春香る♪さくらのパンケーキ【魔】

文字数 1,773文字

「みなさぁん。おはようございまぁす。今日も元気に遊びましょうねぇ」
「「はーーい!」」
 空は雲一つない気持ちの良い青一色に染まり、思わずうんと背伸びをしたくなる心地よさだった。そんな空の下、幼稚園内にてピンク色のエプロンを着けた先生─サスターシャが子供たちに向かって挨拶をした。それに続いて子供たちの元気な返事がサスターシャの耳に心地よく響いた。
「さぁて、今日はお天気もいいのでみんなでかけっこしましょう」
「わーーい! かけっこだいすきーー」
「まけないぞーー」
「あたしだってまけないよーー」
 かけっこで遊ぶと聞いた子供たちはぴょんぴょんと跳ねて喜び、園内にある白い線が引いてある場所にきれいに並び始めた。子供たちの顔には「早く走りたい」とか「あの子には負けない」といった気持ちがぺたぺたと貼られていて、サスターシャは思わずくすっと笑った。
「ではぁ、位置についてぇ、ようい……どんっ!」
 ゴール位置でサスターシャが手を叩いて始まりを告げると、元気いっぱいの子供たちはゴール目掛けて走っていった。直線で距離も短いが、それでも懸命に走っている姿はさながら選手のように輝いていた。次々にゴールする子供たちを見ていると、サスターシャの心の中に小さな疑問が浮かんだ。
(あら? なにかしら?)
 一瞬だけ表情が砕けたのを、子供たちは見逃さなかった。すぐに気が付いた子供がサスターシャに「どうしたの?」と言いながら駆け寄ってきた。はっとしたサスターシャは頭を振り、小さな疑問を追い払った後、すぐににこっと笑い「なんでもないわ。大丈夫よ。心配してくれてありがとう」と言い、子供たちをぎゅっと抱きしめた。
「さぁみなさん。元気よく体を動かせましたかぁ? 次は、お話の時間ですよ。手を洗ってうがいをしたら教室で待っててくださいねぇ」
「はーーい!」
 元気よく返事をした子供たちは一目散に下駄箱へと向かい、靴を入れて蛇口へと向かった。みんなきちんと丁寧に手を洗い、うがいをして教室に入ったのを確認したサスターシャは職員室に入り、今日のお話は何にしようかと紙芝居を選んでいた。気になったお話を見つけたサスターシャはその紙芝居に手を伸ばすと、胸の中で小さなもやもやが生まれたような感じがした。
「なにかしら。うーん」
 思わず声に出して考えてみても、思い当たる節がなかったサスターシャは困り果てていた。だけど、ここでじっとしていても状況は変わらない。この変な感じはまた後で考えることにしようと決め、サスターシャは紙芝居を持って子供たちが待つ教室へと向かった。

「みなさぁん。お待たせしましたぁ。お話の時間ですよ~。今日のお話はなにかなぁ~」
 紙芝居の表紙をゆっくりめくり、話を始めるサスターシャ。内容は、とある国に住むみんなが平和に暮らしていたある日、何者かによって襲われてしまった。巻き込まれた人たちが頑張って元の生活を取り戻そうと復興をするというものだった。お話の後半部分にさしかかると、さっきまで元気にかけっこをしていた子供たちから寝息の音が聞こえてきた。ひとりまたひとりと夢の中へと入っていくのを見ていたサスターシャ。
「あらあら。みんなよっぽど疲れたのね。ふわぁあ……先生も少しだけおやすみなさい」
 サスターシャは紙芝居を片付けると、ほんの少しだけ夢の世界へと入っていった。そして夢の中でさっき感じた違和感について、ほんの少しだけわかったような気がした。きっと、今こうしていること事態が夢であること。こうして子供たちに読み聞かせなんてしたことのないのに、感情豊かに台詞を言うことができている。今までこんなに気持ちを込めて誰かに話したことなんてなかったのに。可笑しい。そうだ、これはきっと現実ではない。そうに決まっている。

 だけど、だけど。たとえこれが夢であっても。この胸に感じた違和感という殻から生まれた温かい気持ち、それだけはきっと本物だと思う。また夢で同じようなことができるなら、またこうして温かい気持ちになるような夢で子供たちと一緒にいたいと思う。
 

 さようなら。ほんの少しだけ一緒にはしゃいでくれた子供たち。
 さようなら。心配して声をかけてくれた子供たち。
 さようなら。わたしの読み聞かせでわくわくしてくれた子供たち。
 さようなら。憎しみと復讐心に塗れて壊れていたわたし。
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