スイートポテトきんつば【魔&竜】

文字数 2,344文字

 秋も深まる九月。体を動かすにはもってこいの季節になり、ここオセロニア学園でも恒例の運動会が開催されることになった。嬉しそうに両手をあげて喜ぶ生徒や、反対に面倒くさそうに下を向く生徒まで様々だが、人一倍やる気をみせない生徒がいた。
 さらさらの金色の髪、その髪から覗く漆黒の角。少し吊り上がった目は、近付いてほしくないという雰囲気を目で表すには十分すぎるほど鋭かった。いくら校則とはいえ、着慣れない制服に窮屈感を抱いている女子生徒─エクローシア。そんなことはどうでもいいから早く帰りたいというオーラを出しながら会話に参加しないでいると、隣の席から場違いな程に元気な声が聞こえた。
「いよっしゃー! 運動会だ。張り切っていくかねぇ」
 エクローシアと同じ金色の髪は毛先に行くほど真っ赤に染まっており、女性とは思えないくらいに逞しい二の腕を高く突き上げた女子生徒─ベルーガは、ここぞばかりに張り切っていた。
「一年に一度しかないんだ。みんな、張り切っていこうじゃないか」
 まるで姉御のような性格は、知らず知らずのうちにクラスのみんなをまとめ上げ士気を向上させていた。そしてその性格から、どこか憎めない部分が多く気が付けばベルーガのいうことを聞いているという現象が多発している。エクローシアもその現象を体験した人物の一人で、これまでも何度かベルーガの手伝いをしていた。
「さぁさ、クラスで出る競技のペアを決めようか。決めないといけないのは、二人三脚……か。うん、すぐに決まりそうだ。まずは、これに参加したい生徒はいるかい?」

 しーん

 無言が答えとなり、ベルーガは「テンション低いぞー」と言いながら紙とペンを使い何かを書いてはその辺にあった箱の中へと入れていった。それを教卓の上に置き、一人一枚取るように指示をした。例外なくエクローシアもその指示に従い、自分の席へと戻り紙を開いた。そこには歪んだ字で「あたり」と書いてあった。
「まさか……こんなに生徒がいるのに……はぁ」
「いよっしゃー! あたりを引いたぁ! んで? あたいと一緒に走ってくれる生徒は誰なんだい?」
 静かに手を挙げるエクローシアを見たベルーガは「おお! エクロとか! こりゃ楽しくなりそうだ」と小躍りしているのに対し、エクローシアは両手で顔を覆い、沈黙してしまった。

 何度も何度もエクローシアとの練習を重ね、運動会当日を迎えた。お互いの足を小さな紐でしっかりとくくり、呼吸を合わせないとうまく走れないようにセットをすると張り切るベルーガとは対照的にはぁと溜息を吐き、妙に距離が近いベルーガに苦言を呈していた。
「ちょっとベルーガ。距離が近いわ」
「んなこといったって、こうしないとうまく走れないだろ?」
「それはそうだけど……あなたは遠慮なしに近いのよ」
「いいじゃないか。ここいらであたいたちのチームワーク見せてやろうじゃないか」
「わかった。わかったから。もう少し離れてちょうだい」
 スタート地点に立った二人はこんなやり取りをしながら、走者からのバトンを待っていると絶妙な呼吸で走ってくる走者からバトンを受け取り、ベルーガとエクローシアは息を合わせ走り出した。
「「いっちに、いっちに」」
 スタートこそぎこりない走りだが、徐々に呼吸があってくるとスムーズに走りだした二人をほかのクラスメイトが声援を送った。
「がんばれー!」
「その調子!」
「もう少しで抜かせるよー」
 そんな声が聞こえたエクローシアは足元から、前へと視線を移すともう目と鼻の先に走者がいた。エクローシアとベルーガは小さく頷くとペースを上げ、前の走者を抜くことに成功。
「よっし。このままゴールするよ!」
「わかってるわよ」
 抜かせたことを素直に喜ぶ暇もなく、ベルーガの掛け声にエクローシアは嫌な顔をしつつも同意をし、ペースアップを図ろうとしたときふいにバランスを崩し危うく転ぶ寸前だった。
「あっ。危ない。エクロ。大丈夫か」
「ええ。でも……」
 さきほど抜いた走者に抜かれてしまい、喪失感を出しているエクローシアにベルーガは軽快に笑いながらエクローシアを抱き寄せた。
「えっ……ちょっと何してるのよ。離れなさい」
「こうでもしないとスピードでないからなぁ。さ、いくよ」
「……もうこうなったらヤケよ! 一気にゴールを目指すわ!」
「おー。エクロが本気を出したぁー」
 今までにないくらいのやる気を出したエクローシアは、自ら指揮をとりながら前を走る生徒へと迫った。気迫の籠った掛け声とともに走る二人は次々に抜いていき、あともう少しで先頭を抜ける圏内まで来ていた。
「このまま突っ切るわよ! ベルーガ!」
「あいよっ!」
 普段、運動などは苦手なエクローシアは最後の力を振り絞り先頭走者に食らいついた。

 あと少し あと少し もう少し!

 エクローシアの思いを乗せた走りが実を結んだのか、ゴール手前でまさかの逆転一位を取ることができた。これには当の本人も驚きのあまり、言葉を失っていた。
「うそ……本当なの?」
「やったじゃないかエクロ! 一位だぞ一位!!」
「わたしたちが……一番?」
「そうだよ。運動できないって言ってたのに、最後あんな力を発揮するなんて驚きだよ」
「う……嬉しいけど。近すぎるわ」
「いいじゃないか。この時くらいはいいだろ?」
「……もう」
 「勝ちたい」と思ったことは今までになかったかもしれない。エクローシアがここまで本気になって走れたのは、隣にいるちょっとうるさくておせっかいな人のせいなのかもしれないと思いながら実行委員会の誘導に従い、一位の旗の下で待機した。慣れないことをして疲労感を感じているエクローシアだが、それと同時に今までに味わったことのない充実感に心がほわほわと温かくなっているのを感じていた。
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