2つで1つ!濃厚ショコラとさっぱりミルクのブラウニー

文字数 3,260文字

 クリスマス。一年に一度しかないこの行事に頭を抱えている一人の少女─ブランがいた。おしとやかで物腰の柔らかい彼女には双子の姉─ノワがいる。ノワはどちらかといえば活発的でまるで子供のようにはしゃぐ姿が印象的な少女だ。そんな姉にクリスマスプレゼントは何がいいかを本気で考えていたのだ。花は昨年、ブレスレットは一昨年とあれこれ思いつくも殆どが既出物ばかりなので、ブランにしては珍しく声を出して悩んでいる姿に、同居しているノワも困惑した表情をしていた。
「……どうしたの? ブラン。そんなに思い詰めて……」
「な……なんでもないわ……。うん」
「……なんでもないなら、そんなに唸ったりしないわよ……」
「あ……うーん。ちょっと散歩に行ってくる」
「ちょっと! 外は寒いから上着を……って……行っちゃった。ったく、話くらい聞いていきなさいよ」
 ノワが止めるのを聞かずに、ブランは雪が舞う街へと言ってしまった。悩みがあれば聞くのにとつぶやきながら、ノワは自室へと戻り何かの作業の続きを開始した。

「……勢いで出てきちゃったけど……どうしましょう」
 粉雪が舞う中を一人、ブランは歩いていた。いい気分転換になるかもと思って出てみたものの、考えは少し甘かったようだ。気分転換ついでにお店を見て回りながら考えようとしたのだが、どこもお店が閉まっていてプレゼントに対してのアイデアを練ることができなかった。仕方なく、唯一開いていた喫茶店で温まりながら考えようと思い、店のドアチャイムを鳴らした。
「いらっしゃい。今日は寒いわね。好きな席どうぞ」
 細くピンとした耳に、栗色の豊かな髪。ふわりとした笑みを浮かべるのはこの喫茶店を切り盛りするルゥフィリア。まるで山小屋のようなつくりはちょっとした異国の風を感じられることもあり、ブランは何かあったときはこの店でのんびりするのがお気に入りだった。
 初めてこの店に来た時、子供の面倒を見ながら喫茶店を開いていると聞いたときは驚いたが、それはヴォルフがいるから大丈夫なのよと笑いながら話してくれたのを思い出した。ちなみにヴォルフというのは、オオカミではあるものの、ルゥフィリアの子供たちの面倒を見てくれる人物の名前だそう。まだ実際には見たことがないがとても優しい人物だということが想像できたブランはなんだか気持ちがほっこりとした。
「すみません……ホットコーヒーお願いします」
「はい! 少々お待ちくださいね!」
 元気よく注文に応じたルゥフィリアは、挽きたてのコーヒー豆をたっぷりとフィルターに入れて熱々のお湯をゆっくりと回し入れた。湯気から漂う香ばしさがブランの表情を柔らかくさせているのを見たルゥフィリアも思わず笑顔になる。注文を受けて数分後、大きなマグカップになみなみと注がれた黒い液体をブランの元へと運んでくるルゥフィリアはどこか嬉しそうで、その表情を見たブランもつられて柔らかく笑む。
「お待たせ! たっぷりサイズで用意したわよ!」
 ルゥフィリアは大きなマグカップの横にミルクを添え、ごゆっくりと言いながらカウンターキッチンへと戻っていく。ブランは運ばれた黒い液体から漂う香りを楽しんだ後、ミルクをゆっくりと流し入れた。段々とスイートブラウンの色に変化していく様を今度は目で楽しんだあとは少し冷ましながら一口すする。苦味の中にあるコクやほんのり感じる甘さにブランの気持ちはゆっくりと解れていった。
「はぁ……おいしい」
「よかったぁ。新しくブレンドしてみたんだけど、お口にあったみたいで」
 ルゥフィリアも嬉しそうに笑うと、寂しげに窓の外を見ているブランが気になったのか、自分にもコーヒーを淹れてブランが座っている席の隣に腰かけた。
「なにか……悩んでいるの?」
「……はい」
「あたしでよかったら……だけど?」
「お願いしてもいいですか?」
「もちろんよ! なんでも話してちょうだい」
 胸をどんと叩くルゥフィリアを見て、少し安心したブランはクリスマスプレゼントのことについて打ち明けた。ルゥフィリアは口を挟むことなく、ただじっとブランの話に耳を傾けていた。たっぷりと注がれていたはずの黒い液体も、相談が終わるころには空っぽになっていてルゥフィリアは追加でブランのマグカップに静かに注いだ。両手でマグカップを持ち、湯気の先を見つめるブランにルゥフィリアは大丈夫よと元気な声を出した。
「それだけあなたが真剣に悩んだということは、悩んだ分素敵な贈り物にきっと出会えるわ。だから、そんな悲しい顔しないで? ね?」
「……はい」
「それに、仲良しのお姉さんに贈るんですもの。きっと思いは通じるわよ!」
「ありがとうございます」
「いえいえ。あ、これサービスしちゃうわ」
 そういって持ってきたのは野菜をたっぷりと使ったキッシュだった。なんでもルゥフィリアの家で獲れた野菜を使っているのだとか。味付けもとても優しく、まるでお母さんのような温もりにブランは元気づけられた。
「ごちそうさまです。もう大丈夫です。プレゼントも決まりました」
「そう! それはよかったわ! またいつでも遊びにきてね!」
「はい。では、失礼します」
「はぁい!」
 今の自分でもできるものといえば……と考えればなんてことはなかった。答えはそんなに難しくなかったことを思うと、ブランは悩んでいた自分に少しだけ苛立ちながらも解決策が見つかった今は、それよりもすっきりとした表情が勝っていた。

 クリスマス当日。ようやく自分が思い描いていた贈り物が完成すると、ブランはそれを大事に小箱に入れて丁寧にリボンをかけた。メッセージカードにノワの名前を記入すれば、準備万端だ。それを持ってさっそくノワの部屋を叩くも反応はなく、代わりに扉の下に書置きがあった。
─今日は少し遅くなるかもしれない。時間になってもあたしが帰ってこなかったら先に休んでて─
 直接渡せるかがわからない状況に、ブランの表情は少し曇るも、それでもノワの帰りを待つことにした。せっかくなら直接渡して喜ぶ顔がみたいし……とブランは思っていたときだった。持っていたプレゼントが風もないのに宙を舞い、何かに吸い込まれていった。
「あ! わたしのプレゼントが!」
「安心してほしいのです! これをあなたの大事な人にちゃんとプレゼントします!」
 聞きなれない声に戸惑うブランに対し、無垢な返答をする見慣れない人物が窓の外から手を振っていた。まるで純度の高い氷のような肌、冷たくも優しいアイスブルーの髪色。そして、その人物の周りをひらひらと髪色と同じ蝶が舞う。
「驚かせてすみません。わたしはティターニアといいます。あなたの大事な思い、わたしに届けさせてくださいな!」
「ティターニアって……妖精の女王がなんで……」
「今日は不思議な力でみんなのサンタさんなのです! あ、忘れてました!あなたへのプレゼントもあります。はい、どうぞ! 受け取ってくださいな!」
 プレゼントを渡しているはずなのに、ティターニアと名乗る人物はなんでここまで嬉しそうな笑顔をしているのだろうとブランは不思議に思った。まるで自分のことのかのように喜んでいる様子に少し戸惑いながらもプレゼントを受け取る。リボンの結び目にはメッセージカードが付いていて少し乱暴に「ブランへ」と書かれていた。
「あなたが受け取ったときの気持ち、今度お話を聞かせてくださいな! わたしにとって、それが最高のクリスマスプレゼントです!」
 手を振り、ティターニアは空を飛ぶそりに乗って次の目的地へと飛んでいった。やがて見えなくなり、あたりはまた静寂を取り戻した。さっそくブランはリボンを解き中を見て小さく笑った
「……やっぱり姉妹ですね」
 そこにはノワを思わせる黒いリボンを付けた髪飾りがあった。そして、自分もノワに贈ったプレゼントは白いリボンを付けた髪飾り。お互いがお互いを思った素敵な贈り物に、ブランはただ微笑みながら姉であるノワの帰りを待った。どんなに待ってもいい。今はノワの帰りが待ち遠しくて仕方がなかった。
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