薄桃のひなあられ【竜】

文字数 2,907文字

「ひな……まつり。ですか?」
「そうだよ。ハインリーネちゃんが主役のお祭りがあるんだよ。ぜひ遊びにきてよ」
「ありがとうございます。ブレイザーたちにも聞いてみますね」
 いつも雑貨などを購入している店主から言われたひな祭りという聞きなれない言葉。店主に詳しく聞いてみようにも女の子が主役のお祭りとしか答えてくれなくて、もしかしたら相棒の蒼竜─ブレイザーなら知っているかもと思い、ハインリーネは店主にお礼を言ってから店を出た。
 ハインリーネの出生は少し変わっていて、幼い頃を竜と共に過ごしたという。そしてその竜とは意思を通わせ、今も一緒に過ごし家族同然いやそれ以上だと彼女は言っている。はきはきとしたしゃべりや元気の出る笑顔、なにか緊急時には意思を通わせた竜の背に乗り戦う姿は勇ましいんだとか。
「お待たせブレイザー。さ、帰りましょうか」
 所定の位置で大人しく待っているブレイザー。今は近所の子供たちにも人気で、お腹や背中を触られていた。ブレイザーは嫌な素振りをみせることなく子供たちと時を過ごしていたようで、ハインリーネはその様子を嬉しく思った。
「お姉ちゃん。お帰り。もう帰っちゃうの」
「またブレイザーと一緒にくる?」
 子供たちはまだブレイザーと遊び足りないのか、その口は少し不満そうに尖らせていた。そんな子供たちを優しくなだめ、また来ることを約束すると子供たちは安心したのか手を振って帰っていった。ハインリーネは子供たちが見えなくなるまでそれに応えると、ブレイザーに微笑んだ。
「ブレイザー。よかったですね」
 言葉を発することはできないけど、なんとなく言いたいことはわかる。ブレイザーの気持ちを受け、ハインリーネはブレイザーの背に乗り、自宅へと帰っていった。その帰り道に、ハインリーネは店主が言っていたあのお祭りについて聞いてみた。
「ねぇ、ブレイザー。ひなまつりって知ってる?」
「……」
「そっかぁ。さっき、お買い物したお店のご主人が言っていたの。女の子が主役のお祭りって」
「……」
「……うん。ちょっと気になってね。どんな催しなのか……」
「え? いいのですか? ありがとう! ブレイザー!」
「……」
 ほんの少し肌寒い風を切りながら、ハインリーネはひな祭りに参加してもよいとブレイザーに言われのは余程嬉しかったのか、両手を挙げて喜んでいた。

「あ、ハインリーネちゃん。いらっしゃい」
「こんにちは。今日はひな祭りに参加するために来ました」
「おお! ありがとう! それじゃあ、早速だけど異国から仕入れたこの衣装に着替えてもらえるかい」
「はい! ……結構重たいのですね」
 店主から衣装を受け取ったハインリーネは、率直な感想を漏らした。普段、やや重めの装備を着けて動いているハインリーネでもその重さはまた別らしく、手渡された衣装に着替えるのに相当の時間を要した。お店の人もに手伝ってもらい、なんとか着ることはできたのだが……。
「う……動きにくいですね」
 異国から仕入れたという衣装─十二単という彩色が鮮やかな反面、幾重にも重ねられた布地は非常に重く、何気ない動作でもいつも以上に時間がかかってしまうというものだった。
「お……重たい……ですけど、とってもきれいですね」
 ゆっくりと体を捻り、鏡に映る十二単に感嘆の声を漏らしていると店の外から体をびりびりと震わせる声が聞こえた。何事かと様子を見に行きたいハインリーネだが、衣装の重みで中々思うように体を動かせない。一歩また一歩と扉に近付きあともう少しで外の様子が見えると思ったとき、扉から何かがにゅっと飛び出した。それは、相棒であるブレイザーの顔だった
「ぶ、ブレイザー。どうしたのですか」
「……」
「どうやらハインリーネちゃんが中々お店から出てこなくて心配してたみたいでさ。何度もちらちらこっち見てたよ」
「そうだったのですか。心配させてごめんなさい。ブレイザー」
「……」
 ブレイザーの頬を優しく撫でながらハインリーネは謝罪をした。撫でながらハインリーネは何かを思いついたのか、店主に近付きなにやらごにょごにょと話した。すると、店主は少し悩みながらも大きく首を縦に動かすと店の奥へと消えていった。
「ふふっ。ブレイザーもちょっと待っててね」
「……」
 ブレイザーは一体なにがあるのかと言いたげに喉をぐるると鳴らすと、いつもとは違う装いのハインリーネにそっと寄り添った。
「おーい。お待たせー」
 店の奥から店主の声が響き、遅れて額に汗を浮かべながらきれいに折りたたまれた青色の衣装を持ってきた。それをブレイザーの前で広げると、ブレイザーは目を丸くして首を傾げた。
「まぁ、これってブレイザー用の衣装じゃないかしら?」
「……」
「そうそう。前にブレイザー用の装備を作ったときにサイズを計測しただろ? それを元にこっそり作っておいたのさ。この日のためにね」
「まぁ……ね、ブレイザー。さっそく着てみてくれませんか?」
「……」
 ブレイザーはハインリーネと店主たちの手伝ってもらい、ゆっくりゆっくりとではあるがこの日のための衣装を着付けていった。ハインリーネも店主たちも汗をかきながら着付けたその姿は、なんとも凛々しく勇ましいものだった。
「ブレイザー。かっこいいですよ!」
「……」
 ハインリーネをじっと見つけるブレイザーは一体何を伝えようとしているのか。それは二人にしかわからないが、途中でくすっと笑ったハインリーネがきっと答えなのだろう。
「よし! せっかくのお祭りだ。写真撮影でもしようか。ハインリーネちゃん、真ん中に立ったらにこって笑って!」
 カメラを構えた店主に促されるまま、所定の位置に立ち何度か笑ってみるもどの笑顔もぎこちなく、自然な笑顔ではなかった。
「うーん。なんかちょっと固いなぁ」
「す、すみません。その……緊張しちゃって……」
「……」
 緊張するハインリーネの隣にすっと歩み寄ったのは、ブレイザーだった。何を言うまでもなくじっとハインリーネを見つめると、ハインリーネはくすくすと笑った。
「そうですね。わたしにはあなたがいるんですもんね。ごめんなさい」
「それじゃあ、いくよー。はい、チーズ」

 パシャッ

 眩しい光が瞼に焼き付き、一瞬真っ白に染まる視界に驚いていると店主からは「いい笑顔撮れてるよ!」とお墨付きをもらった。本当に笑えているのかが不安になったハインリーネはブレイザーにこっそり尋ねた。
「ねぇ、ブレイザー。わたし、ちゃんと笑えていましたか?」
「……」
「ほらほら。そんな心配そうな顔しないで。これがその証拠だよ」
 店主から渡された写真には、ブレイザーのいう通り今までで一番眩しい笑顔のハインリーネと、凛々しく立っているブレイザーが写っていた。その写真を見たハインリーネは、またくすくすと笑い相棒をぎゅっと抱きしめた。
「今日はなんて素敵な日なのかしら」
「また来年もこのお祭りをするから、また遊びに来てくれると嬉しいな」
「はい。また参加させていただきます! ね? ブレイザー」
「……」
 こうして来年のひな祭りも参加することを決めたハインリーネは帰りの道中、店主が撮影してくれた写真をずっと見つめていた。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み