かりかりさくさく沙其瑪(しゃーちーまー)【魔】

文字数 1,555文字

 静寂に包まれた町の中、二人の男が蒸したての饅頭を頬張りながら歩いていた。今に始まったことではないが、この町はあまり活気があるとは言えないそんな町だった。それもそのはずで、この町のはずれにある丘には立派な屋敷が建っている。痛みも少なく、もしかしたら住めるのではないかと思ってしまうくらい。
 しかし、その屋敷に立ち入ろうとすると不可思議な現象が起こることが報告されてからというもの、この町の静けさは更に輪をかけて静かになった。内容としてはあまりよくないことなのだが、先に饅頭を食べ終えた男はその話を知っているのかどうかわからない。そこで何か会話になるかもしれないと思い、後で饅頭を食べ終えた男が口元を拭きながら先に食べ終えた男に尋ねた。
「なぁ、知っているかい。あの商家の令嬢の話」
「ああ。知ってるとも。この町の丘の上にある屋敷に住んでたって話だろ」
「そうとも。あそこには行ってはいけないということも知っているな?」
「すまない。それは知らない」
「よかった。知らずに足を踏み入れようものなら正気を失うという噂があるからな」
「げぇ。そうなのかよ。なぁ、もしよかったらその話、詳しく聞かせてくれないか」
「いいとも。ただ、おれも全部が全部知ってるわけじゃないから……その辺は勘弁な」
「もちろん」
 適当な椅子に腰を下ろし男は口を開いた。

 数年前の話。あの屋敷には玉蘭(ゆうらん)という若い美しい女性がいた。薄紫色に輝く絹のような髪に、肌触りのよい衣服を身に纏いまるですぐそこに王女が現れたかのような出立だった。しかし、そんな煌びやかな装いとは反してその目はどこか悲しみを湛えているような感じだった。
 玉蘭が町に来てしばらく、玉蘭に結婚の話が持ち上がった。これには玉蘭も嬉しさを隠せずにいた。そして、話はとんとん拍子に上手くいき、二人が住む屋敷まで完成しこれからの新生活に胸を躍らせていたとき、玉蘭の耳に信じられない話が入ってきた。
 夫となる人物が突然、失踪したという。手紙も言伝も残っていないということから事件や逃亡かは定かではない。だが、玉蘭は「もしかしたら少し散歩にでかけたのかもしれない」と思い、夫となる人物が帰るのを待った。
 夫を待ってからしばらくが経過した。玉蘭は病気を患い、床から起き上がることも難しくなっていた。玉蘭の両親は既に他界しており、自分の世話をしてくれるのは誰もおらず、玉蘭は苦しいなか、夫のあの柔らかな笑みを思い出しながら闘病生活を送ったが、それも空しく両親のもとへと旅立った。
 それからというもの、この屋敷に誰かが入ろうものなら玉蘭の幽霊がふわりと現れ手にした赤い団扇を振り、強烈な瘴気を放って追い払うようになった。あの人は帰ってくる。絶対に帰ってくると信じて疑わない玉蘭は、そんな夫の帰りを今日も明日もこれからも待ち続けているのだという。

「そんで、あそこにある屋敷がその玉蘭が新婚生活を送ろうとしていた屋敷ってわけだ」
 話し終えた男は小さく息を吐き、締めた。聞きえ終えた男の顔は何とも言えない悲しさに包まれており、今にも泣きだしそうな顔をしていた。
「お前までそんな顔することないだろう」
「いや……だって……いつまでも帰りを待つだなんて健気じゃないですか」
「まぁ、そうかもしれないけど……でも、入ろうとしたら追い返されるんだからな」
「それは……夫との生活を夢見て建てた屋敷ですからね。夫以外は足を踏み入れて欲しくないという彼女の強い思いがそうさせたのかもしれません」
「そういう見方もできるか。でもだからって、あそこには行くなよ」
「わかってます。話してくれてありがとうございます」
 こうして二人の男は酒場へ向かって歩き出した。きっとどこかで夫と会えていることを祈りながら、二人はぬるい盃を交わした。
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