こしあん溢れる! やわらかきんつば

文字数 3,584文字

 竜族の少年は真剣な眼差しで、夜空に浮かぶ小さな斑点を見ていた。力強く瞬くものもあれば、か細く瞬くものもある。それを両手に構えた天球儀と見比べて小さく頷いた。そそくさと天球儀をしまい、自分が活動する拠点へと戻り、星詠みの結果を団員に告げた。
「これより吉報の知らせだ! 自らの力を過信しなければという条件だが……いけるか?」

 おおー!  やってやろうじゃねぇかー!

 星詠みの少年の言葉に奮い立つ竜族の戦士たちは、各々得物を持ちどかどかと足音を出しながら戦場へと駆けていった。その後ろ姿をやれやれといった表情で見つめる少年─ヴァールハイト。彼は青の天球儀を取り出しくるくると回して見せながら鼻で息を漏らした。
「……よくもここまで星詠みができたもんだな……と、いっても……おれ一人の力じゃねぇけどな」
 ヴァールハイトはここまで星詠みが上達したとある人物のことを思い出した。


 ヴァールハイトが星詠みとしての能力を開花させたのは、軍に入る少し前だった。彼は父親から二対の天球儀を受け取った。天球儀にしては珍しく赤く燃える天球儀と、青く清涼な天球儀だった。それを手にした途端、ありとあらゆる知識が彼の頭の中へと直接流れ込むようになり、いつしかこの軍の中で一番の物知りとなった。しかし、物知りだけではこの軍を生き抜くことはできない。天球儀を扱うことはできても、戦いに関してはからっきしダメだったヴァールハイトは、何度も訓練施設長に怒られていた。それを悔しいと感じたヴァールハイトも何度も立ち上がり天球儀を用いて戦い方を学んでいった。
 ヴァールハイトの戦い方も他の戦士たちとは違い、天球儀から発する光によって相手を攻撃する。また、青の天球儀が光れば癒しまたは防御、赤の天球儀が光れば攻撃や士気を高める効果を発揮するといった具合にその場の状況に応じて使い分ける必要がある。その戦い方に慣れるまで時間を要したが、訓練を開始して数か月でようやく一人前の戦士として認められたヴァールハイトは周りの目を気にすることなく、大はしゃぎをしていた。
 しかし、ヴァールハイトにはまだ課せられたものがある。それは、父親から受け継いだ星を詠むという力を身に着けること。天球儀からの知識は頭に流れ込んではいるものの、実践を行わないことにはそれをものにすることはできない。そのため、厳しい訓練のあとは二対の天球儀を持って星詠みの訓練をしなければいけないのだ。当時、ヴァールハイトは戦闘訓練のみでぐったいりしていたため、夜の星読みの訓練が非常に苦痛でしかたなかった。しかし、ここで投げ出してしまえば、ここにいることはできなくなってしまう。そんなことになりたくないという思いで、疲れた体に鞭を打ちヴァールハイトは二対の天球儀を持ち星詠みの訓練へと出発した。

「こんなので占いなんてできるのかな……おやじってばそういうの信じるんだな……」
 青い天球儀を夜空に浮かべるよう持ちながら、その先を見つめるヴァールハイトにはどんな結果が出ているのかさっぱりだった。むしろ、今自分は何をしているんだろうと考えてしまっていた。これで行く末を視ることができる……なんだか嘘くさいなとぼやきながら、今度は赤い天球儀を夜空にかざした。すると、背後で聞きなれない落ち着いた声が聞こえた。
「ほぉ……双極の天球儀ですが……珍しいですね」
 はっとなり、振り返るとそこには長身の見慣れない衣服を着た男性が立っていた。少し眠そうな目でこちらを見ているが、その目からは敵意を感じなかったヴァールハイトは一瞬身構えたがすぐに解いた。
「び……びっくりしたじゃねぇか……あんた……いきなり声かけんなよ」
「申し訳ございません。つい、珍しい天球儀でしたので見入っててしまいました」
 自分とは正反対の口調にすっかり落ち着いたヴァールハイトは簡単な自己紹介をした。すると、長身の男性は深々とお辞儀をし、口を開いた。
「ぼくはアマツミカボシ。君と同じく、星を詠む人間さ」
「おれと……同じ?」
「ふむ……どうやら……君は天球儀を逆さに持っているようだ」
「んなっ!!!」
 言われるまで気が付かなったヴァールハイトの顔は一気に真っ赤になり、あたふたと暴れだした。その様子をくすっと笑いながら見ていたアマツミカボシは、ヴァールハイトに提案をした。
「もし、あなたがよろしければ……あなたの星詠みのお手伝いをさせていただけませんか?」
「はっ? お……おれの??」
「ええ。今晩見るこの星空は、ぼくも資料でしか見たことのない並びです。ぼくも資料に書いてあったことの復習も兼ねて……でもよければ」
「あ……ありがてぇ!」
 すっかり嬉しくなったヴァールハイトは、さっそく天球儀を逆さにし意識を集中させた。すると、さっきまではなんの反応も示さなかった天球儀が光りだしまるで夜空にかざせと言っているようだった。すぐに青の天球儀を夜空にかざすとそこから聞こえる星の声に耳を傾け、小さく頷くと今度は赤の天球儀をかざしまた星の声に耳を澄ませる。
「なんと……この星の並びを一瞬で解読してしまうとは……」
「……へ? そ、そうなのか? おれ、よくわかんねぇけど……」
「もしよろしければ、今の星の並びをどう解釈したかをお聞かせ願えますか?」
「え……えっとぉ……」
 さっきまでは控えめだったアマツミカボシが、今度はぐいぐいと迫る勢いで聞いてくるギャップに驚きながらも、ヴァールハイトは聞こえた星の声をそのまま伝えた。
「……なるほど。そういう解釈ですか。ぼくとは全く違う解釈ですが……これはまた面白い詠み方をしますね……勉強になります」
「あ……あれぇ? 本来、あんたから教わるはずだったんだけど……??」
「お互いが学習しあうというのも、これもまた必要ということです。ちなみに、ぼくはこのように詠みました」
 今度はアマツミカボシが詠んだ内容を告げると、ヴァールハイトは大きな声を出しながら頷いた。
「へぇー。こうも捉え方が違うと……星詠みっていうのは面白いな」
「ええ。詠み方は一つではないというところが面白いんです。なので、いつもはこうして一人で詠んでいるのですが……今日、あなたに会えたのは幸運です」
 心の底から微笑むアマツミカボシを見たヴァールハイトはなんだかむず痒くなり、頭をかきながらそっぽを向いた。しかし、アマツミカボシの言っていることにヴァールハイトも小さく頷いていた。
(おれだって……今日、疲れたからっていって星詠みをサボらなくてよかったぜ……)
「もしお時間がよろしければ、この数分後に訪れる珍しい並びについても意見交換をしたいのですが……如何でしょう」
「も……もちろん!」
 自分のことを理解してくる人がこんな身近にいるなんて……ヴァールハイトの胸は戦闘訓練をしているときよりも高鳴った。そして、いつしか二人は互いのことを理解しあえる仲となり、その日の星詠みは終わりを告げた。
「今日はとても有意義な時間をありがとうございます。またご一緒できる日を楽しみにしています」
「お……おれだって……今日は楽しかったぜ。色々教えてくれて……その、ありがとな」
「いえいえ。逆にこちらが教わることばかりでした。では、夜風にあたりすぎないようお気を付けください」
 小さく頭を下げ、アマツミカボシは去っていった。完全にアマツミカボシが見えなくなって、ヴァールハイトの気分は今まで以上に高揚ししばらく眠れそうになかった。星詠みの帰り道、天球儀の上下を何度も確認しながら歩いていると、目の前に走ってくる戦士たちが映った。
「帰りが遅いからどうしたかと……って、言ってる場合じゃない! 敵陣が攻めてきた!」
「それも相当な数だ。お前も今すぐ参加してくれ!」
「……ああ。任せな!」
 にやりと笑うヴァールハイトのその顔は、戦闘でも星詠みでもなんでもこいとばかりに自信に満ち溢れていた。早速、天球儀をかざし戦況を占い、それを胸に秘めながら今度は戦闘態勢へと切り替わり天球儀を高々と掲げる。
「この勝負は……おれたちの勝ち確だ! 味方の動きにあわせて動けば問題ねぇ!!」
「おおっ!! なんとも頼もしい……! 今すぐみんなに知らせるぞ!」

「……そういえば、あいつ……元気にしてるかな……」
 過去の出来事を思い出すついで、一緒に星詠みをしたあの人物が頭を過った。あれから一度も会っていないということもあり、少しばかり顔を合わせて話がしたいと思っていると、ヴァールハイトはすぐに天球儀を持って外へと飛び出した。今、味方は戦場に赴いているが……終わるまでに戻ってくれば問題ないと判断し、あの時一緒に星詠みをした場所へと向かった。少しひんやりした空気が頬をじんじんとさせることも気にせず走った先に、あの眠そうな長身の男性がこちらを見てにこりと笑っていた。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み