あんこたっぷり! 温泉饅頭

文字数 1,898文字

 眩しい朝日が町を照らす。それと同時に箒を持って掃除を始める和服姿の女性がいた。規則正しく箒を動かし、店の前に落ちている落ち葉や小枝をひとまとめにして塵取りを使いきれいにしていく。それが終わったら植木の水やりや剪定など、これから癒しを求めてやってくるお客様をもてなしたいという気持ちが強く表れている。
 アイカ。それが彼女の名前。正確にはこの建物の女将であるアイカは、一通りの掃除を終えると小さく息を吐きどこかに不備がないか点検を始めた。看板は曲がっていないか、掃除のやり残しはないか、植木の位置はずれていないかなど、細かく確認を行い自身が納得いく仕上がりにアイカは掃除用具を片付け、出入り口に向かって深くお辞儀をした。
「今日も、たくさんのお客様が癒されますよう。私も精いっぱい頑張りますので、よろしくおねがいします」
 こうして、アイカ女将が運営する温泉施設は「閉店」札から「開店」札に代えられ、今日もたくさんのお客様でにぎわうことを願いながら店内へと入っていった。

「ねぇ、ベルゼ。温泉って知ってる?」
 魔界に配られたチラシをみた悪魔─アドラメレクが隣にいる七罪の暴食を司る悪魔─ベルゼブブに尋ねた。温泉という聞きなれない言葉に首を傾げるベルゼブブなのだが、それを見たアドラメレクは指をさしながら笑い始めた。
「え? なに? 温泉、知らないの? ベルゼ、知らないの? ぶふぅう!!!」
「なっ!! し、知らん! 大体、お前はその温泉というのを知っているのか?」
「いや? 知らないわよ」
 ものの数秒で知らないという答えを聞いたベルゼブブは肩をがくっとさせると、アドラメレクはチラシを見ながらベルゼブブに温泉というのはどういうものなのかを説明した。
「なんか、お湯に浸かってリラックスするって感じかしら」
「……なるほど」
「それだけじゃなくて、蒸気の中で体をあったかくしたり外の景色を見ながらお湯に浸かることもできるみたい」
「……それはよさそうだな」
「出たら飲み物飲んで落ち着いたり、体をほぐしてもらうサービスもあるみたい。なんでも

があるって書いてあるわよ」
「び……っ!!!」
 美肌効果という単語を聞いたベルゼブブの顔は真っ赤に燃え上がり、急いで顔を隠すが既に遅くアドラメレクに冷やかしを入れられてしまう。
「なぁに顔を真っ赤にしてんのベルゼー? ほんっとあんた可愛いんだからぁ」
「う……うるさい! と……とっとと準備して行くぞ」
「はいはい。もー素直じゃないんだからぁー」
 照れ隠しでチラシを奪い取ったベルゼブブは、その温泉施設があるとされる場所へ向かうため空間を歪ませた。

「ここがそうなのか」
「そうみたいね。チラシに書かれてる建物と同じだし」
 到着した場所は、魔界にはない建造物だった。木材の香りが漂う落ち着いた入口には、七人の可愛らしい置物がありこれから中へ入る人を歓迎してくれているようだった。それだけでなく、植えられている植物もきちんと手入れがされていることから、ここの主は相当気配りができるのではないかとベルゼブブは密かに思った。
「これが入口なのかしら」
 見慣れない扉を恐る恐る引くと、そこには一人の女性が頭を垂れたまま立っていた。最初は身動ぎした二人だが、すぐにそうでないとわかると慌てて頭を垂れた。
「ようこそおいでくださいました。私、この温泉施設の女将を務めておりますアイカと申します。本日は、どうぞごゆっくりお寛ぎくださいませ。何かわからないことがあれば、遠慮なく仰ってください」
 アイカはそう言いながら、館内について簡単な案内を始めた。目の前に見えるのが物販コーナー、その奥へ向かう通路を進んだ先には男性用女性用の大浴場があり、外の景色を楽しみながらお湯に浸かることができる露天風呂も完備。また、両浴場にはサウナという施設もあり程よい温度で温められた室内では気持ちよく汗をかくことができるという。さっぱりしたあとは食事処はもちろん、心身ともにリフレッシュができるようマッサージコーナーもあり、まさに至れり尽くせりといったところだった。
「なんて充実した施設なんだ……」
「これなら思い切り羽が伸ばせそうね。ベルゼ、ひとっ風呂浴びるわよ」
「おい! 引っ張るな!!」
 アドラメレクはベルゼブブの腕を引っ張り、暖簾の奥へと消えていった。それを女将であるアイカは微笑みながら見送った。見送ったあと、アイカは館内の巡回をしようと足を動かした先に紫色の薄い布を見つけて拾い上げる。そして手にした瞬間、アイカの笑顔は消え去り何かが起こりそうな気配に眉をひそめた。
「……何事も起きなければいいのですが……」
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