ビタミンたっぷり☆夏色シェイブアイス

文字数 5,660文字

 その少年はまぶたに焼け付く感覚を覚え、闇に閉ざされた世界からゆっくりと光を広げていく。光が視界を真っ白に染めた後、そこに映っていたのは雲一つない爽やかな空、柔らかな風で揺れる大きな葉。頬にその柔らかい風が触れると、なんだか心地よいと感じた少年は少しずつ……少しずつ上体を起こして辺りを見回した。
「あれ……ぼく……なんでここに……」
 少年はずきりと痛む頭に手をあて、少し前の記憶を手繰り寄せた。しかし、頭に響く痛みがそれを邪魔しまともに思い出すことができなかった。
「……」
 仕方ないと諦め、少年は目の前に広がる光景をぼんやりとした目で眺めた。深い深い青色をした大きな海、その海で楽しむたくさんの人たち。少し視線を落とすと、波打ち際で貝殻を集めている少女やパラソルを立てて日光浴を楽しんでいる人たちと、皆が思い思いの時間を過ごしていた。その貝殻を集めている少女が少年の方を向き、ぱっと明るい表情のまま駆けてきた。
「あー! エンデガ! 起きた! 大丈夫???」
「うぉーー?」
 エンデガと呼ばれた少年は返事もせず、ただ元気に駆けてくる少女をただじっと見つめていた。たくさんの貝殻を抱えながら少女の後を追いかけるピンク色の恐竜もエンデガが起きたことが嬉しいのか低く喉を鳴らしていた。
「あれ……? ハピア……それにスウェルまで……」
 ハピアと呼ばれた少女はエンデガの傍でぴょんぴょんと跳ね喜びを表し、スウェルと呼ばれたピンク色の竜はエンデガの頬をぺろりと舐めた。
「よかったぁ……急に倒れるんだものん。びっくりしちゃったよ……もう大丈夫なの?」
「ぐぅおおお?」
「……ぼくのことなんて、放っておいてよかったのに……」
「そんなことできるわけないでしょー! もう、エンデガはもうちょっと自分を大事にしなきゃだめよー!!」
「ぐぅう!」
 顔を真っ赤にして怒るハピアにどうすることもできないエンデガは、ハピアの怒りが収まるまでただじっとしていた。ふんだと言いながらもエンデガのことが余程気にしていた様子のハピアは、膝を抱えながらエンデガにぽつりと言った。
「あたしたちがいつもいるとは限らないのよ。エンデガ、もっと自分の声に耳を傾けて」
「傾けるって……そんなの……」
「おや。お加減がどうですか」
 突如、エンデガの目の前に小さなつむじ風が舞い、そのつむじ風の中から柔らかな笑みを浮かべる女性が現れた。女性の背中には純白の翼が生え、その女性の周りには元気にツバメが飛び回っていた。
「あ! リンガット! おかえりなさい! エンデガ、ちょっと前に目が覚めたの!」
「え……リンガットまで……どうして……?」
「軽い熱中症のようですね。私は体を冷やすものがないかを探していました。この子たちもエンデガに喜んでもらおうと頑張っていましたよ」
 女性─リンガットの周りでちいちいと小さく鳴くツバメは嘴に果実を咥えていた。それをエンデガの掌にぽとりと落とすと、「エンデガに渡せたー」と言いたげにまた元気に飛び回る。
「あ……ありがと……」
 エンデガが小さくお礼を言うと、掌には太陽の恵みをいっぱいに浴びた果実があった。恐る恐る齧ると、エンデガは口をすぼめた。
「す……酸っぱい。でも、美味しいよ。ありがと」
「この子たちも嬉しいって言ってます」
 リンガットはにこりと笑うと、エンデガの傍に腰を下ろし視線の先をじっと見ながら口を開いた。
「少し落ち着きましたか?」
「……うん。でもなんで、ぼくは倒れたんだ……」
「突然だったから覚えてないのかも……」
「……あ……」
 エンデガは何かを思い出し、きっとそうだろうと思われる事象を並べ始めた。

 エンデガが自室で時空操術に関しての資料をまとめているときだった。郵便受けに何かが入ったような音がし、手を止めて郵便受けへと向かった。中には差出人不明の封筒が入っていて、不気味に思いながらも封を切った。中には可愛らしい便箋とは対照的に内容は非常に冷淡なものだった。

 下記場所にて時空の歪み発生せり。今すぐに調査に向かわれたし。

 これももしかして時空操術に関係があるのかと思い、エンデガは早速準備をし書かれた場所へと向かう。と、そこへ鼻歌を歌いながらこちらへ向かってくる少女─ハピアとそのお供─スウェルがいた。以前からエンデガの自室付近で遊んでいるのは知っていたが、まさかここで鉢合わせになるとは思っていなかった。だけど、今は構っている暇はないと顔にしっかり書き、ハピアたちをやりすごそうとしたのだがそれを許してくれなかった。
「ちょっとエンデガ! どこへ行くの? よかったらこれから一緒に遊ばない?」
「うぉおぉ!!」
「……ぼくに構わないでくれ」
 そう言い残し、エンデガは足早にその場から立ち去った。追いかけようとするハピアだが、運悪く小石に躓いてしまい追いかけることは叶わなくなった。膝小僧からじわりとした痛みに、今にも泣きそうなハピアにスウェルが何かを咥えて帰ってきた。書かれている内容はよくわからないけど、この場所に行けばきっとエンデガがいるということを直感で理解したハピアは、仲の良いリンガットにこの事を伝えエンデガを追いかけることにした。

「……ここかな」
 潮風が鼻腔をくすぐり、規則正しい波音が心地よい海へとやってきたエンデガ。何度も指定された場所を確認をしたが、ここで間違いはなさそうだった。
 到着して早々、エンデガは後悔した。普段、長袖で生活しているエンデガには照り付ける太陽から発せられる熱線は厳しく、服の中は熱い空気でいっぱいだった。ふうとため息をし、近くに何かいいものはないかと探していると「海の家」という小さな小屋を見つけて足を動かすと、粒の小さい砂に足元を取られ何度も転びそうになるがなんとか到着することができた。額に汗をたっぷりと浮かべたエンデガは店の奥でなにやらぶつぶつ言いながら皿を洗っている店員に声をかけた。
「……すいません」
「あぁ? んだよ。今は休憩時間なんだよ」
 ぶっきらぼうな返事がきたことに驚きつつも、エンデガは動きやすい服がないかを尋ねると手を拭きながら暖簾の奥からやってきた。頭から角を生やし、青いアロハシャツを着崩し白いハーフパンツ姿の竜人が頭をぼりぼりとかきながら物販コーナーを指さした。
「動きやすい服だ? うちにはこんなのしかねぇよ」
 竜人が指した先には、白い半袖のサマーパーカーとハーフパンツがセットになったものがハンガーにかけられていた。見ただけではわからないが、きっとサイズはぴったりだろうと思ったエンデガはそれを下さいというと、竜人は手をひらひらさせながら「持っていけ」と言った。
「どうせここは売上気にしてねぇみたいだし、水着のひとつやふたつ無くなっていても気がつかねぇよ。ほら、着替えたらとっとと出ていけ。俺は次の出勤時間まで休みてぇんだ」
 言葉はどうあれ、困っているところを助けてくれた竜人に小さく頭を下げ、店内にある更衣室でもらった水着へと着替える。
「……うん。ぴったりだ。よし、調査を始めよう」
 エンデガが店を出るとき、店の奥からは大きな鼾が聞こえた。

「さて……と」
 エンデガは早速杖を構え、意識を集中させた。杖からぴりぴりとした電気に近い魔力を感じ取ると、その魔力を強く感じるところまで移動した。やがてぴりぴりからびりびりへと変わる境目でエンデガは詠唱を行い、時空の歪みを正した。その証拠にさっきまで杖を伝って感じていたあのびりびり感がすっかり消えていたのだ。これで調査は終わりあとは報告書を書き上げて名もなき差出人に送り返せばすべて終わり。すぐに報告書を書こうと自室へと戻る道へ体を向けると足元に球体が転がってきた。
「すみませーん!」
 球体を拾い上げ、声のする方を向くと砂浜のように白い髪の美しい女性が手を振っていた。そして、そこにはなにやら見知った顔の人物がいることにエンデガは戸惑った。
「は……ハピア……なんでここに。それにリンガットも」
「あら? あなたたちお知り合い?」
 球体を受け取った女性がエンデガとハピアの顔を交互に見ると、ハピアが嬉しそうに頷いた。
「エンデガはあたしたちの友達なの!」
「そ……そんなの……」
「エンデガさん……でしたっけ。よかったら一緒にビーチバレーで遊びませんか?」
「ぼくは……そんなつもりは……」
「なによー! あたしはエンデガと遊びたくて声をかけたのに。なのに、エンデガってば……」
「わかったわかった……(調査も終わったし……少しだけならいいか……な……)」
 これ以上ハピアが大きな声を出されても困るので、エンデガは少しだけならという条件で、そのビーチバレーという遊びをすることになった。
「なにも難しいことはないです。この網よりあっちにボールを打ち返せばいいのです。ボールを落としてしまったら、相手にポイント。逆に相手が落としたらこちらのポイント。最初は遊び方をかねて5ポイントで遊んでみましょう。あ、申し遅れました。わたしはブラダマンテと申します。一緒に頑張りましょ!」
 エンデガはブラダマンテとチームを組み、ハピアとリンガットでチームを組み対戦が始まった。最初はブラダマンテが優しく相手にボールを送り込むと、リンガットがそれをうまく打ち上げてハピアへと繋げハピアはエンデガのいるコートへと送ってきた。
「さぁ、エンデガさん。下から上へ上げるイメージで腕を動かしてみてください!」
 ブラダマンテのいう通りに腕を動かすと、ぽぉんという音と共にボールが打ちあがり、それをブラダマンテが相手側へと打ち返す。それを拾おうとハピアが動くも太陽の光に目が眩み、ボールを落としてしまった。
「まぶしー!」
「やりました! まずがこちらの1ポイント先取です! エンデガさん、お上手です!」
「あ……ありがとう」
「もー、こっちだって負けないんだから! リンガット、勝つわよ!」
「ええ。いきましょう」
 臨戦態勢に入ったハピアチームがボールを高く投げ、ハピアが強くボールを打った。速さのあるボールを難なくエンデガがキャッチし、それをブラダマンテへと繋ぎブラダマンテが強めにボールを打つ。
「あぁ! 届かない!」
 続けてポイントを得たエンデガはなんだか楽しくなり、いつの間にか夢中にボールを追いかけていた。二人のコンビネーションが順調に続き残り1ポイントで勝利というまさにそのとき、エンデガは足元から崩れるように倒れて意識を失ってしまった。

「……そう……だった。確かビーチバレー……してたっけ」
「そうそう。もう少しで負けちゃうってときにエンデガがばたんって倒れちゃったからそれどころじゃなかったよ。でも……エンデガが無事で本当によかった……」
「……ごめん」
「……そろそろですか」
 リンガットがちらりと見た先には、さっきビーチバレーで一緒にチームを組んだブラダマンテが両手に何かをもってこちらにやってきた。
「ここだったのですね。あぁ、エンデガさん。ご無事でなによりです。気付いてあげられず申し訳ございません」
「え……えっと……その」
 口ごもるエンデガに、ブラダマンテが手にしていたものをエンデガににこりと笑いながら手渡した。
「これはお詫びの品です。かき氷。皆さんで食べましょ」
「わーい! かき氷だぁー!」
「ぐぉ! ぐぅおお!」
「こぉら! スウェル! あなたは食べちゃだめ!」
「かき……氷……」
 白い結晶が山なりに盛られた先に、赤や黄色、緑色の液体がかかった食べ物─かき氷を受け取ったエンデガは、ひんやりとしたカップに一瞬驚くもきめ細かな氷をスプーンで崩しながら一口頬張った。
「……っ!!」
 頭に直接くるキーンとした痛みに、思わず表情が歪むエンデガをみたハピアは足をばたばたとさせながら笑った。そんなハピアもかき氷を頬張った瞬間、エンデガと同じ表情になりそれを見てブラダマンテとリンガットはくすくすと笑った。
「そんなに焦って食べなくてもいいのですよ」
 ばつが悪そうにエンデガはスプーンでかき氷をがしがし解していると、少し恥ずかしそうに呟いた。
「……そんなに熱中しなくたって……」
 その言葉を聞いたリンガットは、さっき一緒にビーチバレーをしていたときのエンデガはとても楽しそうだったと告げた。
「あれこそが……熱中するということではないかしら」
「……あ」
 そうか。あれが熱中するということなのか。必死にボールを追いかけ、チームの仲間と一緒に笑い楽しむ。そして、時を忘れて遊ぶということ……。そのことに気が付いたエンデガはふっと笑いかき氷を一口。
「かき氷食べたら、さっきの続きやらない? まだ勝負ついていないわよね?」
「ぐぉお!」
「そうね。まだ決着はついていないわね。……エンデガ、どうする?」
 ハピアとリンガットから細やかな挑戦状を突き付けられたエンデガは、そうだなと言い立ち上がった。
「どうせならまた最初から遊ぼう。そっちの方が長く楽しめるはず」
「エンデガさん……!」
「エンデガ……どうしたの。珍しいわね」
「嫌ならいいよ。ぼくの気が変わらないうちに遊ばないと、もう二度とないかもしれないよ」
「あー! ずるい! そんなの嫌だ! あたしはエンデガたちと遊びたいんだもん!!」
 溶けかけのかき氷を一気に頬張ったハピアは、頭を抱えながらさっき遊んだコートへと走っていった。それにスウェルも続き、リンガットも軽く伸びをしながらコートへと向かう。
「エンデガさん。さっきは5ポイントで遊びましたが、次も同じポイントで遊びますか?」
 ブラダマンテがルールの確認をすると、エンデガは首を横に振りわくわくした様子でこう言った。
「ポイントという制限時間はなしだ。こうなったらとことん遊ぼうよ」
 時を操る術を持つエンデガ。今回ほど時を変えたいという思いは微塵も起こらなかった。それほどまでにエンデガの心を満たす何かがあったのは確かなようだ。その証拠に、コートへ向かうエンデガはどことなく嬉しそうに笑っていた。
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