バニラとカスタードのもっちり大福

文字数 3,614文字

 とある宮廷内の書斎で、巻物を探してるツキカゲの目には涙が浮かんでいた。理由はまた上司に怒られたという至ってシンプルなものなのだが、内容はそう単純ではなかった。宮廷内での書物管理を任されているツキカゲは、伝達組から書状を預かった。それは本来、自分が所属しているリーダーに渡さなければいけないのだが、ツキカゲは確認を怠り誤った書状を渡してしまった。しかもその書状というのが、指定された人物以外開封厳禁なものだということがわかり、ツキカゲは上司と開封厳禁の書状を渡した人物両方から大目玉を食らったのだ。その罰として、書物管理の厳重化と指定された巻物の捜索を命じられた。
「うう……ぼくってば……なんてことをしてしまったのだろう……うぅ……」
 指定された巻物を涙でぼやける視界の中で探すも、見つからず袖で涙を拭い捜索を再開させる。途中、埃まみれの箱がツキカゲの頭上に落ちてきて、げほげほとむせながらもツキカゲは必死に巻物を探している。探さないと、きっとまた怒られるから……少しでも早く見つけようと埃と涙と戦いながらツキカゲは必死に巻物を探した。
 そこへ、弓の稽古を終えた藍色の髪の少女が部屋を覗き込んだ。部屋の中はあっちでは箱が散乱し、こっちではごほごほとむせている人物がいた。状況が呑み込めない少女は一体どういうことかと尋ねた。
「あなた……これは一体どうしたというの?」
「あ……え……え……っと……その……」
「もしかして、何か探してるのかしら」
「あ……はい。えっと……」
「あ、あたし? あたしはヒカゲ。この宮廷で弓兵をしているわ。あなたは……?」
「ぼ……ぼくはツキカゲ。ここで書物の管理をしてます……」
「あら、名前が似てるわね。よろしく!」
 ヒカゲは手を伸ばすと、ツキカゲはゆっくりとそれを握る。にこりと笑うヒカゲに対し、恥ずかしそうに笑うツキカゲ。まるで対比した反応をした二人は徐々に打ち解け、口数も多くなったツキカゲから今の状況を聞き出した。するとヒカゲはすっくと立ちあがり黙々とツキカゲに代わって片づけ始めた。
「え……ヒカゲ……さん。それ、ぼくの……」
「ツキカゲ。ここはあたしに任せて。絶対にぎゃふんと言わせてやるんだから……見てなさいよ……」
 ヒカゲの表情は怒りに満ちていて、ツキカゲは自分が怒らせてしまったのかと不安になった。辺りを落ち着きなく見渡しているツキカゲを見たヒカゲは、その表情からは想像ができないくらい優しい声で言った。
「安心なさい。あなたがあたしを怒らせたんじゃないわ。ツキカゲにこんなことを命令した奴に怒ってるの。だから、あなたは悪くないわ。安心して」
「え……え……??」
 なぜ自分の代わりに探し物をしてくれているのかがわかっていないツキカゲは、何をしていいいかわからずおろおろとしていた。安心してと言われても自分が任された仕事だから自分がやらなくてはという気持ちが強い分、全然安心ができなかった。
 やがて、大きなため息を吐いたヒカゲは探し物をやめて今度は書斎の整理を始めた。始めて数十分後、来た時よりもきれいに片付いた書斎はどこになにがあるかが一目でわかるようになった。ついでに汚れた棚や埃まみれの箱など徹底的にきれいにし、ヒカゲはふうと息を吐いた。
「これでどうよ」
「うわぁ……すごい。ぴっかぴかだ……。でもなんで……? ぼくが任されたのに……」
「そうね……その理由を知りたいなら、ちょっとあたしに付き合って欲しいだけど……いいかしら?」
「え……あ……うん……」
 ヒカゲはツキカゲの手を強引に引き、ある場所へ向かって走った。ツキカゲは手が離れないよう、ヒカゲは手をしっかり繋いでこのくだらない命令を下した人物がいるであろう場所へと急いだ。

「あいつ……バカ真面目に探してるんだろうな……」
「見たか? あいつの頷くときの顔」
「あぁ。もう少しで笑いが漏れるとこだったぜ……」
 かかかと笑いながら話をしているのは、先ほどツキカゲに巻物の捜索をした人物とその仲間。どうやらツキカゲに巻物の捜索をさせたものの、そこにはその巻物がないことを知っていながら命令を出したのだ。そのことについても仲間からは意地悪だねぇと言われながらも笑っていた。
「楽しい話をしてるところ、失礼するわよ」
 扉を蹴破る勢いでヒカゲが中へと入り、それに遅れて恐る恐る入るツキカゲ。ノックもなしに入ってきたことに驚いたのかツキカゲの上司たちは慌てふためき、何事かと乱暴に言った。
「この子に巻物の捜索を依頼したのはあなた?」
「そ……そうだが……その前にお前は誰だ。突然、入ってきてそのような暴言は許さんぞ」
「まずはあたしが言いたいことを言ってからよ。あなたが頼んだ巻物だけど、あの部屋全部ひっくり返す勢いで探したけど、見つからなかったわ。見つかったのはガラクタばかり」
「なっ……なにを言うか。あの巻物はあの部屋にあることは間違いない! お前は私を嘘つき呼ばわりするというのか」
「そう。なら、実際に見てもらった方が早いわね。ちょっと来てちょうだい」
「私に指図するのかお前は。許さんぞ……」
「許す許さないは後でいいから。あればあたしは謝罪、なければあなたが謝罪。これでいいでしょ」
「なっ……勝手に進めるな!!」
「あなたがトロいからでしょ。ほら、さっさと確認しましょ」
 そういってヒカゲはツキカゲの上司の腕をつかみ、さっき整理整頓した部屋へと引きずっていった。強引に連れてきた上司の腕を離し、すっかりきれいになった書斎を見た上司は唖然としていた。さっきまで乱雑に置かれていた巻物は用途毎にきれいに積まれ、書物も巻数があるものはきれいに順に並べられていた。埃で溢れていたというのに、それらも取り除かれていてすっかり見違えるようだった。
「んで、あなたがこの子に探すよう依頼した巻物って……陣形に関わるものだったわよね」
「あ……ああ。そうだ」
「陣形にまつわるのは……この棚にあるもので全部よ。さ、この子に探すよう依頼した巻物はどこか教えてくれるかしら」
「ぐ……」
 言われっぱなしが気に食わないのか、上司は歯軋りをしながら棚をくまなく探した。ないとわかっていても自分がそれを言ってしまっては敗北を認めてしまうような気がした上司は、何度も何度も探すふりをした。
「ほら。やっぱりないじゃない。あなた、ないものを探させるなんて最悪ね」
「お前が隠した可能性だって……」
「ないわよ。巻物って結構かさばるじゃない。それがこんな軽装備のどこにあるっていうの」
 ヒカゲはツキカゲの上司の前でくるりと回ってみせた。巻物を隠せる場所はなく、唯一あるとしても矢筒の中だが、巻物はどれも太く矢筒には入らないものばかり。ましてや陣形となると数多くの種類が存在する以上は、否が応でも書くことが多くなり巻物が太くなる。となれば、入れることはできないということになる。
「そ……それか、ツキカゲが隠したとか……」
「それはないわ。あの子は嘘をつくのが大の苦手そうだし。もし、そうだとしてもこの場で薄情すると思うわ」
「ぐっ……お前……」
「ほら。さっさと認めなさいって。あなたがあの子に嘘ついたっていうこと」
 完全に退路を断たれてしまった上司はきつく唇を噛むと、低く唸りながらヒカゲを睨んだ。そしてヒカゲに覆いかぶさろうとする上司をひらりとかわし、すぐに弓を構えて矢を放った。

 ストッ ストトッ

 上司の袖のみを狙った矢は、まるで磔にするかのように壁に突き刺さり実に情けない恰好のまま身動きがとれないでいた。必死に衣服を引っ張り脱出しようとするも服から聞こえる嫌な音を聞いた上司はヒカゲに矢を抜くよう懇願した。
「いやよ。抜いたらあたしを襲うでしょうし。それか、あの子を人質にするか……」
「え……ぼくを……?」
「そ……そんなこと……するわけないだろう……ほら、抜いてくれよ。ツキカゲ」
「ダメよ。そんなことしたら、あなたが痛い思いするだけよ」
 二人の声に混乱したツキカゲは、その場で頭を抱えながらうずくまってしまった。上司にはお世話になってる……けど、ヒカゲは仕事を代わりに引き受けてくれて上司に一言言ってくれた……悩みに悩んだ末に選んだのは……。
「ツキカゲ……お前……」
「あなた……」
 壁に突き刺さった矢を抜くことなく、上司の前を通りすぎヒカゲの後ろに隠れるツキカゲ。この結果に上司はさらに声を荒げて叫んだ。
「お前、今まで世話してきた恩を忘れたのか! どこのだれかも知らん奴といて後悔するぞ」
「それを選んだのはツキカゲ本人。きっとあなたといる方が後悔すると思ったんじゃない?」
 ヒカゲの後ろでもじもじとしているツキカゲの口は開くことなく、ただ静かに上司を置いて書斎から出て行った。二人の背後で何かを叫んでいる上司を気にすることなく、廊下を走るツキカゲの表情は出会ったときよりもほんの少しだけ、明るくなっていた。
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