ゴールドハニーシロップのツイストクリーム【神】

文字数 3,247文字

 
 カンカンカン カンカンカン

 規則正しい金槌の音が響く工房。灼熱の炎を前に大量の汗を流しながら、ただひたすら真っすぐに金槌を下ろしている職人─ゴヴニュ。今はとある依頼人から引き受けている武器のメンテナンスをしている最中だ。事情は聴かなかったが、なにやら訳ありな匂いを感じたゴヴニュは敢えて何も聞かずに引き受けた。
「よし。もうすぐだ」
 仕上げの段階に入り、今度は小刻みに金槌を使い微調整をしていく。最後に刃こぼれしている箇所はないか、刀身は磨かれているかなど自分に嘘偽りのない判断ができるとゴヴニュはうんと力強く頷くと依頼主に武器を返却した。
「はい。お待ちどう。お代は気持ちでいいよ」
 そういうゴヴニュに驚いた依頼主は、懐にあるずっしりした袋をゴヴニュに手渡すとそそくさと工房を出て行ってしまった。ゴヴニュはいつもそうだ。決まった金額は特に設けてないし、決めたところで嫌な顔をされるのは少し気持ちよくない。だったら、依頼主の匙加減で決めてもいいかという結論に至った。
 仕事終わりに一服しようとキッチンへ向かおうとしたとき、ドアチャイムが鳴った。今日は珍しいこともあるものだと思いながらゴヴニュはキッチンから工房の入り口へと歩を向けた。するとそこにはゴヴニュとは年が離れていそうだが、とてもパワフルでどこか野性味を感じる男性がにかっと笑って立っていた。
「おう。久しいの。ゴヴニュ」
「あんただったか。ヒルディブラント」
「なっはっは。いい加減、わしをフルネームで呼ぶのはやめろというのに。でもま、その方がお前らしいわい」
 鍛冶職人仲間のヒルディブラント。白髪がなんとも美しいその男性の顔には深い皺が刻まれているのだが、それをも感じさせない強靭的な肉体と精神を持ち毎日武器を作り続けている。ただ、毎日毎日武器を作りすぎてしまい、武器を心から愛してしまったという少し変わった人物でもある。そんなヒルディブラントを工房内に招き入れ、本来の目的であった一服のお茶を淹れてヒルディブラントに手渡し要件を伺った。
「なぁに。ちょいとお前さんの様子を見に来ただけじゃ」
「……本当にそうかい?」
「なっはっは。疑り深いのぉ。これは嘘ではないぞ」
「……ならいいが」

 カランカラン

 ゴヴニュが一口お茶を含もうとしたとき、またドアチャイムが鳴った。こんなに来客があるなんて珍しいという言葉では片づけられないなと思いながら、ゴヴニュは入口に顔を出した。するとそこには長身の青年─ウルがいた。輝くような銀色の髪に日焼けした小麦色の肌、凛とした目は常に何か物事をまっすぐ射貫くようなそんな力強さを感じている。
「ゴヴニュ。すまない」
「ウルかい。今日はどうしたんだい。弓のメンテナンスかい」
「ああ」
 そういうとウルは背中から弓を取り、カウンターに置いた。ゴヴニュは手に取り注意深くみていくと、どうやら弓のてっぺんあたりが傷つき弦が緩んでしまっているようだった。これならすぐに直せそうだとウルに言うとウルも工房に招き入れ先客であるヒルディブラントを紹介した。ウルは無言で頭を下げて挨拶をし、対しヒルディブラントはがははと笑いながらウルを迎えた。ゴヴニュは「二人で話しててくれ」といい、工房へと向かいウルの弓の調整に入った。確か前に調整したときの資材があったはずだと戸棚を開けた。銀色に輝くどろりとした液体が入った瓶を取り出し型に流し込んでいく。ほどよく熱した所でゆっくりとすくい、傷ついている箇所に流し込んでいく。そして愛用の金槌を軽く打ち付けると、瞬く間に傷は塞がり新品同様の輝きを放った。ほかに傷んでいる箇所がないか点検を済ませ、今度は少し緩くなってしまっている弦を一度切り、透明度の高くしなやかさが自慢のホシクラゲの足をぴんと引っ張り慣れた手つきでくくりつけていく。弦を何度か引き調整を行うとゴヴニュは満足気に頷き、談笑をしているウルに手渡した。
「ほい。お待たせ」
「もうできたのか」
「何回お前さんの武器を調整したと思ってるんだ? このくらいは朝飯前よ」
「助かる」
 ウルは早速手に取り、試しに弦を弾いてみた。適度な緩みが手に馴染んだウルはゴヴニュと同じように笑いながら頷いた。
「いつも助かる。これは気持ちだ」
 そういってウルはお代を置いて工房から出て行った。一人いなくなり、ようやくお茶にありつけると思ったとき、またドアチャイムが鳴った。
「ごめんくださーい。ちょっとお願いしたいことがあるんですけどー」
 カップに手が届くことなく、次の来客がきたようだ。ゴヴニュはお茶を飲むのを諦め入口に顔を出した。するとそこには金色が鮮やかな髪に真っ赤なリボン、固い決意を秘めたような真っすぐな瞳をした女性が困った顔をして立っていた。
「はい。どうかしましたか」
「あ、ちょっと相談したいことがありまして。この、あたしの武器を診てほしいんです」
 女性がそう言い、指をくるくると回すと女性の周りに幾本かの剣がじゃらりと現れた。今まで見たことのない剣の出し方に一瞬ゴヴニュは驚くも、職人として女性の困っていることを聞き取ることにした。どうやら女性は自身に宿る魔力を操り剣を創造することができるという、少し変わった能力を持っているが為にそれを悪用しようとする輩に追われているという。そして、そこで身に着けた剣を創造する力で戦うことになるのだが、時々うまく剣を創造できないときがあるという。集中力のせいかと思い、戦うときは意識をそちらに向けるようにしてても三回に一回は剣を創造するのに時間がかかってしまうという。その話を工房で聞いていたヒルディブラントはひょこっと顔を出すと、女性をみてがははと笑った。
「面白い力を持った嬢ちゃんじゃねぇか。どれ、わしが少し手を加えてやろう。ゴヴニュ。工房を少し借りるぞ」
 そういって女性が創造した剣を一本拝借し、豪快な笑い声とともにかんかんと音を立てて何かを仕上げていく。それは女性が見たことのない形をした剣だった。
「嬢ちゃんは剣という概念に捕らわれすぎなんだ。だから、もう少し剣というものを見聞きしたらもっとすごいことができるかもしれねぇ。だから、おっさんからの余計なお世話……ってな」
 ヒルディブラントは金槌を大きく振りかぶって真っ赤になった剣に叩きつけると、さっきまで刀身が真っすぐだった剣は少し湾曲し剣へと変化した。ほかにも刀身の違う剣をいくつも作りそれら全て女性に手渡すとヒルディブラントはまた豪快に笑った。
「おう嬢ちゃん。待たせたな。ちょっとばかし手心を加えさせてもらったぜ」
 女性は小さく「ちょっとばかしどころじゃないじゃない……」と呟きながらも、手渡された剣を見て驚いていた。それは刀身から輝く光に驚いていてわけではなく、自分の知らない剣というものを知ったという衝撃だろう。女性は剣を作ってくれたヒルディブラントにお礼を言いまた指をくるくると回し剣の束をしまった。そして確認の為にもう一回指を回すと、さっきヒルディブラントが作ってくれた剣をヒントにした剣が追加されていた。
「わぁ……バリエーションが増えてる」
「そりゃあ、新しい剣の形を知覚したからだ。これで嬢ちゃんの戦い方のバリエーションも増えるってわけだ」
「……ジゼルよ。嬢ちゃんじゃないわ」
「そっかそっか。悪い悪い。ついつい珍しい武器を見たもんでずかずかと言っちまってすまねぇ」
「……まぁ、新しい知識をくれたことで帳消しにしてあげるわ。次に会ったときにもう少しバリエーションが増えるよう、鍛錬しておくわ」
「おう。ジゼル。またな」
 そういってジゼルと名乗った女性はゴヴニュの店を後にした。変わった能力を持った人もいるもんだと思いながら、ゴヴニュは店の看板を「閉店」に切り替え、今度こそ自分のお茶を用意するためキッチンでお湯を沸かし始めた。まだヒルディブラントはいるが、今後の参考にしたいという気持ちが勝り、しばらくヒルディブラントととの対話を楽しむことにした。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み