると言われている大剣をいとも簡単に使いこなしてしまうという剣術のエキスパート。邪悪な存在が現れようものなら、その大剣で撫でるように切ればあっという間に浄化までしてしまうという効果を持っている。
 王宮内をこつこつと靴音を響かせながら歩き、アスリーンは自室のドアを開け静かに閉めた。そして大剣を壁にかけ、じっとその大剣を眺めていた。すると、アスリーンはふっと笑みを零しぽつりと呟いた。
「なんでかしらね。この大剣を見ると思い出すわね。あの日のこと……」

 それは、まだアスリーンが王宮騎士団長になる前のこと。平和とはまだ呼べないくらいに争いが絶えなかった時があった。その中、アスリーンは自身の稽古のあとに戦地へ赴き、剣技を放っていた。アスリーンに続く兵士たちも次々と襲い来る脅威に立ち向かっていき、アスリーンの通る道を切り拓いていく。
「怯んではいけません。みなさん、いきますよ!」
 アスリーンの掛け声に士気が上がり、兵士たちは更に勢いを増し脅威へと突っ込んでいく。それにアスリーンも感化され、大剣を振り回し襲い来る脅威を屠っていった。最後の一匹を仕留めたアスリーンは、その背後から湧いてくる脅威を見て更に気持ちを引き締め、兵士たちを鼓舞した。
「みなさん。大丈夫ですか。負傷した方はすぐに救護班のもとへ。戦える方はわたしに続いてください」
 言葉に力が籠っているのか、まだ戦える兵士たちは雄叫びを挙げてその脅威へと我先にと突っ込んでいった。アスリーンは負傷した兵士を安心させてから、その兵士たちが作った道を走っていった。次から次へと湧く脅威は減るどころか、むしろ増えていっているようにも感じているアスリーンは、ここで自分が下がってはいけないと判断し怯まずに大剣を振り回した。現れた脅威は鮮血を吹き出しながら絶叫し、絶命。払いからの突きへと切り替え次の脅威を払い、進んでいくアスリーンだが、ふと気が付いた。
「他の方たちは……どこ?」
 アスリーンは決して感情的に動く方ではない。だが、このときばかりは少し違っていて、目の前の脅威を払うことに集中し、一緒についてきてくれた兵士たちのことが頭から抜けてしまっていた。なにをそんなになって大剣を振りかざしていたのか。なぜそこまで必死になっていたのか。その理由はアスリーンの兄であるラウムシュットの存在があった。黄金のように輝く髪に刃のような瞳。そして、氷の力を宿した魔石を削り出した武器─アイスブレイドを片手にアスリーンとは別の国を守っている。その兄が今日、アスリーンの治めている国に来るという知らせを受けていたのだ。ここで戦果を出せばきっと兄は喜んでくれるだろうと思ったとき、アスリーンの思考はすでに霧の中だった。そのことにばかり気を取られ、他のことに気が回らなくなってしまった結果はどうだろう。自分を信じてついてきてくれた兵士たちをそっちのけにし、自分は自分のためにただ突っ込んでいるというなんという愚かしい姿だった。全身に返り血を浴び、脅威の破片を頬につけたまま立ち、使い慣れた剣は血の臭いがこびりついていた。彼女の自慢のクリアアイスブルーの髪も返り血で汚れ、見る人によっては近寄りがたい姿へとなっていた。
「……」
 アスリーンは自分の右手を見て言葉を失っていた。そこに映っていたのは、脅威の返り血でびちゃびちゃになった籠手だった。そこで我に返ったアスリーンはぽつぽつと降り出した雨の中、声に出して泣き叫んだ。

 王急に帰ってきたアスリーンを待っていたのは、兵士たちではなく兄であるラウムシュットだった。普段から少し怒っているような顔つきではあるが、今目の前にあるラウムシュットの顔は誰がどう見ても怒っているというのは言わなくてもわかる。その答えに、ラウムシュットの周りはアイスブレイドの魔力でじわりじわりと氷に蝕まれつつあったからだ。
「アスリーン。おれがいいたいことはわかるな」
 ただ一言発しただけなのだが、アスリーンの肩はびくりと動き兄の怒りを言葉だけで感じ取っていた。アスリーンはゆっくりと首を縦に動かし、これから起こることに対して甘んじて受け入れようとしたのだが、ラウムシュットは首を横に振りアスリーンの今の姿を指摘した。
「まずはその血で汚れた鎧をどうにかしてからだ。手早く済ませたら第一会議室へ来い」
 それだけ言うと、ラウムシュットは速足で第一会議室へと向かっていった。言われたアスリーンはすぐに浴室へと向かい、自身に着いた血液を洗い流した。
 手早く着替え、アスリーンは兄の待つ第一会議室の扉をノックしてから中へと入った。中ではただ無言でこちらをじっと見ているラウムシュットがいた。何も言わないが、まだ怒っているということだけは伝わってきている。アスリーンは兄の圧力を受けながら椅子に座りまずは頭を下げた。
「兄さま。この度は申し訳ございませんでした」
 アスリーンは謝罪をしたのがら、ラウムシュットはうんともすんとも言わない。様子がおかしいと思い、アスリーンは顔を上げラウムシュットの顔を見た。その顔に変化はなく、ただ何かを言いたげなのだが……それがうまく読み取れないでいると、ラウムシュットは静かに口を開いた。
「それだけか?」
 まさかそんなことを言われるとは思わなかったアスリーンが返答に困っていると、ラウムシュットは大きなため息を吐いた。
「え……ど、どういう意味ですか……?」
 頭が混乱してしまったアスリーンはラウムシュットに尋ねた。きっと自分で考えても答えを導き出すことに時間がかかってしまうと思い、そうしたのだが帰ってきたのはラウムシュットの声ではなく右手だった。


 パァン


 乾いた音が会議室の中に響いた。叩かれたアスリーンは一体何が起こったのかを理解するのに、しばらくの時間を要した。そしてそれを理解したとき、頬から伝わる熱を自分の手で感じているとラウムシュットはガタッと立ち上がり声を荒げた。
「お前。一体なにをしたのかわかっているのか?」
「え……お……兄さま……??」
「おれは聞いてるんだ。お前はなにをしたかわかっているのかと聞いてる」
「そ……それは」
「なんだ。それはなんだ」
「それは……兄さまに認めて貰いたくて……貰いたくて……うっううう」
「おれに認められたいがために、他の兵士を犠牲にしていい理由にはならん」
「そ……それは……」
「今のお前はおれに認められようなんざ……とんだ笑い話だ。もっと己を見つめなおせ」
「兄さま……」
「今日はもう帰る。まさかこんなことになろうとは、おれも思ってなかった」
 そう言い捨て、ラウムシュットは第一会議室から出て行った。一人取り残されたアスリーンは兄から受けた平手の意味を深く噛みしめ、また嗚咽を漏らした。


 数日後。兄から受けたことを飲み込むことができたアスリーンは、戦場へ向かうときは溶けない氷でできたお守りを持ち歩くことにした。その冷たさは普段はもちろん、戦場にいるときの状況においても思考をクリアにしてくれる作用がある(と感じている)。冷静さを欠いてはいけないと再度自分を戒め、平和を取り戻すために戦うアスリーンの目はあの日のように血走ってはいなかった。


「まさか兄さまからお叱りを受けるなんて……思わなかったな」
 ふとラウムシュットに怒られた日のことを思い出したアスリーンは呟いた。今は静かで穏やかな日を過ごしている。だけど、脅威が襲ってこないというわけではないので、鍛錬だけは忘れずに行うようにしている。窓の外を見ていると、鍛錬が足りなかったのかどうかわからないが、兵士数人が威勢のいい掛け声を発しながら走り込みをしていた。
「あらあら」
 思わずくすっと笑ってしまったアスリーン。こうやって笑えるのも、きっと兄のおかげだと思い、溶けない氷でできたお守りをそっと握りしめた。
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