梨のぷるぷるぜりー【魔】

文字数 2,488文字

 和服姿の少女が木製の扉を開けると、そこには青々とした植物が気持ちよさそうに風に揺られていた。やや暑いかなと思うくらいの気候に少女は思わず天を仰ぐ。
「今日も良い天気ですね。畑のお野菜たちも育ちそうですね」
 太陽に笑顔を向ける少女─呉葉はうんと背伸びをし、朝の掃除にとりかかった。艶やかな紫色の髪に額から伸びた角、目はやや赤みを帯びている妖(あやかし)ではあるが、村に入った自分とは違った種族の者を等しくもてなすという優しい心をもった少女である。そして、そんな呉葉の周りを嬉しそうに跳ねて喜んでいる存在がもう一つ。
「あら。あなたたちも手伝ってくれるの?」
 そういって呉葉が視線を向けた先には、小さな人型をした紙だった。その紙はまるで意思があるように頷くと、呉葉の手伝いをしようとよちよちと歩き始めた。その人型に続くように部屋の奥からたくさんの人型が後に続き、呉葉のお手伝いをしようと懸命に動いていた。
「あらあら。ありがとう。そうしたら、お外にいる小鳥さんたちにご飯をあげてもらえるかしら?」
 呉葉は台所から小鳥用の食事を用意し、人型たちに手渡すとそれを人型みんなで協力して運び始めた。健気に運ぶ姿に思わず笑みが零れた呉葉は、用具入れから箒を取り出しはき掃除を始めた。

 掃き掃除を終え、今度は朝食の準備にとりかかる。呉葉が所有している畑で採れた新鮮な野菜をふんだんに使った朝食は、迷い込んでしまった自分とは違った種族の者たちにとても好評だった。なかでも、卵焼きと漬物が絶品とのことでその美味しそうに頬張る姿は呉葉の料理の腕の糧となっている。
「あんなに美味しそうに食べてくれるなんて、とっても嬉しいことよね。もっともっと腕を磨かないと」
 独り言を言いながら、とんとんと食材を切りぐらぐらと煮える鍋の中へ入れていく。長時間発酵させた茶色い塊をおたまで一掬し、優しくかき混ぜていく。ふわりと漂う上品なだしの香りが台所一杯に広がる。最後に柔らかくて白いぷるぷるしたものを丁寧に切り、鍋の中に入れた。
「うん。今日も上手にできました♪」
 小さな竈(かまど)の蓋を開けると、中は白くきらきらした小さな粒がふっくらと炊き上がっていた。濡らしておいた木製のへらで粒を潰さないよう茶碗によそい、付け合わせのおかずを並べ最後に茶色い液体をお椀に注いでいく。朝食の支度が済んだころ、人型たちも小鳥たちのご飯をあげ終えたのか家の中に入ってきた。
「ありがとう、みんな」
 人型たちにお礼を言い、呉葉は両手を合わせて「いただきます」と言い朝食を摂った。漬物はしゃきしゃきぱりぱり、白い小さな粒は噛めば噛むほど甘味が増していく。茶色い液体は野菜の甘味とだしの香りが口いっぱいに広がり、呉葉は思わず頬が緩んだ。どれも美味しく食べ終えた呉葉は二本の細い棒を置き「ごちそうさま」と挨拶をし、食器を台所に運び洗い始めた。

 食器を洗い終えた呉葉は、休むことなく今度は畑に向かっていった。早朝霧が出ていたのか、地面が少し水気を含んでいたため、人型たちに留守番をお願いした。少しぬかるんでいる土壌を踏みしめながら呉葉は作物たちの成長を確認した。
「この子はもう少しね。この子は……よさそうね」
 呉葉は籠から剪定ばさみを取り出し、丸々とした緑色の球体の枝をぷつんと切った。ごろんと転がる球体を大事に抱えながら家まで運ぶと、大きなたらいに水を張りたくさんの氷を流しいれた。きんきんに冷えた水の中に緑色の球体を入れると、ぷかぷかと浮かんだ。
「おいしくなるまで、もうちょっとだけ……ね」
 緑色の球体を浮かべ終えると、また畑に戻り収穫作業に取り掛かった。夢中になって収穫を行っていると、いつの間にか籠の中は採りたての野菜で溢れていた。そのころには日も傾きかけていた時だったため、たくさんの野菜が入った籠を抱えながら呉葉は自宅へと向かった。

 採れたての野菜の入った籠を台所へ置くと、どこからかひぐらしの鳴く声が聞こえてきた。呉葉はこのひぐらしの音色がとても好きで耳で感じる夏だと思っている。

 カナカナカナ    カナカナカナカナ

 自宅から少し離れている雑木林から聞こえるひぐらしの大合唱。そしてその雑木林の背後にある真っ赤な夕日。これほどまでに贅沢な時間はあるだろうか。少しくすぐったい気持ちになりながら、呉葉はある準備を進めていた。それは、この近くで開かれる夜空を彩る催しで呉葉はこの催しをとても楽しみにしていた。今年もそれを見ることができるという幸せを感じながら、芯まで冷えた緑色の球体をまな板の上に乗せ、きれいに切り分け始めた。緑色の球体の中は真っ赤に熟れた果肉がぎっしりと詰まっており、瑞々しかった。所々見える黒い点をその赤い果肉の瑞々しさをさらに引き立てていた。
「今年も美味しそうにできたわ。うふふ。楽しみね」
 切り分けが終わり、それを縁側に持ち運びその時が来るのを待つことにした。夕日に染まる空に頬を撫でる心地よい風。その風は呉葉の髪だけでなく、縁側にかけてある風鈴を撫でていった。風が風鈴と戯れる度に心地よい音色が辺りに響く。ひぐらしと同様、耳で感じる夏に呉葉はうっとりとしていた。とそこへ、人型たちが呉葉の周りに集まり、わいわいと遊びだした。
「あともう少しだからね。一緒に見ましょ」
 呉葉が人型に話しかけると、人型の一つが手を挙げて答えた。きっとこの子たちも楽しみにしているんだと思った呉葉は、今か今かと待ちわびていた。

 日が落ちてしばらく。それは唐突に夜空を照らした。


      どーん   どどーん   どーん どーん  どどーん

「まぁ、始まったわね」
 青、赤、緑と色を変えながら爆音と共に夜空に大輪の花を咲かせる。小さい花、大きな花、枝垂れのようなものまでと種類豊富の花が夜空を彩る。びりびりと体に走る轟音、少し焦げたような臭いも含め呉葉は夏を盛大に満喫していた。
「では、花火を見ながら……いただきます♪」
 切り分けられた球体を一口。しゃくしゃくと音をたてながら果肉を頬張る呉葉の顔は、夜空に咲く大輪のように明るかった。
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