さくさく楽しいかぼちゃクッキー

文字数 2,163文字

 変な噂話を聞いた。夜な夜なパーティーを開いては人さらいをしているという城があると。それも怪しいのだがどこか楽しいというなんとも理解ができないような証言もある。唸り、腰を持ち上げたのは七罪の暴食を司る悪魔─ベルゼブブ。彼女は無数の虫を従えてその奇妙な城へと潜入することにした。もちろん、それなりに準備が必要なことも聞いているので、自室のクローゼットからそれに相応しいと思われるドレスを選び、現場へと向かう。

「ここか。その噂の城というのは……」
 おとぎ話によく出てくる城というイメージの城が目の前にあり、「誰でも入ってください」と言わんばかり門扉は半開きになっていた。なるべく音をたてずに門扉を開き中へと潜入するベルゼブブ。今のところ怪しいところは見当たらないのだが、通路を抜けた先に大きなかぼちゃのランタンに驚き悲鳴を上げる。
「ひっ……な、なんだ。飾りではないか……まったく……驚かせるな」
 ぶつぶつ言いながら潜入捜査を続けていると、どこからかいい匂いが漂ってくるのに気が付く。これは……肉の匂いに……甘い匂い……鼻をひくひくさせながらその匂いのする方へと進むと、匂いの正体がそこにずらりと並んでいた。
「こ……これは」
 細長いテーブルの上には清潔なクロスが敷かれ、その上には大きなお皿に盛りつけられたローストビーフにホールケーキ、前菜のカナッペや荒く潰されたマッシュポテト、更にはミートローフや赤ワインまでと様々だった。ごくりと喉を鳴らすベルゼブブはすぐに我に返り、捜査に戻らねばと言い聞かせるも、そこは暴食を司る悪魔だけあってか目の前のご馳走から抗うことができなかった。
「少しだけなら……構わないよな」
 そう言って手を伸ばしたのは芳醇な香り漂う赤ワインだった。まずは香りを楽しみ、次に空気をたっぷり含ませてからグラスを傾ける。仄かな酸味のあとからブドウの豊かな甘みが追いかけてくる。また鼻を抜ける爽やかな余韻にベルゼブブは思わずうっとりする。
「はぁ……中々の美酒だ……どれ、一つ失礼して……」
 湯気までもが美味しそうに見えたミートローフを指で摘まみ、そのままぱくり。口の中いっぱいに広がる肉汁と濃厚な旨味たっぷりのソースが絡み、ベルゼブブは一瞬で幸せの絶頂へとたどり着いた。幸せの絶頂に辿り着いたベルゼブブはワインの飲む量が少しずつ変化していった。

ちびちび
ごくごく
ぐびぐび
がぶがぶ

 次第に気分がよくなってきたベルゼブブは、捜査のことなどすっかり忘れてしまいワイングラスを片手に部屋にある食べ物という食べ物を摘まみだした。
「はっはっは……喰らえ虫共……わたしにワインをもってこぉい……はぁ……ルシファーさま……ここはなんとも愉快なところですぅ……むにゅむにゅ」
 虫達も主の指示が出たことを良いことに各々が食べたいものを貪り始めた。部屋の中に漂っていたご馳走の匂いは、ものの数分もしないうちにすっかり消えてしまっていた。

 所変わって……いつまで経っても呼び出した本人がやってこないことに苛立ちを覚えている女性がいた。煉獄の炎を操る悪魔─アドラメレク。彼女はここで待ち合わせようと言った「虫女」と呼んでいる人物がやってこないことでずいぶんと怒っていた。
「なによあいつ。自分から呼び出しておいて時間になっても来ないなんて……このアドラメレクを待たせた罪は重いわよぉ……」
 殴るにも殴るものがないことに更に腹を立て、地団駄を踏む。むすっとしながら腕組みをしふと考えた。もしかして……あいつ、約束のことを忘れてることはないだろうか……と。
「可能性はないとは言い切れないわね……行ってみますか」
 アドラメレクは軽く地面を蹴り、目的地の場所へと飛んだ。場所はなんとなく聞いていたし、たぶんこの辺だろうという場所に着地をし、半開きの門扉を潜る。アドラメレクは鼻を動かし、確かにその虫女と呼ばれる人物はここにいるという確証を得て、その匂いのする方へと静かに歩く。
「……ここだわ。ったく……何してんの……よっ!」
 扉を蹴破る勢いで開けると、室内ではけらけらと笑いながら赤い液体を飲んでいる悪魔がいた。そして、その周りをぶんぶんと虫達が飛び交っているのを見たアドラメレクは思わず絶句した。
「べ……ベルゼ……あんたなんで……ってくっさ!! 酒くっさ!!!」
「あっはっはっはぁ……」
 部屋中にアルコール臭を充満させながら笑っていたのは、アドラメレクが探していた虫女ことベルゼブブだった。普段とはまるで正反対の彼女を見たアドラメレクはすぐに部屋から引きずり出し、頬を引っ叩いた。
「ちょっと……そんなにお酒強くないあんたが何をそこまで飲んでるのよ……しっかりしなさい」
「……あぁ……なんだぁ……ルシファーさまぁ……うふふふ」
「あーぁ、出来上がっちゃってるわけね……仕方ないわね……っしょっと」
 アドラメレクはベルゼブブを背負い、城から脱出し魔界へと続く扉を召喚。すぐに帰還した。確かに腹正しいことではあったが……これはこれで面白いことになりそうな気がしたアドラメレクは「貸し一個ね」と呟いた。
 数時間後、はっと目を覚ましたベルゼブブに襲い掛かってきたのは「二日酔い」という悪夢だった。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み