自家製ストロベリーシェイク【竜】

文字数 2,423文字

「んぁ……なんなんすか? ここ」
 長い昼寝から目が覚めた竜人─マロニィは周りを見て驚いていた。確か、昨日は飲み残しておいたジュースを飲んでから床に就いたはずなのだが。これは夢なのかと思い、マロニィは自分の頬を思い切りつねった。
「いだだだだ。あ、これ、現実なんすね」
 ひりひりとした痛みでようやく現実だということに気が付いたマロニィは、今度は注意深く回りを見渡した。自分はベンチに座っていて、目の前には大きな池があり中では大きな鳥の形をしたものがぷかぷかと浮かんでいた。背後は雑木林で、中からは男の子や女の子の元気な声が聞こえた。
「……んー、どこなんすかねぇ。でもま、考えても無駄っしょ。それにしても……いい天気っすね」
 マロニィの住んでる世界ではお目にかかることが少ない太陽の心地よい温もりに、思わず大きな欠伸が顔を出す。それと同時にマロニィのお腹からは可愛らしい小さな悲鳴も聞こえた。
「あ、そういえば昨日から何も食べてなかったすね。あー、どこかに食べ物売ってるとこないっすかね」
 お腹が空いていては大好きな惰眠を貪ることもできないと思ったマロニィは、重い腰をよっこらしょと持ち上げ辺りの散策を始めた。どうやらどこかの公園らしく、多くの人で賑わっていた。遊具で遊んでいる子供や、ベンチで読書を楽しんでいる大人など様々だったが、その中でもマロニィの目を引いたのは、園内にある屋台だった。
「お、なんかうまそうな匂いが……なになに……た、たこやき? なんですかねこれ」
 マロニィの住んでる世界にはない上、聞きなれないものに興味半分ドキドキ半分のマロニィが眠い目をこすりながら店員に聞いてみた。
「あ、ども。この、たこやきってどんなものなんすか?」
 すると店主は一瞬「え?」と言った顔になるが、すぐに大きな声でがははと笑うと、簡単にどういうものかを教えてくれた。
「たこ焼きってのは、丸いボール状のおやつみたいなもんだ。外はかりっかり、中はとろりとした食感が楽しめるんだ。姉ちゃん、ひと舟どうだい。食べたことのない姉ちゃんに特別、ひと舟サービスしちゃうよ」
 店主は焼き立てのたこ焼きに黒い液体と緑色のふりかけのようなものをふりかけ、マロニィに手渡した。全部で八個あるたこ焼きと呼ばれる食べ物は、マロニィのお腹を刺激するには充分すぎるくらいいい匂いだった。思わず喉をごくりと鳴らしながら店主から焼き立てのたこ焼きを受け取りその場でぱくり。
「あふ! あっふい!!」
「あははは! そんなにがっつかくても大丈夫だ。次は少し冷ましてから食べてみな」
「ふぁ、ふぁい」
 茶色く焼けた生地をがぶりと噛むと、かりっかりの外側に対し中からは熱々の液体が溢れ、マロニィの口の中で大暴れしていた。なんとか熱々の液体の猛攻を乗り越えたマロニィはふーふーと息を整えながら、次のたこ焼きに串を刺した。
「今度は火傷しないっすよー。ふーふー。はふっ」
 適度に冷まされたたこ焼きは、先ほどとは打って変わって食べやすく一口でかりかりとろりを楽しむことができた。そして真ん中ら辺にあった小さなこりこりとしたものに「?」な顔をしているマロニィに、店主は「それは『たこ』っていう生き物だ。こりこりしてて旨いだろ」とにこっと笑いながら教えてくれた。
「へぇ、たこって言うんすね。ん、確かにこりこりしてて美味しいっすね」
 熱さにも慣れてきたマロニィは、次から次へとたこ焼きを口の中に入れてもむもむさせていた。さぁもう一つと思って串を刺そうとしたのだが、たこ焼きを刺す感触ではなく、たこ焼きを入れていた舟と呼ばれる器をぶっすり刺していた。
「あ。もうなくなっちゃったんすね」
 自分の世界では見たことのない食べ物、しかもそれが美味しいときたらマロニィの答えは決まっている。運よくポケットの中に入っていた小銭入れを取り出し店主にお代わりを注文した。
「あ、お兄さん。めっちゃ美味しかったです。あの、これでたこやきって買えますかね」
 小銭入れの中に入っていたのは自分の世界の通貨─ゴールドを差し出すと、店主は見たことの無い貨幣に驚いて次に「いや、姉ちゃんの食いっぷりで十分だ。よかったら堪能していってくれ」と言いながら新しいたこ焼きをマロニィに差し出した。いくら寝坊助で怠惰なマロニィでも売り物には対価を支払うことくらいは知っている。けれど、店主はそんなマロニィの気持ちを受け取りつつ、美味しそうにたこ焼きを頬張るマロニィに感謝を示した。
「え……なんか悪いっすわ」
「いいっていいって。気にしなさんな。これはおれなりの気持ちだ。受け取ってくれると嬉しい」
 そういって目の前に差し出された湯気も美味しそうなたこ焼きを前に、マロニィは「あ、美味しくいただきます」と言い受け取った。舟の底から伝わる焼きたてのたこ焼きの他にも何かを受け取ったマロニィは店主にぺこりと頭を下げて目が覚めたあのベンチに向かっていった。
「これで目が覚めたら……このたこやきともさよならなのかな」
 ベンチに腰を下ろし、たこ焼きを見つめながらマロニィは呟いた。もちろん、元の世界に帰りたい。自分の大好きなベッドで好きなだけ眠りたい。

 だけど

 たまたま目が覚めたら見ず知らずの場所で、自分が住んでいるとは全然違う世界で、賑やかさと静けさが一緒にいるような空間で、見たことも食べたことのない食べ物に心打たれて。挙句には店主さんにちょっと無理させてしまった罪悪感もあって、マロニィは今までにない複雑な気持ちを抱いていた。
「なんすかねこの気持ち。味わったことないからわからないっすね」
 自分自身を嘲笑しながら、マロニィは黒い液体と緑色のふりかけがたっぷりかかったたこ焼きをゆっくり噛み締めた。きっとこれを食べ終わったら元の世界に戻ってしまうのではないかと思うと、自然とゆっくり味わって食べたくなったマロニィの表情は気怠そうなものではなく、少し寂しさを漂わせていた。
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