ほんのり酸っぱいホワイトソーダー【魔】

文字数 3,368文字

「はぁ……今日も雨ね。なんかこう……もやもやっとしたものを吹っ飛ばすようなものってないのかしら……。この子達も雨が続いてうんざりしてそうだし……はぁ」
 お気に入りのコレクションと雨粒で濡れた窓を交互に見やりながら強欲の悪魔─マモンはぼやいた。若草色の髪に文字通り白い肌、頭からは金色の角は生えており見ただけで悪魔とわかる。だが、マモンはそこまで悪魔というわけではなく、ただただ趣味のコレクション収集をしたいだけという他の七罪の悪魔とは異なっていた。そして最近困っていることがあるらしく、ここ最近その七罪というよくわからない集団からお声がかかっているとか。マモンも七罪の悪魔の一人だとはわかっているが、そんなことには一ミリも興味がない。むしろ放っておいてほしいと突っぱねた程である。それでもしつこく付きまとう怪しげな集団から半ば逃げるようにひっそりと暮らしているのである。
 六月といえば雨が多い月であると聞いていたが、こうも毎日雨ばかりだと気も滅入ってしまう。特に、新作のグッズ販売の日が雨だと折角並んで購入したのに雨で濡れてしまうということが何よりも嫌いだった。どうせなら天気の良い日にウキウキ気分で買い物がしたいと思っているマモンには、雨というのはあまり好きではない。
「あぁ……明日、このグッズの発売日なのよね。晴れるかしら……心配だわ」
 明日が天気になるようにとお願いをしているマモンの元に、お世話をしている付き人に袖をくいくいと引っ張られていた。何かと思い振り返り、その付き人が手にしているチラシを見た。
「どうしたの? えっと……えぇぇえぇぇええ!!!!」
 チラシを見たマモンはチラシに書かれていた内容に驚き、思わず大きな声を挙げた。それもそのはず。チラシの内容は、一年に一度しか開催されないブライダルショーのスタッフ募集の案内だったのだ。それも、そのブライダルショーの主催者がかの有名なレディ・シトラスという女性アーティストだったのだ。
「えぇぇえ! あ、あのレディ・シトラスさんのブライダルスタッフができるの?? それに、スタッフ専用のパーカーが支給されるとか……これは……行くっきゃないでしょ」
 どういったことをするかまで詳細は記載がなく、当日行けばなんとかなるでしょうという楽観的なマモンはそのチラシに早速問い合わせ、近日スタッフとして参加することが決定した。働くことは苦手だが、限定のパーカーのためなら頑張ってやろうじゃないと意気込むマモンだった。

「な……な……な……なんでこうなってるのよ……」
 スタッフとして参加した当日。マモンはいきなりショックを隠せないでいた。それは、会場に入ってすぐ、別のスタッフから「ブライダルショーのモデルになって欲しい」と言われたのだ。チラシを見たときよりも大きな声を挙げて驚くマモンに、会場にいたほかの人から注目を浴びるもマモンはどうしようかどうしようかと一人焦っていた。
「ああああたし……が……モデル……?」
「ええ。今日来るはずのモデルさんの到着が遅れていまして。その間だけで構わないのですが……無理な相談だとは承知の上です。どうか……」
 スタッフからこんなに頭を下げられては無下に断ることもできない……マモンは震える声でそのお願いを受けることにした。
「だだだだだけど! ひ、ひとつ、条件があるわ。あ……あの、パーカーにレディ・シトラスのサインを書いてほしいの……そ、それならいいわ」
「はい! わたしからレディ・シトラスに伝えておきます! 本当にありがとうございます!」
 スタッフの純粋な笑顔に申し訳なさを感じながらも、マモンは試着室へと案内され今年新作のドレスを見て思わず「おー」と声を漏らした。様々なドレスがある中、マモンが試着するドレスは裾にたっぷりのドレープがかかり、純白のものだった。シンプルなものだが一口にドレスといってもこうも縫い目を目立たせないで縫い合わせる技術は相当高いと言われている。試着スタッフに手伝ってもらいながらマモンはそのドレスを着ると、試着スタッフから「可愛い」という声が多く飛び交った。聞きなれない言葉に両手で顔を隠すマモンに、今度は撮影スタッフがマモンの世話をしているお付きに裾を持ってもらい、そこに紫や青に色づいたバラをいくつか滑らせると、一気に華やかになった。恥ずかしさでもじもじしているマモンに、撮影スタッフはカメラを構えて「はーい、こっちを見て笑ってくださーい」とマモンにとって無茶な要求をしてきた。
「わわ……笑えって……えええーい! こうなりゃやけくそだわ!」
 ミニブーケを手にしながら笑ったり、すましてみせたりと普段からはかけ離れたポーズを決めていきながら撮影は順調に進んでいった。
「マモンさん。ちょっと休憩挟みますね。お疲れ様です」
 撮影スタッフからそう言われ、用意された椅子に腰を下ろすマモン。履きなれない靴によろよろとしながら小さなテーブルへへたりこむ姿から「やりきった」というオーラを放っている。ぐったりとしているマモンに、試着スタッフから飲み物を渡され、それを嬉しそうに受け取りながら一気に飲み干した。
「ぷはぁ。生き返るわぁ。あ、ごちそうさまでした」
「長時間、お疲れでしょう。よかったらこれも召し上がってください」
 そういってテーブルに置かれたのは、期間限定のスイーツだった。前々からチェックをしていたのだが、悪天候が続いてしまったため中々行けなかった名店のスイーツをここでお目にかかれると思っていなかったマモンは「おおおおお」といい、試着スタッフに何度もお礼をした。
「こ、これ。前から気になっていたスイーツなんですぅ。まさか……」
「よかったぁ。甘いものお好きでなかったらどうしようかと……」
「いえいえ。甘いもの大好きです。でも、いいんですか? あたしが食べても……」
「ええ。ぜひ召し上がってください。あんなに楽しそうに望んでいる姿を見ていたら、応援したくなりまして。なので、遠慮なくどうぞ」
「あああ……ありがとうございますぅう! では、いただきますっ!」
 限定スイーツを頬張るマモンの顔はみるみるうちに幸せ色に染まり、口からは嬉しい無音の悲鳴が挙がっていた。その表情を見た試着スタッフも嬉しくなったのか、笑顔が伝染した。一口一口味わって食べるスイーツも終わりが近付き、最後の一口を名残惜しそうに食べるマモンは両手を併せて「ごちそうさまでした」と挨拶をし、完食。残念そうな顔の中にも満足している表情に試着スタッフもくすっと笑い、新しい飲み物を用意し去っていった。
「あぁ……幸せだわぁ……ところでぇ……」
 身も心も満たされたマモンは辺りを見回した。他の人も撮影をしているのがマモンを担当していた撮影スタッフが戻ってきていないのだ。大丈夫なのだろうかと心配していると、スタッフがマモンに駆け寄り言った。
「あ、マモンさん。今日の撮影協力、本当にありがとうございます! おかげで素敵な写真がたっくさん撮れました。それと、これ。レディ・シトラスのサイン入りのスタッフパーカーです」
 綺麗に折りたたまれたパーカーを広げると、背中の部分にレディ・シトラス直筆のサインが書かれていた。それに、隅の方をよく見ると自分の名前も書かれていた。
「えええぇぇぇ! こここここれって……!! あたしの名前……書いてくれたのですか?」
「ええ。レディ・シトラスも申し訳ないと言っていましたので、それはそのお詫びということで書き添えたみたいです」
「ああああ……ありがとうございます。一生大事にしまうぅうう!!」
 まさか自分の名前が書かれるだなんて思っていなかったマモンは、パーカーをぎゅっと抱きしめながら嬉しい涙を流した。最初はパーカー目当てで申し込んだブライダルショーのスタッフだたが、予期せぬアクシデントの

で気になっていたスイーツや、レディ・シトラスからの名前入りサインをもらえることができた。人前に出るのが苦手なマモンにとっては、パーカー目当てとはいえ中々にハードルが高かったと思うことを無事に終えることができたことに胸を撫で下していた。
 着替えを済ませ、帰路の途中。マモンはほんの少し、人前に出ることが楽しいと感じ始めていた。ほんの、ほんの少しだけ。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み