ピュアチョコたっぷり使ったまんまるトリュフ【竜】

文字数 2,167文字

 世界のあちこちで巡業を行っているとある旅一座。その一座は演劇はもちろん、ミュージカルも好評でチケットをとるのさえ困難と言われているほど人気があった。その旅一座の座長を務めているのがカフネという少女。研ぎ澄まされた銀のような長い髪、凛とした瞳は自分だけなく演目をこなそうとする全員を分け隔てなく見据えている。
 そんな忙しい旅一座もようやくひと段落し、少しの間だが体を休める期間が設けられた。ある者は一日中寝ているとか、またある者は近くを旅行してくると様々だった。そんな中、カフネはあることが気になっていた。それは、いつも旅一座を見守ってくれているオーナーのことだった。普段はあまり外に出ることはないが、陰でこっそりと応援してくれていることはカフネをはじめ、みんな知っていることだった。そんなオーナーになにかお礼をしたいけど何があるかと考えていると、団員の一人が「あ」と声をあげた。
「座長。せっかくですし、チョコレートをつくってみるのはどうでしょう?」
 チョコレート。聞いたことはあるけど、それを作るというのは初めでだとカフネがいうと、団員の何人かはカフネの周りに集まり「一緒に作りましょう!」と声を合わせた。
「みんな……ありがとう。でも、せっかくのお休みなのだから、無理しなくてもいいのに」
 カフネがそういうと、団員はみな首を横に振りそれを受け入れなかった。カフネはまだ何か言いたそうに口をもごもごさせたが、これ以上は無駄だと察したのかみんなの意思をありがたく受け取ることにした。
「みんな。ありがとう。ほんの少し、わたしに協力してくれるかしら?」
 団員の答えは最初から決まっていて、みんなまっすぐな笑顔で頷いてくれた。そして最初は何をするかを考えると、団員の一人が大きな皮表紙の本を持ってきてとあるページを指した。
「せっかくなので、カカオを採取するところから始めませんか? もちろん、カカオの採取はわたしたちが行いますので、座長は少しの間お待ちいただけますでしょうか」
「え……ええ。いいけれど……」
「そうと決まれば。みんな、行くよ」
「「はいっ!」」
 声を揃えた直後、カフネのチョコレート作りに協力してくれる団員たちは早速カカオの採取へと行動を移した。残されたカフネは、皮表紙に書かれている材料を調達しに近くの町へと出かけた。

 必要なものを取りそろえ、あとはみんなの帰りを待つだけなのだが……本当にみんなは大丈夫かしらと心配をしている間にみんなは颯爽と大量のカカオを抱えて帰ってきた。
「座長。お待たせしました! これからちゃちゃっと仕込んじゃいますね☆」
 団員たちはそういうと、まるでどこかで作業をしていたのか手慣れた様子で作業を進めていった。豆を取り出し洗浄し大きな装置で豆をじっくりとローストさせてから、ごりごりと豆を砕いていく。砕いたものを今度はきれいに研磨していき、残ったものをすり潰しどろどろになったものを丁寧に取り出しそこにミルクやお砂糖を混ぜ、ゆっくりと心を込めてさらに混ぜ合わせていく。そのときのカフネの表情は真剣そのもので、団員が声をかけるも集中しているせいで耳には届いていない様子だった。皮表紙に書かれているレシピと何度も何度も見返しながら量を調節しながらようやく完成したチョコレートの土台となる液体が完成した。
「この型に入れて……固めれば完成ね」
 料理をしたことがないカフネにとって、慣れないものが続き苦戦をした部分も多いがそれに勝る楽しさがカフネの表情を豊かにしていた。用意したエプロンにチョコレートが跳ねようが、頬にチョコレートがつこうが気にしない。今はとにかく心を込めて真っ直ぐな思いをチョコレートに込めて作ることに全意識を集中させた。

 チョコレートが冷え固まり、あとは箱に詰めて包装をするだけとなった。これもカフネは初めての経験でどうやったらうまくできるのか試行錯誤を重ね、ようやく気持ちを込めた贈り物が完成した。そして多分、この近くにいるであろうオーナーの元へと向かうとカフネは思いのこもった贈り物を手渡した。
「慣れないことばかりで時間はかかってしまったけれど……受け取ってくれると嬉しいわ」
 ピンク色の包装紙に真っ赤なリボンが巻かれた贈り物を受け取ったオーナーは、カフネから受け取ると「開けてもいいかい」と尋ねた。オーナーの問いにカフネは無言で頷くと、オーナーは丁寧に包み紙を解き、箱を開けた。そこにはハートの形をしたチョコレートが収まっていた。オーナーはチョコレートを一口かじると、頬を緩ませて喜んだ。
「よかった……口に合わなかったらどうしようかと思ってたの……よかった……」
 オーナーの表情を見て安心したカフネは胸を撫でおろし、傷だらけの指で涙を拭った。その傷に気が付いたオーナーはカフネの手を優しく握り、再び感謝の言葉を伝えた。
「あなたが喜んでくれるのが……わたしの喜びでもあるの。だから、これからもわたしたちと一緒にいてくれると……嬉しいわ」
 カフネの言葉に恥ずかしくなったのか、オーナーは頭を掻きながらから笑いをした。それから二人は眩しい夕焼けを一緒に眺めていた。少し肌寒い風ではあったけど、カフネの胸は焚火のように温かく燃え上がっていた。それが気になっている人の隣であればさらに温かかった。
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