ねこみみもちもちすあま【神】

文字数 3,501文字

「き、今日からよろしくおねがいしますっ!」
 猫耳のついたフードを深くかぶり、袖にはたっぷりの赤色フリルがついたちょっと変わった衣服に身を包み、心も体も緊張しきっている新米陰陽少女─ユウキは、先輩にあたるハルアキに向かって大きな声で挨拶をした。本来なら、ハルアキの師匠も一緒にいるはずなのだが、急用ができてしまったと言い残し外出してしまった。そこで、屋敷にきていたハルアキに新人の案内を任せたというわけだ。いきなり師匠から「新人がくるからよろしく頼む」とだけ言われ、なんのことだかさっぱりわからないハルアキの頭の上にはたくさんの疑問符が浮かんでた。
「あ、うん。そんなに緊張しなくていいよ」
「は、はひっ!」
 ユウキの裏返った返事を聞きそんなすぐには緊張は解れないかとハルアキは呟きながら、茶室からお茶菓子を取り居間へと運んだ。温かいお茶と黄な粉の餅がのった盆を卓の上に置くと、ユウキは目を輝かさせながら餅を凝視していた。よほどお腹が空いているのか、耳を澄まさなくてもどこからともなく音が聞こえていた。
「さ、遠慮せずお食べ」
「あ……はい。いただきま……」
「おい! ハルアキ! この餅はわしのだと言ったはずじゃぞ!!」
 黄な子餅に手を伸ばしたユウキの目の前に突然、おかっぱ頭の少女が現れユウキが伸ばした手の先にある黄な子餅を奪い去った。おかっぱ頭の少女は奪った黄な粉餅を口の中へと勢い突っ込んだせいか、盛大にむせながら暴れた。やがて落ち着いたおかっぱ頭の少女はユウキに指を出しながらハルアキに問うた。
「おいハルアキ! この小娘は一体誰じゃ! わしの許可なく入りおってからに」
「……はぁ。アヤメ。ちょっと静かにしててくれるかい? 話がややこしくなるから」
「おい! わしの質問に答え……」
 ハルアキは小さく詠唱をすると、アヤメと呼ばれた少女は一瞬にして札へと姿を変えた。そしてひらひらと落ちる札を拾い、懐へとしまうとハルアキは深く頭を下げて謝罪した。
「突然のことで申し訳ない。彼女はアヤメといって、ぼくが使役してる式神のひとりなんだ。悪い子じゃないんだ……だから、仲良くやってくれるかい?」
 目の前で起こったことが急展開すぎて脳内でうまく処理ができないユウキは、とにかく頷くことしかできなかった。ハルアキはハルアキで、新しい茶菓子を探しに台所へと行ってしまい居間にはユウキ一人となったところに玄関から声が聞こえた。
「こんにちはー。お師匠いるー? ってあれ、見ない履物があるけど……誰か来てるのかな」
 女性の声が居間へと近づいてくることに驚いたユウキは驚いた。どこかに隠れようかとも思ったが、それもそれでどうかと考えていると、女性の声はすぐ真後ろから聞こえた。
「あららら? なぁにこの子。はじめましてよね? あたし、マツリっていうの」
 ユウキの背後に現れた桃色の髪を長いかんざしで纏め、大き目な眼鏡をかけた女性─マツリがユウキに挨拶をした。少し着崩した着物からはユウキとは違う雰囲気を醸し出していた。
「あ……あたしは……ユウキと申します。まだ新米の陰陽師なのですが……」
 陰陽師という言葉に反応したマツリは、目をきらんと輝かせユウキの手を握ってあれやこれや聞いてきた。あまりの質問の速さにユウキは混乱し、頭をふらふらさせていると台所から戻ったハルアキによって制止されようやくユウキは呼吸を整えることができた。
「マツリ。今日は来ないって言ってなかったか?」
「いや~、近くに寄ったからついでにお札について聞こうと思ってさ」
 マツリの札は様々な効果を発揮し、創造することができる札師という職業に就いている。いつどんなときでも用意してきた札にマツリが筆を走らせ、その札を対象物に貼れば効果が発揮される。しかし、貼り付けなければ効果が発揮されないことが唯一の難点であり、遠距離相手では非常に分が悪い。そこでマツリは、ハルアキの師匠にその部分を補うことができるか相談しにきたというわけだ。
「だったら連絡のひとつでもくれればいいものを」
「いやね、しようかなーどうしようかなーって思ってたらもう着いちゃったんだよ。えへへ」
 小さく舌をぺろっと出し、悪びれた様子を出してみるもハルアキには通用せず変わりに返ってきたのは深い深い溜息だった。
「ねぇねぇハルアキ。この子、新米の陰陽師って言ってたけど……?」
「ああ。今日からうちで修行をすることになったんだ。まだ何もしていないけど……」
「ふんふん。なるほどね」
 うんうんと頷くマツリは何か閃いたのか、ハルアキにごにょごにょと耳打ちをするとそれを聞いたハルアキは難色を示した。一体何を話しているのか気になったユウキが首を傾げていると、マツリは「ハイ決まりー!」と手を合わせユウキに満面の笑みを浮かべた。
「ねぇユウキちゃん。せっかくだし、お札を書く練習しよっか」
「え……ええ? い、いきなりですか?」
「ほら、いつ必要になるかわからないじゃん? だから、ね?」
 確かに新米とはいえ、陰陽師のたまごであるユウキにもいずれ戦闘をしなければいけない状況になる日が来る。そんなとき、文字の書かれていない札を出すわけにはいかない。であれば、今のうちに書く練習をして備えておくのも必要だとマツリは説明した。その説明にユウキは力強く頷き「よろしくお願いします」と返事をすると、マツリは嬉しそうに自分の帯の中から何枚かの札を取り出し、ユウキの前に置いた。札に書く筆はハルアキが用意しハルアキとマツリがいくつか手本を用意し、その通りに書いてみるように指示をしてみた。恐る恐る筆を握り、札一枚一枚に文字を書いていく。だが、途中で曲がったり書き損じてしまったりとを繰り返していくうちにユウキは段々恥ずかしくなってきてしまい、しまいには顔を真っ赤にしながら急に飛び出してしまった。
「え? ユウキちゃん? どうしたの??」
 どうして飛び出してしまったかわからない二人は、顔を見合わせユウキが書いた札に目を落とした。確かに少し曲がってはいるが……。
「ねぇハルアキ。これって……」
「……ああ。間違いない」
 ユウキの書いた文字には既に魔力が宿っており、今にも発動しそうなほどだった。だが、少し曲がっているせいでその効果を存分に発揮ができず、足踏みしているというのが今の札の状態だった。陰陽師のたまご、そして今日初めて顔を合わせただけだというのにこの才能は……。
「あ、ハルアキ。ちょい待って」
 ユウキを追いかけようとしたハルアキを呼び止めたマツリ。眼鏡を何度もかけなおし、ユウキが書いた札を注視し、最後に頷いたあと口を開いた。
「ねぇ。この事、あの子には秘密にしておかない?」
「え? どういうことだい」
「多分、あの子は自分が書いたこの札を失敗だと思い込んでるのかもしれない。けど、実際は今にも発動しそうな位に魔力がこもってる。と、ここでハルアキはどっちがいいかを聞きたいんだけど」
 マツリが「ひとーつ」と言いながら、人差し指をハルアキに向けながら口を開いた。
「ありのままの状況をユウキちゃんに報告をする。だけど、このままだとユウキちゃん、魔力の制御ができないまま札を使うことになって、最悪は式神に操られちゃう可能性が出てくる」
「うん。その可能性は否定できないね」
 マツリは頷き、中指を追加した二本指をハルアキに向けて次の案を話した。
「ふたーつ。敢えてユウキちゃんに言わない。それにより、ゆっくりユウキちゃんの魔力の制御方法を教えながら指導していく。あの子、きっと化けるわよ」
 にやりと笑うマツリを見ているのかいないのか、ハルアキはしばらく考えた後、後者の案に賛成した。いきなり札に魔力を込めることができるなんて今まで聞いたことのない事態に、ハルアキ、そして突然やってきたマツリは驚きながらもとりあえずは飛び出していってしまったユウキを探すため、家中を探した。探してしばらく、無事に泣きじゃくっているユウキを見つけ落ち着かせながら再度無理のない程度に札の講習をした。最初は震えていた手も、書き慣れてきたのか落ち着いた動きになり日が傾いたときには、二人も驚くほどの達筆な札を書き上げることができた。
「すっごーい! きれいに書けたわねー」
「初めてには上出来だ。よく頑張ったな。ユウキ」
「わ……わたし……でも出来たのですか……?」
「もちろんよ! あぁ、書いてるときのユウキちゃん、可愛かったぁ」
 マツリはユウキの頭を撫で繰り回した。それに驚くユウキだったがその顔は緊張していたときのものではなく、どこかほっとしたような安堵感に包まれていた。
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