クラッカーキャンディー【竜】

文字数 2,266文字

「うーん……どうしようかなぁ……」
彼女─イーリスには悩みがあった。見た目は普通の女の子。パステルパープルのツインテールに太く逞しい竜尾。いつも元気なイーリスなのだが……今日は特に困ったことがあり悩んでいた。
「この手……どうやったら可愛くできるのかな……はぁ」
 そう。イーリスは普通より……いや、異常に大きい手だった。洋服は可愛いものが大好きで、自分の髪色と同じパレオが大のお気に入り。他にもアクセサリーや小物もとにかく可愛いと思ったものに目がないのである。しかし、どんなに可愛い洋服を着てもアクセサリーを身に着けてもどうしてもこの大きな手だけで全体を素っ気なくさせてしまう……気がしていたイーリスは頭を抱えて悩んでいた。
「うー……どうしたら……いいのかなぁ……こんな大きな手じゃ……はぁ……」
 大きな手には幾度となく悩まされていた分、どうしたら可愛くできるかという思いが強くなる。とにかく可愛くしたい……可愛く……。
「あ……そっか。その手があったかも!」
 イーリスは何か閃き、すぐに出かけた。

「ここならありそう。というか、絶対にある!」
 辿り着いた先は……なんと日用道具を販売しているお店だった。意気込んだ意気込んだイーリスは大容量のショッピングカートを二台、器用に操りながら店内を爆走した。開店したばかりが幸いしたのか、店内のはほとんどの人はおらず爆走を阻むものはなかった。ショッピングカートのキャスター部分からそろそろ煙が出そうなタイミングで欲しかったものの棚に到着し、自分が気に入った色のものを片っ端からカートに放り込んでいく。
「これも……これも! あぁ、これも可愛いからあり!!」
 カートはいっぱいになる一方、棚にあるものは綺麗になくなっていき開店してものの数分でその棚からはごっそり商品がなくなった。スキップしながらカートを操り、会計を済ませるとイーリスはそれらを抱きかかえるようにして持ち帰った。

「よっし! やってみるわよ」
 そういって始めたのは、ネイルデコレーションだった。自分の大きなコンプレックスだったところを最大のチャームポイントにしてしまおうというまさに逆転の発想だった。器用に筆を動かしながら思い思いにカラーリングしていく。そして、さっき買ったものとはペンキ缶だった。この大きさの手だから、それなりに消費してしまうことは明らかそしてちまちまなんてやってられないとの掛け算で生まれた結果だった。お店の人には申し訳ないと謝ったが、今は最高に楽しくて筆が止まらなかった。
「こうして……ラメも入れちゃえば……かーんせー!! めっちゃ可愛いじゃーん!」
 思い付きではあるものの、中々の出来栄えに嬉しく思ったイーリスは自分でデコレーションした爪を見つめながら、また何かを閃いた。同じようにおしゃれしたい人を呼んでデコレーションしちゃえばいいじゃんと。そうすればきっとハッピーになれるよね!!
「きっと、おしゃれしたいっていう人はいるはず! やってみよう!!」
 こうして思い付きで始めたネイルサロンの話は瞬く間に広がり、お店は大繁盛だった。イーリスのようになにかコンプレックスを抱えている人からただオシャレをしたい人までと様々ではあったが、中でもイーリスも驚いたことが先日あった。それはオープンしてすぐ現れた人物だった。二対の漆黒の翼にガーリーピンクの髪、高貴な雰囲気も持ちながらどこか邪悪さも感じる七罪の憤怒を司る─サタンが来店したのである。
「ここね。最近オープンしたサロンっていうのは」
「いらっしゃいませー!」
「あら、元気な店長ね。よろしく頼むわ♡」
「はい! どのようにしましょうか!」
「そうね……ちょっと派手にしてもらおうかしら」
「かしこまりましたー!」
 物怖じしないイーリスを気に入ったのか、サタンは終始ごきげんで施術を受けていた。時折サタンは鼻歌を歌いだし、それを聞いたイーリスは嬉しくなり施術に力が入った。
「お待たせしました! いかがでしょう!」
 出来上がったネイルをじっくりと見たサタンは、気に入ったのかイーリスに軽くウインクをして上出来ねと評した。
「ありがとーございます!」
「また来るわね♡」
 手をひらひらとさせながら店を後にしたサタンを見送り、イーリスはやってよかったなぁと心の底から思った。後日、ネイルサロン休日にそのことを友人に話すと、そこで初めてサタンだということに気が付いた。そんなサタンが気に入ってくれたのだから、もっと頑張らないとと奮起したイーリスは友人に無理を言い、ネイルで使う資材調達に協力してくれないかと頼んだ。最初は嫌がっていた友人も、やがてイーリスの熱意に負けたのか条件付きで手伝ってくれることになった。
「それで、条件ってなに?」
「その、サタンと一緒のネイルにして欲しいな」
「おっけー! その前に資材調達からね!」
「約束、守ってよ?」
「もちろん! さぁ、張り切っていこー!」
 イーリスは友人を連れて、あの日用道具を販売しているお店へと突撃していった。ちょっと迷惑そうに思っていた友人も、イーリスの楽しそうな顔を見て次第に自分も楽しくなってきたのか一緒にはしゃぐようになった。そして、友人のアイデアを取り入れてもっと可愛くできることを知ったイーリスのテンションは今までにないくらいに膨れ上がり、抑えられない状態だった。
「じゃあ、その気持ちをあたしのネイルにぶつけてよ」
「もちろん! 完成が楽しみだなぁ!!」
 今日もペンキ売り場をすっからかんにしたイーリスは、いつも以上にごきげんだった。
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