ふわふわハッピー☆デコレーションショートケーキ

文字数 6,926文字

 クリスマス。それは一年に一度しかない特別な日。お互いの友情を称えあったり、家族で食卓を囲んだり、または愛を囁きあったりと……人の数だけ過ごし方はある。
 そしてそれはここ、ネーデルラントという国においても例外ではない。王宮前広場には大きなモミの木が植えられており、プレゼントや靴下、お菓子を模したオーナメントが飾られている。夜には周りの安全に配慮したうえで小さなろうそくを付けてクリスマスムードを盛り上げている。待ち合わせにも最適ともあり、王宮前広場はいつもたくさんの人で賑わっていた。その様子を用事を終えた馬車の中で見つめている一人の少女がいた。
 クリムヒルト。この国の王子の妃でもある彼女は今、馬車の内側からたくさんの人で賑わっている王宮前広場をじっと眺めていた。目の前を流れていくその光景を少し羨ましがっているようにも見えるのだが、いけないとばかりに頭を振り今は用事のことだけを考えるように切り替えた。
「どうした? クリム」
「えっ……な、なんでもないわよ」
 挙動がおかしいと感じたのか、隣に座っている銀髪赤眼の青年─ジークフリート(この国の王子)はクリムヒルトに声をかけた。その声に更に挙動がおかしくなるも、クリムヒルトは何でもないと連呼。まぁ、本人が何でもないと言っているからいいかと心の中で思ったジークフリートは頬杖をつきながら窓の外を眺める。外では子供たちが元気に駆け回っている様子が見て取れ、ジークフリートは今日も国が安全であることに胸を撫で下ろしていた。
 やがて馬車は王宮の中へと進み、特定の場所で停車をする。安全に止めたことを確認した馭者(ぎょしゃ・馬車を操縦する人)は、即席の段差を用意し王子たちが安全に馬車から降車できるように手配をし終え、こつこつと扉をノックをしてから乗車席の扉を静かに開けた。段差を使い馬車から降車した二人は馭者に感謝の意を述べ、すぐに王妃が待つ玉座へと向かった。王宮の扉が開かれると、まず目を引くのは真っ赤な絨毯だった。皴や綿埃一つないきれいな一本道を作っているこの絨毯はこの王宮のシンボルとして代々受け継がれている。玉座へとまっすぐ続く絨毯を進んでいくと、壁の側面にたくさんの盾が飾られておりそのどれにも竜を思わせる刻印がされていた。クリムヒルトがここに初めて来たとき、その理由をジークフリートに尋ねたことがあるのだが……理由はなんだったかまでは覚えていなかった。
 玉座の前では使用人がすでに待ち構えており、二人の顔を見るやすぐに扉の取っ手に手をかけていて、いつでも開ける準備をしていた。まもなく入ろうとする瞬間、扉が同時に開き二人の足は止まることなく玉座へと向かうことができた。扉の先で優雅に佇むのはこの国の王妃でありジークフリートの母でもあるジークリンテ。優しく包み込むような笑みの向こうにはどこか豪快さを感じさせる雰囲気を持った女性だと周りの騎士たちは口を揃えてそう言う。優しい、だけどどこか厳しくても最後は褒めてくれる。そんな不思議な魅力に騎士たちだけではなく、この国の住民すべてが気づき、愛している。
「おかえりなさい。ジーク、クリム。早速でも申し訳ないけど、報告をお願いできるかしら」
「はい」
「はっ、はい」
 用事というのは、僻地にて強盗の被害が出ているというので周辺住民への聞き込みと状況の確認を行った。ジークフリートたちが到着した際、偶然にもその一派と遭遇し聞き込みを行い全て掃討することができた。ジークフリートは主に掃討、クリムヒルトは周辺住民の安全の確保と役割はばっちりだったのが、クリムヒルトが誘導している最中に背後から強盗に襲われるという事態になるも、クリムヒルトはすぐに腰から剣を抜き応戦した。
「……本気でいくわよ?」
 剣術に心得のあるクリムヒルトの前では、一端の強盗たちは適うはずもなくものの数秒で片が付いてしまった。その鮮やかな剣捌きに周辺住民は身の危険を忘れて魅入ってしまったという話もあったが、それは省き必要な部分だけをすべて報告し、今回の任務はこれで以上と締めるとジークリンテはご苦労様と一言。
「強盗に襲われたと聞いて一瞬ひやりとしたけど、何事もなくてよかったわ。クリム、今日もジークの任務に付き合ってもらってありがとう」
「い、いえ……その……」
「うふふ。二人とも、お疲れ様。しばらくは特になにもなさそうだから、ゆっくりしてちょうだい」
「「はい」」
 二人はお辞儀をし、玉座を後にした。王宮の外へと出た二人はまず思い切り背伸びをして緊張感を思い切り開放させた。
「あー。終わったわね……一時はどうなるかと思ったけど、何とか解決してよかったわね」
「ああ。お前に剣術の心得があって本当によかった。ありがとう、クリム」
「あ……う、うん」
 迷いのないジークフリートの言葉に思わず頬を赤らめる。こうもまっすぐに感謝をされると心の準備というかなんというか、クリムヒルトは思わずジークフリートに背を向ける。
「ね……ねぇ。ジーク。ちょっと聞きたいことがあるんだけど……」
 まだ頬の火照りが収まらないクリムヒルトであったが、少し気になっていたことがあるのを思い出し、話を切り出した。
「ん? なんだ」
「そ……その。今度さ、記念日があるじゃん……その……特別な」
「記念日……?」
 記念日という言葉に首を傾げるジークフリート。何かあったか必死に思い出してみるも、あれは違うこれも違うとぶつぶつと独り言が増えていき、思い当たる一つの答えを口にした。
「そうだ。お前の誕生日だ」
「……っ! そ、そうだけど……なんか違う……!」
「違うのか……あとは……」
「ほら、さっき馬車の外から何か見えなかった?」
「馬車からか……あぁ、確かに見えたな」
「でしょ!」
「今日も国が平和だということがわかった」
「っ……!! もうっ! なんでわからないのよ! ジークのバカ! バカバカ!」
 求めていた答えが一つも返ってこなかったことにクリムヒルトの感情は爆発し、さっきとは違うことで頬を真っ赤にしたまま王宮を出て行ってしまった。残されたジークフリートはなぜ自分が怒られたのかがさっぱりわからないまま、まだ首を捻っていた。
「クリムの奴……なんであそこまで怒ったんだ?」
「あーあ。クリムを怒らせちゃったか。でもまぁ、わたしが同じ立場でも怒るかな」
「……母上」
 柱の陰から一部始終を見ていたジークリンテは、はぁと小さなため息を付き今は母親の顔として息子に意見をした。
「あなた、クリムが言いたいことを理解していないでしょ?」
「……? なんのことだ?」
「……我が息子ながら、ここまで鈍感とはね。先が思いやられるわ」
「……?」
 未だにクリムヒルトを怒らせてしまった理由を理解していないジークフリートに、母親のジークリンテは付け加えた。
「さっきの用事に行くときや帰るとき、クリムに何か変化はなかった?」
 ジークリンテの問いに、馬車の中での出来事を思い出し始めるジークフリート。うーんと唸り、しばらくしてあっと声を上げいつもと違うクリムヒルトの様子を口に出した。
「そういえば、ずっと窓の外を見ていた。いつもなら窓の外は見ないで真正面を見ているのに」
「そう。じゃあ、次。窓の外には何があったかしら? さっき、あなたが言ったことは論外だけど……ほかに何が見えたか覚えてる?」
「ろ、論外だと……。そういえば、子供が嬉しそうに走り回っていたな……手に何かを持って」
「その何かを見た周辺には何があったかを思い出してみれば……自ずと答えは出るんじゃないかしら? わたしからのヒントはここまで。あとはあなたがどうしたかを行動に移せばいいだけよ」
「は、母上!」
 手をひらひらとさせながら王宮へと帰っていく母親の背中を見ながら、更に迷うジークフリート。ばたんという音とともにジークフリートは歯ぎしりをし、ここ一番真剣に悩んだ。
「くっ……オレは……一体どうすれば……」
 頭を抱えてしばらく。ジークフリートは何か思ったのか、街の方へと向かっていたのを窓ガラス越しに確認したジークリンテ。
「さて、あなたの答えは正しいのかしら……少しだけ確認させてもらうわね」
 騎士たちにわがままを言って、少しの時間留守にする旨を伝えた母親はとある場所へと向かった。間違っていなければ……の話だが。

「まったくもう。なんでジークってばあんなに鈍感なのかしら……もう……」
 怒りが収まらないクリムヒルトは王宮広場から少し離れたバザーで買い物を終え、休憩していた。お店の人にすすめてもらったデザートがあまりにも美味しくてつい何度も購入してしまっている。やがてそのデザートの効果か否か、冷静さを取り戻してきたのだが怒りが収まった途端に寂しさがクリムヒルトを包み、目頭が少しだけ熱くなった。
「なんでだろ……なんで嬉しいのに……悲しいのかしら……はぁ……」
 目頭を袖で抑え、涙が落ちないようにするも次第にあふれてくる悲しさが悪戯に溢れ、涙が止まらなくなった。
「……っ……ーク……気付いてよ……ねぇ」
「あーあ。あの子ったら、こんな可愛い子を泣かせるなんてねぇ……」
 突然聞こえた声にはっとし、顔を上げるとそこにはさっき玉座で対面したジークリンテが立っていた。クリムヒルトの顔を見ると、にこっと笑いゆっくりと近付いてくる。
「え……あ、お、お母様……?」
「奇遇ね。どうしたの? そんな悲しい顔して。よかったら話を聞かせてくれないかしら。同じ女の子なんだし……ね?」
 さっきまでの豪快さではなく、今はどちらかといえば優しくてお姉さんのような存在なジークフリートの母親にさっきあったことを話した。すると、ジークリンテはちょっと大げさにああと嘆き、息子に代わって謝っておくわねと前置きをしてから優しい口調で話をした。
「あの子、本当にその辺は鈍感なのよね。母親のわたしからしてもそれは見ててわかるわ。でもね、あの子に悪気は一切ないの。悪気はないんだけど……ね。だから……少しだけあの子を放っておいてもいいかもしれないわ。そうしたら、きっとあの子から来ると思うから……ね?」
「来る……でしょうか……ジークは……」
「うん。来るわ。母親であるわたしが言うんですもの。安心なさい。それじゃね」
 ジークリンテはクリムヒルトの頭を優しく撫でると、王宮へと向かって歩き出した。その姿をクリムヒルトはただ黙って見ることしかできなかった。

 次第に辺りは夜の帳が下り、街には明かりがぽつぽつと灯り始めた。普段、夜の街に出ることが少ない為、昼間とは違う光景にクリムヒルトは胸がときめくのを感じていた。国の集合場所でもあるモミの木の下では昼間と変わらず、たくさんの人で賑わっていた。時間帯によっては昼間よりも多いのかもと思ったクリムヒルトは賑わっている方へと誘われるように歩くと、間近でみるモミの木の大きさに感嘆の声を漏らす。
「わぁ……きれい」
 間近で見るオーナメントはどれも可愛くてきれいで……思わず手に取ってしまいそうな衝動を抑えながら、見ていると国の役員が小さなろうそくをモミの木に飾り始めた。どれも火がモミの木に燃え移らないよう特殊な加工をしているので、安心して見ることができた。その光景はとても幻想的でまるでおとぎの国にきてしまったかのような錯覚を覚えるほどだった。終始、その幻想的な光景を見ていると、背後から聞きなれた声が聞こえた。
「クリム……こんなところにいたのか。探したぞ」
「じ……ジーク? ジークこそなんでここに? というか、探していたってどういう……っくし」
「寒いのか……ちょっと待ってろ」
 ジークフリートは袋からなにやら取り出し、それをクリムヒルトにかけた。少し重みはあるがかけられた瞬間から体がぽかぽかと暖かくなってきた。それは毛皮をたっぷりと使ったコートだった。コートとジークフリートを交互に見ながら混乱するクリムヒルトはなんて言えばいいか迷ってしまう。
「ジー……ク?」
「どうした? まだ寒いのか?」
「い、いや。そういうことじゃないんだけど……さ」
「?」
 しばらく無言の時間が過ぎるも、ジークフリートはクリムヒルトから離れず、一緒に飾り付けられたモミの木を見ていた。吐く息が段々白さを増した頃、ジークフリートは近くの喫茶店へと誘うと少し待っていてくれと言い、店内で飲み物を購入し先に店内の椅子に腰を下ろして待っているクリムヒルトのもとへと運んできた。
「熱いから火傷するなよ」
「わ……わかってるわよ。ふぅーふぅ……っち!」
 運ばれたホットチョコレートを冷まして飲もうと息を吹きかけるも、冷め切らなかった液体はクリムヒルトの舌に軽い火傷を負わせた。
「だから気をつけろと言ったのに……」
「わかってたけど……だめだったのよ……」
 それから何度も息を吹きかけ、飲み頃になったホットチョコレートを口にしたクリムヒルトははぁと満足そうに息を漏らした。
「……おいしい」
「それはよかった」
 表情一つ変えないジークフリートだとは知っていても、こうも表情が変わらないものかとクリムヒルトは思ったが口にせず、代わりにクリムヒルトは怒鳴って出て行った出来事について詫びた。
「ジーク。その……あの時、怒鳴って出て行って……ごめんね。その……怒ってる?」
「……? なんでオレが怒らないといけないんだ?」
「だって……あたし、ジークを困らせたんだし……その……ごめんなさい」
「いや……。お前は何も悪くない。お前の気持ちに気が付けなかったオレが悪い。すまなかった」
「え……ジーク。どうしたの……?」
「お前が出て行ってからずっと考えていたんだ。どうしたらよかったのかを……。しばらく考えていたら、やっとたどり着くことができた……。お前をもう少し早く見つけることができたらお前に寒い思いをさせずに済んだのかと思うと……」
「ちょ……ちょっとジーク。どうしたのよ。さっきから様子がおかしいわよ?」
 それでも話し続けるジークフリートに様子がおかしいと感じながらも、頬から伝わる熱におたおたするクリムヒルト。ジークフリートはポケットから小箱を取り出し、クリムヒルトにそっと手渡した。
「え……ジーク。これ……」
「オレからのプレゼントだ。受け取ってくれると嬉しいんだが……」
「う……受け取るにきまってるでしょ……そんなこと言われて受け取らないはずがないでしょ……あ……」
 きれいに結ばれたリボンを解き、箱の中から出てきたのは小さなペンダントだった。それもクリムヒルトの誕生月であるラピスラズリがペンダントトップで輝くものだった。
「これ……あたしの誕生石。覚えててくれたんだ……」
「あ……ま、まぁな」
「ありがとジーク。ね、付けてもいい?」
「もちろんだ」
 箱から取り出し、身に着けようとするもフックが中々ひっかかってくれないため何度も接続部分が空を切る。苦戦しているクリムヒルトを見てジークフリートは背後に立ち、なんなく接続させる。そのさり気なさに思わずクリムヒルトの胸が小さく跳ねる。
「これでどうだ」
「あ……ありがとジーク。うん……とってもきれい」
 クリムヒルトの胸元で小さく瞬く誕生石に、二人はしばし言葉を忘れて魅入っていた。とそこへ、同じ店内にいた少年が外を指さしなにやら喜んでいた。その声に反応し二人は窓の外を見ると白い何かが降っていた。それを見た人々は喜びながら空を仰いでいる様子に二人はある可能性を口にした。
「これ……もしかして……雪?」
「なのかもしれん。確認してみよう」
 二人もその真意を確認すべく、店の外へと出た。出るとさっきよりも冷たい空気が顔を撫でるのと同時に、鼻の頭に落ちてきた白い妖精が挨拶をしたかと思えばすぐにいなくなってしまった。いなくなってしまったかと思えば、空から次々と白い妖精が舞い降りてくる様子を二人は白い息を吐きながら見上げていた。
「……わぁ。見てジーク。やっぱり雪だ!」
「あぁ。雪を見るのも久しいな……」
「ねぇねぇ。雪、積もるかな。積もったら雪だるま作りたいな」
「どうだろうな。そこまで積もるとは思えないが……積もったらそれを作るのもいいな」
「やったぁ!」
 すっかり機嫌がよくなったクリムヒルトを見て、ジークフリートは自分なりの答えを見つけることができた。これも母親の助言があったからこそなのかもしれないが……にしても、結果は御覧の通り。愛する者の喜ぶ顔が見れたことにジークフリートも心から笑うことができた。
「ねぇ、ジーク」
「ん? なんだ? クリム」
「素敵なクリスマスプレゼントをありがと! 大好きだよ!」
 満面の笑顔に乗せられた予期せぬ発言に、今度はジークフリートの頬が赤く染まる。そういった経験が浅いジークフリートは狼狽え始め、それを見たクリムヒルトは珍しいこともあるのねと冷やかしていた。必死に否定をしてもそれを信じてくれずにはいはいと軽く受け流されているやりとりを物陰から見守る一人の女性がいるのを二人は気付いていない。
「全く……世話が焼ける息子だよ」
 その女性は足音をたてないように王宮の方へと続く裏道へと消えていった。
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