チョコっと変わり種♪ふかふかどら焼き

文字数 4,840文字

 ある日、ギルドからの依頼を終えて帰ると郵便受けに一枚の手紙が入っていた。誰だろうと思い、封を開けると中から一枚の紅葉と二つ折りされた便箋が入っていた。達筆な字で「お話したいことがございます」と……。なんとなく送り主に検討はつくのだけど、お話とはいったいなんだろう……ぼくは首を傾げるも答えは出てこなかった。ほかに何かないか封筒の中を覗くと、真っ白い紙が入っていた。それも小さな人を象ったもので、ぼくがそれに触れるとかさかさと音を立てて動き出した。驚いた拍子に手から離れひらりひらりと舞いながら落ちていき、机の上で止まるとすっくと立ちぼくに手を振った。そしてその白い紙はてってと走りながら「こっちこっち」と手招きをする。部屋を出ていくのを見て、ぼくは急いで身支度を済ませてからすぐに白い紙を追いかけるため、扉を開ける。たくさんの人が行き交うギルドの中でもはっきり見えるのが幸いなのだが、それが逆の場合もあり得ると考えたぼくは、すぐに白い紙に追いつくと摘まみ上げてそっと手で隠す。指の隙間からひょこっと顔を出し、あっちあっちと示す方向へと向かうとギルドを抜け、橋を渡り深い森へと入っていった。
 どのくらい歩いたかな。ギルドを出たころはまだ日が高く昇ってたと思うけど、今はその光が届かないくら深い深い森の中を歩いている。段々と冷たい空気がぼくの頬を撫でて、そしてそのまま背中へと流れると思わずぶるりと体が震えた。指の間から顔を覗かせる白い紙は相変わらずこっちとさしているけど……何か目印はないかなと辺りを見回すと一瞬、遠くで何か灯りのようなものが見えた(気がする)。気のせいかもしれないと思って、目をこすってもう一回見てみるとやっぱり灯りのようなものが見えた。それも紙製の風船のようなものから赤い灯りが連なっていて、その先にはそれよりも赤い建物……なのかな。人がくぐれるような大きなはしごみたいなものがあった。それもずらりと並んでいてなんとも幻想的な光景だった。
 その大きなはしごのようなものをくぐっていくと、ぼくは眩い光に包まれた。その眩しさは数秒でなくなると、ぼくは恐る恐る目を開けた。するとそこには、さっきまでの光景が嘘のようだった。瑞々しい緑で囲まれていて、茶色い植物を乗せた屋根の家が点在し、土の中から顔を出しているたくさんの野菜たち……ここは一体。ぼくがいた世界ではまず見ない光景に頭の整理が追い付いてこないのか、ちょっとだけ眩暈を覚えた。頭を抱えていると、遠くから女性の声が聞こえた。次第にその声は近くなり、その声にぼくは顔をあげるとそこには手紙の主であろう人物─呉葉が嬉しそうに手を振ってぼくを迎えてくれた。艶やかなブドウ色の髪から左右に覗く角、赤と白の飾り模様の入った着物に、小さなふりふりのついた可愛らしい前掛けをしていた。ぼくは何をしていたのかと尋ねると、ほんの少しだけ頬を赤らめながら首を横に振った。なんだろうと思いながらもぼくは呉葉が住んでいるという家に案内された。
「紹介が遅れてしまい、申し訳ありません。ここは鬼の集落です。この子がいないと入れない結界を施しているので手紙の中に忍ばせていただきました」
 なるほど。この人型を持っていない人だと何も見えないけど、持っているとさっきの光景が見えるっていう仕掛けだったんだ。ぼくの指の隙間からするりと抜けた人型は呉葉に駆け寄り、ただいまと言わんばかりに頭を垂れた。呉葉も小さく頭を垂れてありがとうというと、さっきまで生き生きとしていた人型が急におとなしくなった。
「ちょっと疲れたみたいなので、少しの間休んでもらっています。またしばらくしたら動き出しますのでご安心ください」
 狭い封筒に入って、それから見知らぬ土地からここまでぼくを案内してくれた……そう思うと疲れてしまうのも当然か。ぼくは疲れて休んでいる人型に小さくお礼を言い、改めて呉葉の家を見渡した。
 草を編み込んで作った床(たたみっていうみたい)、ふかふかの敷物(これはざぶとん)、熱々の緑色の飲み物(りょくちゃっていう飲み物。ちょっと苦いけど美味しかった)。見るものすべてが新鮮でぼくは終始口を開け放しで見ていたかもしれない。ほかにも大きな石で作られた箱のようなもの(かまどっていって、食卓にはかかせないものだとか)や、窓際にある木製の腰掛(えんがわっていって、日向ぼっこをするには最適の場所って教えてくれた)などなど新しい発見がたくさんあった。ぼくはこの集落にきてまだ時間は経っていないが、とても興味が湧いた。あちこちに目を光らせていると、呉葉はぼくを見ながらくすくすと笑った。それにはっとしたぼくはなんだか恥ずかしい気持ちになり、俯いていると呉葉の周りにたくさんの人型が集まりぼくの頭を撫でてくれた。
「あら、この子たち。あなたのことが気に入ったみたい。うふふ」
 続々と現れる人型にちょっと驚いたけど、慣れるとなんだか可愛いと思えてきたぼくは人型の頭を優しく撫でてみた。するとくすぐったそうにしながらも喜んでいるようなそんな動きを見せてくれた。そこでぼくはあることを思い出した。話があるって手紙に書いてあったことを話すと、それはもう少ししたらお話しますと恥ずかしそうに答える呉葉。ますますどういったことかがわからないぼくはただ頷くことしかできなかった。
「これからお菓子を作るのですが……申し訳ありませんが縁側で待っててくれませんか?」
 さっき教えてくれた、日向ぼっこができる場所で待ってて欲しいといわれたぼくは、頷き太陽の光をいっぱいに浴びながら待つことにした。何を話すのかも楽しみだけど、呉葉が作るお菓子もとても楽しみだった。

「さて、ここまでは順調……ですよね?」
 扉を閉めて、一息着いてから呉葉はすぐにお菓子作りの準備にとりかかった。世界ではこの日を「ばれんたいん」といい、大切な人に「ちょこれーと」というお菓子をあげる習慣があるということを聞いたことがある。そこで呉葉はいつもお世話になっている人に思いを伝えるため、未だ使ったことのないちょこれーとを使ったお菓子作りを始めた。
「まずは……これを溶かすのですね……」
 人型が用意してくれた器にちょこれーとをぱきぱきと割って入れていく作業。ちょっと大きかったり細かくなってしまったものもあるが、それを今度はお湯で優しく溶かしていく工程へと移った。桶の中に沸騰したお湯を入れ、ちょこれーとを入れた器を浮かべながらゆっくりと熱を伝えていく。滑らかになったことを確認した呉葉は一旦そのままにした状態で、別のものの用意を始めた。
「生地にはこれと、これね。混ぜたらいいのかしら……」
 生地の材料の裏面に書いてある説明を確認しながら一つ一つ丁寧に混ぜ合わせ、それを熱した鉄の板に二つゆっくりと流しいれていく。生地の端が少し焦げてきたころを見計らい、勢いに任せてひっくり返す。するとこんがりとした焼き目がしっかりついていて、呉葉は思わず声に出して喜んだ。もう一枚も勢いに任せてひっくり返すと、一枚目と同じようなこんがりとしたきれない焼き目がついていた。
 両面がきれいに焼けたことを確認した呉葉は、一旦皿に移しさっき溶かしたちょこれーとを片面にたっぷりと塗り、その上には「ばにらあいす」という冷たくて甘い氷菓子をのせる。もう片方の生地にもちょこれーとを塗りばにらあいすの上に乗せれば完成。
「よかった……うまくできました」
 完成したお菓子を前に、呉葉はほっとしつつ喜んだ。嬉しいのはなにも呉葉だけではなかった。呉葉の周りで色々と補助をしてくれた人型たちもまるで自分のことのように喜んでいたのをみて、呉葉はますます嬉しくなった。
「手伝ってくれて本当にありがとう。おかげできれいにできました」
 転ばないよう慎重に受け取り先の元へと運ぶと、その人物は規則正しい寝息を立てていた。

 ぽかぽかした陽気が気持ちよくて、いつの間にか眠っていたみたい。目を覚ますと、ぼくのすぐ近くで呉葉が静かに座って待っていた。目をこすりながら謝ると、呉葉は嬉しそうに首を横に振りぼくの隣に腰を下ろした。一緒に縁側で空を飛んでいる鳥を眺めたり、野菜たちが顔を出している土地(はたけっていうみたい)に、鶏が餌をつついている光景を見たりとゆるりとした時間が流れていくのがわかった。普段、ギルドの仕事をこなしたり調べものをしたり、何もないときは部屋に籠っているという生活だったけど、こういう別世界のゆるりとした時間というのも中々いいのかもしれない。ぼくはこの世界が気に入りつつあった。
「はい。お待たせしました。これが、お話したかったことです」
 ふいに呉葉が声を発した。丸い受け皿で運ばれてきたのはさっきのりょくちゃと、呉葉が作ったお菓子というものだった。
「お口に合うといいのですが……」
 こんがりと焼けた生地の間に何かが挟まっているのが見えたぼくは、どきどきしながら一口かじった。甘くて冷たくて……ぱりぱりとした食感がなんとも楽しかった。ふんわりとした生地も適度に甘く中に挟まっているものを邪魔していないことに驚いた。
「よかった……お口に合わなかったらどうしようと心配してました……」
 ううん。とっても美味しいよ。ありがとう。ぼくは満面の笑顔で言うと、呉葉の顔が真っ赤に染まった。え、ぼくなにか変なこと言ったかな?? すぐに呉葉は首を横に振り、否定した。
「あ……あの。その、あなたに出会えて……その、よかったって思えるんです。こうして、のんびりした時間も、お菓子をふるまえることも……すべてはあなたに出会えたからなんです。だから、改めて言わせてください。お会いできて……本当に嬉しいです」
 ぼくも呉葉に会えて嬉しかった。こうして素敵な場所に招待してくれたことや、のんびりした時間、なによりもこうして呉葉と二人きりで話す機会が中々なかったから……嬉しさが倍増されているような気がして、ぼくは思わず笑った。それに釣られて呉葉もくすくすと笑った。

 気が付いたら山々の間に日が沈んでいた。もう間もなく夜の帳が降りる頃だと思うと、もうそろそろ帰らないといけないということだった。さすがにギルドに報告なしで部屋を開けるのは……思い悩んでいると、ぼくの目の前で呉葉がふわりと舞った。呉葉が扇子で空を撫でると紅葉が舞い、紅葉が舞うと人型に変わり、その人型が妖力を蓄える。やがて十分な妖力が蓄えられると、呉葉の足元に五角形の星が現れ白く発光する。白い光に照らされた呉葉はさっきまで見ていた呉葉とは違い、息を飲むほど美しかった。最後に扇子を閉じて白い光から出ると、呉葉は優しく微笑みながらお辞儀をした。
「遅くまで付き合わせてしまい、申し訳ございません。この陣の上であなた様の部屋を思い浮かべてくださいませ。すぐに転移ができるよう、強く念じておきました」
 白く光る星は、ぼくが乗るのをまだかまだかと待っているようで、耳元でうわんうわんと唸っていた。恐る恐る星の中央に立ち、ぼくの部屋を思い浮かべた。すると、足元が一段と白く光りそこだけ昼間のような明るさに包まれると、呉葉の姿がだんだんとその昼間に消えていってしまうように見えた。
「またいつでもお越しください。お待ちしております」
 深々とお辞儀をするところまで見たのを最後に、ぼくの意識は強い強い光に吸い込まれていった。

 気が付くと、そこは紛れもなくぼくの部屋だった。あの星の上に立っただけなのにと驚きつつも、ぼくは体に異常がないか調べていた。特にない……あれ、これは。ポケットから出てきたのはくしゃくしゃになった白い紙……でも、これはもしかして。くしゃくしゃになった紙を丁寧に広げていくと、それは呉葉が大事にしていたあの人型だった。そして広げ終わるのと同時に人型は嬉しそうにぴょんと跳ねた。その姿に、ぼくは嬉しくて小さく笑った。
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