中身は何かな? びっくりシュークリーム【神】

文字数 2,333文字

「こ……こわいよぉ……もう帰りたいよぉ……」
 暗くなった森の中を一人の天使が震える足で進んでいる。夜の森だから怖いというのはわかる。だが、その天使の一歩は非常にゆっくりでかかるときは一歩に数分要するときがたまにある。なぜなら、その天使は極度の臆病なのだ。虫が飛んでいたり足元で音がするだけで勢いよく飛びあがり声をあげて泣いてしまうほどに。その臆病のせいで天軍入団試験に落ちてしまっているという過去がある。試験中、天使らしからぬ攻撃方法が一部の採用係の目に留まるも、その究極的なビビりのせいであえなく落ちるという実力はあるのだが……という様子。
「はぁ……早く……この旅を終わらせて……帰りたいです……はぁ」
 大きな木に腰を下ろし少し休憩を取る天使─レーリア。栗色の髪はきれいにフィッシュボーンで編まれツーテールにしてあり、新緑を思わせる機動力を重視した軽装にふかふかの帽子。そして背中からは大きな白い羽を生やしており、手には先端に透き通る青色に輝く宝石のついたロッドを持っている。
「……わたし、これは治るのかな……」
 これというのは、自分でも自覚のあるこの恐ろしいほどまでの臆病のこと。家族や友達からもこの臆病のことは言われているのだが、どうしても治せない。一人でいるのはもちろんだし、誰かといても何をしていいかわからずただ声と足がずっと震えている。無害なものが肩に触れただけで「きゃあああ!」と叫び、一緒に遊んでいた友達を置き去りにしてどこかに走っていってしまったことも数多くあり、その度に謝るということを繰り返していた。
「治らない……もしそうだったら……わたし……うぅうう」
 極度の疲労と不安が一気にレーリアにのしかかり、思わず目から涙が零れた。とそこへ、どこからともなくつぶらな瞳をした生物がレーリアにそっと寄り添った。
「ま……まるみ。わたし……ちょっと怖くなっちゃった……」
 まるみと呼ばれた不思議な生物は言葉を発さず、ただただレーリアに寄り添った。やがて我慢ができなくなったのか、レーリアはまるみをぎゅっと抱きしめながら声に出して泣き始めた。怖くて怖くて仕方がなかった。不安で不安で仕方がなかった。そんな恐怖を、このまるみは少しでも和らげようと寄り添ってくれたことがレーリアにとって何よりも癒しだった。
 そもそも、レーリアがこうして夜の森を歩いているのにはもちろんわけがある。それは、この臆病を治すためというものなのだが、それは果たして効果があるのかはいまいちわかっていない。唯一わかっていることは、

ことだった。外の世界をあまり知らないレーリアにとってはまさに気が抜けない状態がずっと続くのだから、それで臆病が治るとは……この旅を命じた人物はどういう意図だったのだろうか……。
 まるみをぎゅっと抱きしめてしばらく、不意に背後からがさりと音がした。その音に驚いたレーリアはまるみを抱きしめたまま垂直に飛び上がった。背筋をぴんと伸ばしたまま音がした方をじっと見つめるレーリア。待っていれば音の発生源がわかるかと思ったのだが、中々姿を見せなかった。
「だ……だだだだ誰ですか……そ、そそそそこにいるのは……わわわわわかってるんです」
 声も足も最大レベルで震えているレーリアは、こうするのが精いっぱいだった。声を発してからも何も進展のないことに更に不気味に感じたレーリアはそろぉりと足を動かして確認を試みた。足を持ち上げて大地に足がついたとき、うっかり小枝を踏んでしまいその音に驚いたレーリアの緊張感は暴走し、大きな声を発しながら手をかざした。
「いやぁああ! こここここ来ないでくださいーーーー!!!!」
 レーリアが手をかざすと、空中にいくつもの白い穴が開きそこから色々なものが物凄い速さで空を駆けた。花瓶、甲冑、ランタンなど武器とは呼べないものが飛んでいく様をレーリアは叫びながら見ていた。そしてその穴からは数多くのまるみも現れていた。さっきまでの可愛らしいつぶらな瞳をしていたときとは違い、目を見開きくわっと睨みをきかせ口を開いて威嚇をしていた。綺麗に生え揃った白く輝く歯は可愛らしい見た目に反し、少し不気味さを際立たせている。
「こここここっち来ないでぇええーー!!」
 ありとあらゆるものを召喚し、それをぶつけて攻撃する。これが、レーリアが天軍入団試験で行った攻撃方法だった。この方法は他の入団者には見られない珍しい攻撃方法だったため、一部の採用係の目に留まったのだ。その攻撃速度はごく普通の花瓶であっても石壁の城壁に大きな穴を穿てる程の威力だった。
「はぁ……はぁ……」
 パニックから落ち着いたのか、レーリアは大きく呼吸をしながら召喚を止めた。そしてまだ怖いという気持ちがあるなか、音がした箇所を調べると……。
「え……なにも……ない??」
 そこには大きな穴がいくつも空いた湿った大地しかなかった。ここまで大きな穴があると、何が発生源かわからなくなってしまうほどにぼこぼこに凹んでいた。
「ま……まさか気のせいだったってこと……??」
 あれだけ騒いだのに結局原因がなにかわからないとなると、レーリアはすとんと腰を落とした。緊張感が一気になくなったのかほっとしのかはわからないが、どことなくその表情は安心したように見えた。
「あ……あはははは。よかったぁ。何もなかったねぇ、まるみ。あは……あははははは……はぁ」
 安心したかのように見えた表情が一変がっくりと肩を落とし、ぼこぼこに凹んだ大地を見ながらぽつり。
「うぅ……早くおうちに帰りたいよぉ……」
 この旅に終わりがあるのかどうかはわからないが、レーリアは命じられた以上続けるしかできなかった。
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