正義☆怒雷舞【竜】

文字数 4,308文字

「はぁ~。今日のパトロールはちょっと大変だったわね」
  治安維持活動を行っている少女─ティオは、警備帽子を取りながら溜息を吐いた。桜色の髪にイチゴのような真っ赤な瞳、銀色に輝く尾を持つティオはオセロニア界の安全と安心を守るため、日夜パトロールを行っている。いつもなら定期的に見回っているルートを見て終わるのだが、今日はそれだけでは終わらなかった。
 治安維持活動と一口に言ってもその内容は様々で、困っている人を助けるのはもちろん、道案内やボディーガード、施設美化と幅広い。元々ティオは困っている人を見過ごせない性格もあり、見つけては自ら率先して声をかけていく。たとえ、依頼をこなしている最中であろうとも。すべての依頼をこなした後の空は既に日が沈んでおり、少し肌寒さを感じるほどまでになっていた。さすがにこれ以上は危険と判断し、今日のパトロールは終わることにした。
 ジャスティス団─これがティオ率いる治安維持団体の名前である。一緒にこのオセロニア界の治安を守っていきましょうというスローガンを掲げているのだが、一向にメンバーが増えずに今はたったの二人だけである。その二人だけで治安を維持するのは無理なのはティオも知っているのだが、どうしても首を突っ込まずにはいられない性格がそれを邪魔をしている。
「せ、先輩。さすがに依頼の重ねはまずいっすよ……こっちの身が持ちません」
「ご、ごめん。気を付けるよ」
「……もう何度目なんすか。その言葉」
「あ、えへへ」
 後輩から厳しめの突っ込みを受け、ティオは思わず苦笑い。こうやって後輩に注意されるのは今日が初めてではない。後輩は何度も何度もティオに直談判をしているのだが、それを中々聞き入れてくれないティオに少しだけうんざりしていた。
「もし、明日も同じようなことしたら……ぼくはもう続けていく自信ないっすから」
「う……うん。明日はそうならないよう気を付けるから。ね?」
「……もう帰るっす。おやすみなさい」
 ティオの言葉を聞いているのかいないのか、後輩は警備帽子を外し壁にかけると自分の部屋へと帰っていった。その背中はもう限界と語っているようにも見えた。
「はぁ……あたしったら……もっとしっかりしないと」
 これ以上、メンバーに迷惑をかけたくない。そう思いながらティオも警備室に鍵をかけ自室へと帰った。

 翌朝。気持ちのよい朝に警備室に向かうティオの足取りはいつもより軽かった。鼻歌を歌いながら警備室に入ると、いつもの警備帽子をを被る。たったこれだけなのだが、なんだか気持ちがきゅっと引き締まったように感じる。よしと自分に気合を入れ、昨日の出来事を日誌に書き込んでいると、少し眠そうな後輩が警備室に入ってきた。
「おはようございます。ふぁあ」
「おはよう。今日もよろしくね」
「……っしくっす」
 眠気とやる気のなさが混じった返事を返す後輩に、これは自分のせいだと感じているティオは無理やりにでも笑顔を作り、今日の行動指針を話した。
「今日は。今日こそは、依頼重ねをしません。これ、絶対」
「……といっても、重ねてるのは先輩だけなんすけどね」
「ぐっ……た、確かに」
「別に先輩だけならいいんすよ。だけど、それが重なるとうちらを頼ってくれてる他の人に迷惑をかけているという自覚をして欲しいんすよ」
「う……うん」
「昨日はたまたまこっちの依頼が早く済んだからいいものの、今日はわかりませんからね」
「……うん」
 後輩からの返り討ちにしょぼんとするティオ。それを見た後輩はわざと大きな溜息を吐きながら「でも、そんな先輩嫌いじゃないっすよ」と小さく言った。それが聞こえたのか、さっきまでしょぼんとしていたティオの顔はぱっと明るくなり、やる気を滾らせていた。
「よっし! 今日も張り切ってパトロール、行くわよ!」
 すっかりやる気のティオにやれやれといった様子で肩をすくめる後輩。後輩は警備帽子をいつもより深く被り、先輩であるティオを追いかけた。

 パトロールを始めて数時間。あたりはお昼時なのか、あちらこちらで賑わいを見せていた。大きな公園などではキッチンカーが点在しており、様々な美味しそうな匂いが漂っていた。
「あ~、あそこのホットサンドイッチ。美味しそうね」
「先輩。今は警備中っすよ。よだれ拭いてください」
「あ」
 後輩に言われて気が付いたティオはすぐによだれを拭き、正気に戻った。今日の天気も相まってか公園でランチをする人は多く、それを眺めながらのパトロールも悪くなかった。あと少しで公園を出ようとしたとき、背後から悲鳴が聞こえた。それを聞いたティオは幸せそうな顔から険しい顔へと変わり、声のする方へと全力で駆けた。
「へっへっへ。こりゃあいいや。ここにある食い物、ぜぇんぶオレらのもんだ」
「きゃーー! だれかーー!!」
 キッチンカーの周りを真っ赤に燃える炎は、まるで全部渡すまでは消さないとばかりに荒々しく、ごうごうと燃える炎と一緒に巻き込まれた人たちの悲鳴が合わさる。
「っ! バンディー! あなた、いったい何しているのよ!」
 鋭い声でバンディーと呼んだ女性を突き刺すと、呼ばれたバンディーは振り返りにやりと笑った。その笑みは何かを企んでいるようにも見えた後輩は、今にも突っ込んでいく勢いのティオに助言をした。後輩の助言に耳を傾けたティオは、勢いを殺しバンディーとの距離を保った。真っ赤に燃える髪に鋭い目つき、黒の特攻服に竹刀というスタイルの不良集団「四露繰露」の番長を務めているバンディー。
「これはこれは。ジャス……ジャスティ……ぷっ……ぶっはははは!! だめだ! ぎゃはははは!!」
「な! なんでいきなり笑うのよ!」
「だって……その……お前たちのその……ぶふっ!」
「ジャスティス団のどこがおもしろいのよ!」
「だ……だっせぇんだよ! ださくて言うこっちも恥ずかしいくらいなんだからよ」
「べ、別にいいじゃない! これは正義を貫こうとするわたしたちの意思なんだから!」
「はぁ……はぁ……そうかいそうかい。それは大層なこった」
「それでバンディー。何をしたのよ」
「は? んなもん決まってんだろ。ここにあるうまそうなもの。全部オレが貰いにきたんだ」
「そんなことさせなわよ!」
「ほう……このオレとやろうってのか? おもしれぇ。かかってきな!」
 バンディーは口笛を吹くと、バンディーのすぐ後ろから炎の体を持つ竜を呼び出した。それに跨り竹刀を振りかざすと、今度はその竹刀はその竜と同じように燃え上がった。凄まじい覇気に押されそうだが、ここで引いてはいけないとティオは腰から剣を抜いた。バンディーと比べるとやや短い剣だが、その短さはティオの持っている力で補っている。刀身はみるみるうちに赤く染まりあっという間に倍の長さまでなった。
「そんなひょろっこい剣でオレとやろうとする気持ちだけは買ってやるよ!」
 バンディーは竜に乗ったままティオへと突っ込むと、何度も切りかかった。竜の持つ機動力、バンディーが持っている力が合わさりティオは徐々に炎の壁へと追いやられていった。あと少しで炎の壁に飲まれるといった所で踏みとどまり、ティオは静かに息を吐いた。
「さぁ、覚悟はできたかい? ジャスティス団の団長さんよ」
「……きなさい」
 ティオは剣を構え直し、バンディーをぎろりと睨んだ。その目つきにイラっとしたバンディーは声を荒げながら竜を走らせた。
「燃え尽きちまいな! 喰らえぇ! 刃亜道・怒雷舞っ!!!」
 バンディーが竹刀を振るうより早く、ティオは剣を横へ薙いだ。剣を鞘に納め、バンディーとすれ違った。ただすれ違っただけなのだが、バンディーの特攻服がごうと勢いよく燃え上がった。
「あっちぃ!!」
 炎を扱っているバンディーですら熱いと叫ぶ熱量に、後輩はただ見ているだけしかできなかった。そしてティオが振り返り、バンディーを見据えた。
「これが、わたしのジャスティスファイアよ」
 必死に炎を消そうと慌てているバンディーにそう言うと、今度はバンディーが顔を歪めた。
「はぁ? お前ほんっとジャスティスってのが好きなんだな」
「そりゃそうよ。これは治安を守る者としての力ですもの」
「へぇへぇ。そんな正義感に燃える炎はオレの炎より熱かったってか。笑えねぇな」
 炎を消し終えたバンディーは「興が覚めちまったぜ」といいながら指を鳴らした。すると、さっきまでキッチンカーの周りを囲んでいた炎は消え去り、代わりに新鮮な風が通り抜けた。
「今日はここまでにしてやる。でもな、リベンジすっから覚えておけよ!」
「望むところです!」
 最後まで瞳に力を入れてまっすぐを見つめるティオに、バンディーはすっかり戦意を失くし竜の背に乗りどこかへと飛んで行った。バンディーがいなくなった公園にはまた賑わいが戻り、これにはティオと後輩は顔を見合わせにこっと笑った。

「お疲れさまでした」
「つかれっす」
 手には熱々のホットサンドを持ったティオと後輩が警備室に帰る頃には、空はオレンジ色に染まっていた。あれ以降、問題は特に見当たらなかったため今日のパトロールはここまでとし、ティオが気になっていたホットサンドイッチをお土産にして帰ることにした。その帰り道に、二人はさっき出会ったバンディーという女性について話していた。きっとあちこちで何かやらかすかもしれないから、今後も気を付けてパトロールをしようということで意見がまとまった。その時の後輩の瞳はまっすぐ決意に満ちた瞳をしていた。
「さ、ちょっと遅くなってしまったけどランチタイムにしましょ」
「もう夕方っすけどね」
「まぁまぁ。たまにはいいじゃない。遅めのランチも」
 そう言い、ティオはお茶の準備をしていると警備室に誰かが慌ただしい様子で入ってきた。
「た……たたたた大変ですぅ!」
「な、何事ですか?!」
 その人物は額に大きな汗を浮かべた男性で、足をじたばたさせながら経緯を話し始めた。
「な……なんでも、バンディーとかいう人物が暴れているという報告を受けまして」
「ば、バンディーですって?!」
 さっき懲らしめたばかりの人物の名前がこうも簡単に出てくるとは思わなかったティオは、つい大きな声をあげた。はぁと溜息を吐きながらティオはすぐパトロールに向かう顔になり、後輩の制服の袖を引っ張った。
「さ、わたしたちジャスティス団の出番よ!」
「え、ホットサンドイッチは……」
「そんなの後よ、後!」
「え、先輩が楽しみにしてたのに……」
 熱々のホットサンドイッチをそのままに、ティオと後輩の二人─ジャスティス団はバンディーが起こしている悪事を取り締まるため、警備室を飛び出した。
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