甘さと塩気の二重奏♪さくさくおこし【竜】

文字数 2,084文字

「……さぁ、張った!」
「丁!」
「いや、ここは半だろ!」
 蝋燭の頼りない明りの中、男たちの声が小屋を震わせた。一人の男が小さな籠の中に四角いものを振り入れ、とんと置いた。籠の中にはさいころが入っており、開いたときのさいころの目で賭け事を行う。さいころの目が偶数なら「丁」、奇数なら「半」という具合だ。
 全員が丁か半にかけ終えた時、男が籠をゆっくりと持ち上げた。そこには一と三の目が上を向いていた。ということは……。
「丁!」
 丁に賭けていた者は歓喜し、逆に半に賭けていた者は頭を抱えながら喚いていた。そしてそこから金のある者は残り、なくなったものは小屋の外へと出て行った。小屋の中には数人の男だけが残り、賭け事の続きをしようと腕をまくっていた。
「邪魔するよ」
 男たちの気持ちをぶっつりと断罪するような鋭い声が賭場の中に響いた。この辺りでは見かけない派手な袖に袴を履いた女性だった。黒い髪をだらりと垂らし、きりりとした目元がとても印象的で迷うことなく籠を持つ男のところまで歩くと、代わってくれとだけ言い腰を下ろした。
「な、なんだいお前。勝手に入ってきて」
「それに、ここは兄貴の賭場だ。勝手なことは許さねえ」
「まぁまぁ。一回くらいはいいじゃねぇか。この女の度胸に免じて……さ」
「……兄貴が言うんじゃ仕方ねぇ。そんでお前さん、名前は何て言うんだい」
「……牡丹。覚えなくていいよ。すぐにいなくなるからさ」
 牡丹と名乗った女性は手慣れた手つきで、サイコロを籠の中に入れて軽く回した。ずいと男たちの前に籠を出すと、無言で「張った」と訴えた。戸惑う男たちはしばらく悩んでから次々に駆けていった。
「丁」
「丁」
「丁」
 全員が偶数である丁に賭けたのを確認した牡丹は、静かに籠を持ち上げた。
「「「なっ!!!」」」
「三、四で半。全員、没収だね」
 そこには賭けたものとは反対の結果が映っていた。牡丹は静かに賭け金を自分の方へ引き寄せ、次の賭場の準備を進めた。あまりにもあっという間に決着がついてしまったことに、男たちは一斉に顔を見合わせ論議した。
(まさか……いかさましたんじゃねぇか?)
(いや、そんな気配はなかったぞ)
(なら、もう一度やるしかねぇ)
 男たちの準備が整い、男たちは食い入るように牡丹を見ていた。それを軽く流しながら牡丹はさいころを籠の中に入れ、軽く回して男たちの前に差し出した。
(いかさまなんてしてねぇな)
(わからねぇ)
(じゃあ、ここはばらばらに攻める戦法で行くか)
「丁!」
「丁!!」
「半!」
 今度は丁と半に分かれて賭けた男たち。全員出揃ったのを確認した牡丹は籠を持ち上げた。結果、一人の男の声だけが勝利を叫んでいた。
「おれの勝ちぃ!」
「くそ……どうなってやがる」
「ちくしょう。おれはもう帰るぜ」
 そうして沢山いた賭場には、男二人と牡丹の三人だけとなった。ここまで牡丹は表情ひとつ崩さずに籠を扱ってきた。それに対し、男たちが動揺を隠せないのか顔は引きつりっぱなしだった。こうして勝負を続ける男、それを見守る男、さいころを操る牡丹の勝負が始まった。
「入ります」
 さいころを籠に入れ、軽く振り男の前に差し出す牡丹。男は低く唸りながら「丁」と言い、有り金全てを差し出した。それを確認した牡丹は小さく息を吐きながら籠を持ち上げると、そこには男が賭けた逆の結果が移っていた。
「二、五の七。半」
 冷たく結果を言い放つ牡丹、頭を抱え結果を受け入れることができずに叫ぶ男。回収を終えた牡丹はすっくと立ちあがり、賭場をあとにしようとすると、牡丹の頬に銀色に光るものが飛び出した。
「……お前だけは……お前だけは許さねぇ」
「ここは違法の賭場だということはわかっていますね。なら、ない方が世のためだとは思いませんか」
「うるせぇ! 止め時を見失った奴が悪い! おれは、おれは悪くねぇ!」
(……くだらない)
 牡丹は怖気るどころか、声色一つも変えずに男に忠告した。
「これ以上は無駄です。抵抗しないでこのまま賭場を畳んでいただけませんか?」
 この言葉がきっかけとなり、男は銀色に光る物を牡丹目掛け振り下ろした。あと少しで牡丹の頭に銀色の物がぶつかる……瞬間、鉄と鉄がぶつかりあう音が響いた。仕留めたと思っていた男は驚きに染まり、予期せぬ衝撃に手ががくがくと震えていた。
「なら、致し方ありません。お覚悟を」
 袖に隠れていた脇差を抜き、男の一撃を凌いだ牡丹はそのまま男の得物を弾きその勢いのまま男の胴を薙いだ。ばたりと倒れる男に、残っていた男は情けない声を出しながら逃げて行った。
誰もいなくなった賭場に牡丹は、男の目を伏せた。そして金輪際、この場所で賭場ができないようその場を葬った。
「この世にはまだまだ賭場が多く存在する。そして、その賭場で悲しい思いをした人は多くいる……なら、その思いを少しでも減らせるよう……」
 牡丹は静かに目を閉じ、ふらりと歩き出した。

 当てもなく歩くのも悪くはない。すべては風の導くまま。もしも、行く先で困っている人がいれば、力になれればそれでいい。それだけで、わたしの旅は意味があるのだから。
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