とろりぷるんが楽しい♪ヨーグルトババロア【神】

文字数 3,811文字

「さて。本日も仕事をこなしますか」
 朝日よりも早く起床したメイドは、フリルのついたエプロンドレスを身に着け蝋燭に火を灯した。吐く息さえ白く輝いて見えるほど冷え切った城内に、メイドの足音だけがこつこつと響く。壁に汚れがないか、足跡はついていないか、塵くずが落ちていないかなど細かいところまで目を凝らしながら城内を巡回していると、昨日掃除したばかりの床に黒い汚れが付着しているのを見つけた。
「……誰ですか。こんなところを汚したのは」
 メイドは手をくるりと回すと、愛用のモップが握られていた。そのモップで丁寧に床を掃除すると、あっという間に汚れはモップに吸い取られぴかぴかになっていた。拭き残しがないか再度チェックをし、ないとわかるとまた城内の巡回へと戻った。

 巡回が終わり、朝食の配膳準備も済ませ誰よりも先にこの国の主に挨拶をするために、メルティシアは王の間で待機していた。やがてマントを翻しながら現れた隻眼の人物に頭を下げ、朝の挨拶を行った。
「おはようございます。オーディン様。本日も大変お日柄がよく、絶好のお出かけ日和となっております」
「おはよう。メルティシア。私もでかけたいのは山々なのだが……」
 メルティシアと呼ばれたメイドはエプロンドレスのつまみながら恭しく頭を下げた。それに豪華な玉座に佇みながら小さく頷きながら困った顔をしているのは、この国の主神オーディン。どんなに遠くへ投げてもすぐに手元の戻ってくる神槍グングニルを操り、とあるものを犠牲にして得た知識で戦場を指揮したりと戦に関してはエキスパートなのだが……。
「山々……とは、いったいどうされましたか?」
「……実はだな」
 主神ということは、この国の最高責任者でもあるオーディンはどこに隠し持っていたのか、大量の書類を自分の足元にどんと置いた。メルティシアは小さく失礼しますと言い、その書類に目を通した。
「今度催される『秋の収穫祭』となるイベントの企画書なのだが……あまりにも量が多すぎて処理しきれておらんのだ……」
「……この量であれば、本日の夕刻までには終わらせることができると思います。よければ、わたしに任せていただけませんか」
「しかしだな……」
「では、オーディン様がお考えに沿わないものだけを省くだけならどうでしょう。このような書類の中には少なからず含まれていると思われます。それを除外し、オーディン様が処理しやすくしておけば問題ないかと思います」
 淀みなく答えるメルティシアに驚きの表情を隠せないオーディンは、低く唸り考え始めた。その様子をみたメルティシアは薄く笑いながら、こう添えた。
「オーディン様は働きすぎです。いつ今日のように気持ちよく晴れるかわかりません。なので、ここは気分転換だと思って、ヴァルハラの草原を散策してみてはいかがでしょうか」
 この一言にオーディンは負けたとばかりに、両手を合わせながらメルティシアに頭を下げた。
「……すまない。この謝礼は弾ませてもらう」
「いえいえ。これも仕事なので。代わりといってはなんですが、本日はこんなに気持ちの良い天気なので、思い切り楽しんできてくださいね」
 楽しそうに微笑むメルティシアは、さっそく書類の山を奪い取るように自室へ持ち去ると、オーディンの意見や考えをまとめたメモを頼りに仕分けをしていく。書類の山がどんどんとなくなっていきあと数枚で仕分けが終わるというところで何やら不穏な気配を察知した。本当にあと数枚で終わるのだが……これを優先してしまうとよくないことが起こりそうだと感じたメルティシアは愛用のモップを片手にその気配のする方へと向かった。

 メルティシアの予感は的中していた。どうやら何者かが宝物庫に侵入した形跡があった。確か厳重に施錠していたはずなのだが……それをものともせずに侵入した人物がいるとするならば……これはメイドとしての責務を果たさなくてはならないようだ。メルティシアは足音を立てずに宝物庫の中へと入っていくと、中から下品な笑い声が聞こえた。そして次から次へと宝物を袋の中へと入れているような音が途絶えると、こちらに向かってくる足音が近づいてきた。
「わっ!! だ、誰だ!!」
「って、なんだ。メイドかよ。驚かせやがって」
 痩せこけた盗賊が二人、メルティシアを見て驚くもすぐに安心しきった様子でげへへと笑った。
「あなた方はどこから侵入されましたか」
「んなもんどーだっていいじゃねぇか。おめーさんには関係のない話だ」
「そーだそーだー。メイドはメイドらしく掃除でもしてろ!」
 盗賊二人がメルティシアとすれ違うその瞬間、盗賊の一人は目の前に飾られている絵画に目を向けていたはずなのだが、すれ違ってすぐに視界がぐるりと回り絵画の代わりに天井からぶら下がっているシャンデリアを見ていた。
「あ……れ? いったい何が……」
「て、てめぇ! 兄貴になにしやがんだ!」
 残った盗賊がメルティシアをきっと睨みつけると、それに臆することなく手には愛用のモップを携えたメルティシアは盗賊二人を見下した。
「何って……お掃除ですよ。メイドはメイドらしく、城内の掃除をさせていただきます」
「くそっ! 調子に乗るんじゃねぇ!!」
 兄貴と呼ばれた人物をそのままに、もう一人の盗賊が短剣を握りメルティシアに襲い掛かった。大きく振りかぶったせいで軌道が読めてしまったメルティシアは最低限の動きでそれを躱し、モップの柄で盗賊の足払いを行った。派手に転んだ盗賊は激昂して襲い掛かってくるも、メルティシアは涼しい顔で全てを攻撃を必要最低限の動きで躱し、反撃を行っていく。それでも懲りない盗賊に痺れを切らしたのか、メルティシアはモップの柄の先端からカバーを取り、構えた。カバーの中には鋭く研がれた両刃がぎらりと光り、盗賊たちを威嚇した。
「これ以上は時間の無駄です。盗んだものをこちらに返していただけませんか」
 冷たく言い放ち盗賊たちに諦めてもらおうと、声をかけるも手にした袋を手放す様子もないとわかると、メルティシアは柄をしっかりと握り容赦しないという気持ちを込めて盗賊二人に襲い掛かった。
「これよりお掃除を開始します」
「「う……うわぁああ!!!」」

「あれー。どこかで悲鳴が聞こえたね」
「あれー。この辺で叫び声が聞こえたね」
 どこからか悲鳴を聞きつけたワタリガラスの双子─フギンとムニンが城内を飛行していると、床をモップ掃除しているメイドを見つけ、声をかけた。
「ねぇねぇ。この辺で男の人の声がしなかった?」
「ねぇねぇ。この辺で悲鳴が聞こえなかった?」
 振り返るメイドは特になにもなかったと答えると、フギンとムニンは残念そうな顔をしながらどこかへ飛んで行った。
 フギンとムニンが完全にいなくなったことを確認したメルティシアは、気絶した二人の盗賊たちを手早く城外へと放り、袋の中へと入れられた宝物はすべて元の場所へと戻した。ついでに宝物庫の掃除も行い、ぴかぴかにし終えた後にすぐさま残った書類の仕分けを再開した。これでオーディンが帰ってくるまでに全ての業務を終えることができたメルティシアは、ほんのちょっとだけ安堵の息を漏らした。

「ただいま戻ったぞ」
「おかえりなさいませ。オーディン様」
 ヴァルハラの草原から気分転換を終えたオーディンの顔は、心なしかすっきりとしたように見えた。そして、本日の業務報告を済ませるとメルティシアはくるりと踵を返し、自室へ戻ろうとした。とそこへ、オーディンは少し待ってほしいと声を掛け、メルティシアの歩を止めた。何かと思い、振り返った先にはすでにオーディンがいて、少し驚くもすぐに平静を取り戻しじっとしていた。
「手ぶらで帰るとはと思ってな……」
 そう言ってオーディンは、メルティシアの頭にシロツメクサで編んだ花冠を載せた。
「これは……」
「う……うむ。いつもメルティシアにはお世話になりっぱなしだからな……。でも、だからといって何かないかと考えたのだが……中々思いつかなくてな。それで、いきついた答えがこれというわけなのだが……」
 丁寧に編まれた花冠は、とても男性が編んだものとは思えないくらいにきれいだった。その繊細さにメルティシアは小さく首を横に振り、微笑んだ。
「いえ。わたしはとても嬉しいです。オーディン様」
「もちろんだが、これとは別に今回の仕分けについての謝礼もさせてもらうから……少しだけ待ってもらえないだろうか」
 主神からそんな言葉が出るなんて……思いもよらぬ言葉にメルティシアは心からの笑顔で応えた。今度こそ部屋を出ようとしたとき、オーディンはまたメルティシアを呼び止めて一つ質問をした。
「そういえば、フギンとムニンから不審者が入ったようだと報告があったのだが……何か知っているかね」
 それに対して、メルティシアはいつもの澄ました表情でまっすぐオーディンを見据えて答えた。
「いいえ。わたしは仕分け作業と城内の掃除を行っていただけなので。もし、そのようなことに気が付いていなかったとしたら……誠に申し訳ございません」
「あ、ああ。ないならいいんだが……その、何度も引き留めて申し訳ない」
 小さくお辞儀をし、メルティシアは自室へと戻っていった。その道中、メルティシアは自身の発現に嘘偽りがないと胸を張って言える。メルティシアはオーディンからの仕事で書類の仕分け作業と、

なのだから。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み