でこぼこおはぎ【魔】

文字数 5,572文字

 あたしの住んでる村には神様がいるって、おばあちゃんが言ってたの。その神様は村に住んでるみんなを目に見えない形ではあるけど守ってくれるって嬉しそうに話していた。そしてその神様はすっごい怖い顔をしているけど、どこか優しくて不器用だとも言ってた。わたしもそんな神様に会ってみたいなって言ったら「きっとすぐに会えるよ」と言いながらあたしの頭を撫でてくれた。えへへ、どんな神様なのかとっても楽しみだな。
 あたしはいつか神様に会える日を楽しみに過ごしていると、村に住んでるおばちゃんがあたしにおいでおいでしていた。何かと思い話を聞くと、今度村に住んでる娘が神様に感謝の意を伝えるお菓子を作る集まりがあるんだって。一緒にどうと聞かれ、あたしは迷いなく首を縦に動かした。お菓子作りは少し苦手だけど、一生懸命作れば神様にもきっと伝わるよね。あたしは日時を確認して、すぐ家に帰った。
 その途中、村を守ってくれているという神様が住んでる社っていう場所を通った。いつもなら気にしないで通っちゃうのだけど、今日はなんだか素通りをしちゃいけない気がして社の前で手を合わせた。今度、美味しいお菓子を作って持っていくから待っててくださいと念を込めてお祈りをしてから、今度こそ自分の家へと帰った。家に帰ってからお菓子作りのことをお母さんにいうと、なんだかお母さんも嬉しそうにはしゃいでいた。何を作ろうか一緒に考えるだけでこんなにもわくわくするなんて初めてだったから、お母さんの腕に包まれながら数時間話し込んじゃった。作るものも決まったところで、今日のお話はここまでにしてまた明日とお母さんに挨拶をしてから布団に潜り込んだ。早く寝ないといけないのに、胸の中で弾んでる小さな鼓動はそうさせてくれなかった。
 翌日。気持ちの良い朝を迎え、あたしは体を起こしうんと背伸びをした。ふうと息を吐き、気持ちを入れ替えてから布団を畳んでお母さんのいる居間へ。居間ではお母さんが今度作るお菓子の下ごしらえをしていた。あとは現地で簡単な作業で出来上がるようにと準備をしてくれていた。あたしはお母さんにお礼を言い、ある程度準備が整っているお菓子を見つめた。ふっくらと炊き上がっているもち米、荒く潰された黒い塊─あんこ。お母さんと話して決めたのは、自分たちの畑で収穫したもち米と小豆をたっぷり使ったおはぎ。あんこはお母さんの手作りで、この村では評判の甘味のひとつで集会などで持ち寄ったときはすぐになくなってしまうほどの人気なんだって。それならきっと神様も喜んでくれるとあたしも納得のお菓子だった。まだみんなで作るには日にちはあるけど、お母さんは前以て準備を済ませてくれていたことにあたしは何度も感謝した。
「あんたはおっちょこちょいだからね。でも、もうこれで安心だね」
 あんこをきれいな箱に詰め終えたお母さんが少し口の端っこを持ち上げながら笑った。あたしはおっちょこちょいじゃないと反抗したけど、お母さんは聞いてくれなかった。……まぁ、地図を逆さにして読んだり右行くところを左に行ったりするときもあるけど……。そう考えると否定できる部分がなく、少し落ち込んだ。
「はい。あとは当日、忘れないで持っていってみんなと一緒に作れば完成だからね」
 忘れないように念押しをしてくれたお母さんにお礼を言い、あたしは何か手伝えることがないか探すため大きな畑に向かった。向かった先で村の人に色々な頼まれ事をこなし、ふと空を見るとカラスの鳴き声が遠くから聞こえている時間だった。あたしは額の汗を拭いながら最後の手伝いを終えると、埃まみれの服をぽんぽんと払い家へと向かった。明日は待ちに待ったみんなでお菓子を作って神様に供える日。そう考えると家までの足取りは不思議と軽かった。家に着いてからすぐにお風呂に直行して、汚れた体をすぐにきれいにした。お湯加減も丁度よくってついつい長湯してしまいそうなのを堪え、手短に済ませた。お風呂から上がるとお母さん手作りのご飯がずらりと並んだ座卓に座り、お母さんと一緒にいただきますをした。畑で採れた旬の野菜をたっくさん使ったおかずはどれも美味しくて、何度も何度も箸が行ったり来たりしてるとお母さんに「おかずばっかり食べないの」と怒られちゃった。だって、美味しいんだもんと口を尖らせると怒った顔から一変して嬉しそうな顔になった。お母さんの作る料理はどれも美味しくって幸せになれると加えると、お母さんは声に出して笑ってた。この幸せがいつまでも続くといいなと思い、後片付けを済ませてから布団の中に入った。あたしが村の人の手伝いをしている間、お母さんが布団を干してくれていたのか、布団からはとっても暖かい匂いがした。

 みんなでお菓子を作る当日。あたしはお母さんからおはぎセットを受け取り、会場まで落とさないようしっかりと包みを持って歩いた。これは神様に上げるお菓子なんだからといつも以上に気合を入れて包みをしっかりと持ち、集会場へと向かった。途中、何度か転んじゃいそうな場面はあったけど、何度も踏みとどまって落とすことはなかったからそれだけでも御の字だった。席に着きみんなが到着するまで待っていると、村長が大きな咳払いをしながら入ってきた。そしてまだみんなが集まっていないのを知っているのかそうじゃないのか、村長は口を開いた。
「さて皆の者。今日はこの村に住まう神様に日頃の感謝を伝える日である。各々、気持ちを込めたものを供えるよう。では、始めてくれ」
 低いながらも穏やかな口調で言うと、村長は「よっこいしょ」と言いながら集会場を出て行った。それを合図に集まったみんなでわいわいお供え物を作り始めた。右隣の子はお団子、左隣りの子はお饅頭を作り始めた。あたしも遅れないように包みを広げておはぎセットに手を付けた。確か、最初はもち米をきれいに整えてからあんこで包んでいくんだってお母さんが教えてくれたんだけど……それがうまくいかなくてお母さんみたいにきれいなおはぎはできなくて、代わりにでこぼこだかけのおはぎが完成した。これを神様が見たらきっとがっかりしちゃう……そう思うともう一回きれいにしようと奮闘するも余計にでこぼこが増えていくだけだったから、諦めた。
(お母さんみたいにきれに作らないといけないのに……これを見たら神様、きっと笑うよね)
 納得のいく出来上がりにならなかったことが、すごく悔しかった。お母さんみたいにきれにできれば、きっと神様も喜んでくれると思ったのにうまくできなかった……悔しい、悔しいよ。あたしは出来上がったでこぼこのおはぎを神様が住んでいる社の前に備えると、抑えていた気持ちが溢れてしまい、家へと走った。目の前は見慣れた景色のはずなのに、今日はなんだかぼやけてしまってはっきりと見えなかった。
 どれだけ走ったのかな。わからないくらい走った。いつもならもう家に着いてもいいはずなのに、なぜだか家に着けない。おかしいなと思ってあたしは目をこすってから前を見た。すると、目の前はあたしの見たことのない景色だった。空は赤黒く、雷のような低い音がずずずと響いていた。空気もなんだか重たくて、息をしてるだけなのに息苦しくて額からは大粒の汗がだらだらと流れた。次第に足に力が入らなくなってきて、あたしはその場に座り込んでしまった。なんだろう、なんだろう……物凄く……怖い。いや、怖いだけじゃない。物凄く……不快。びゅうと吹いた生ぬるい風があたしを通り過ぎるとその風はまるであたしを笑っているかのように唸りながらどこか遠くへ抜けていった。
(……怖い。誰か……)
 あたしは膝を抱えて呟いた。怖くて息苦しくて……あぁ、もうお母さんに会えないのかな。あたしがおはぎをもっときれいに作れたらこんなことにならなかったのかな。それともきちんと前を確認しないで走ったからなのかな。なんて一人で考えていると、ふいに目の前が暗くなった。ふわりと風が舞い、あたしの足で小さな挨拶をしたあと低い声が聞こえた。その声は今まで聞いたことのないしっかりとした、そして少し苛立ちを含んだ声だった。
「……立て」
 短くそう聞こえた。あたしは顔を上げると、そこには知らない人が立っていた。気だるそうな目、炭のように真っ黒い髪から飛び出しているとんがっている耳、まるで鬼のような人が武士の恰好をしていた。あたしは何が何だかわからないまま、とりあえずその人の言う通り立ち上がり空を見た。さっきよりも赤黒い色は広がっていて今にも何かが出てきそうだった。それを見た鬼のような人は小さく「ちっ」と言うと、あたしの腕をぐいと引き走った。何かから逃げるように走っているようにも感じたあたしは必死に足を動かした。けど、それじゃ足りないのか鬼のような人はあたしをひょいと担ぎ上げるとさらに早く走った。すると、さっきまでいた場所から黒い水たまりのようなものが表れ黒い腕があたしたちを掴もうと伸ばしていた。あと少し、鬼のような人の判断が遅かったらと思うと背筋がぞっとした。
「しつけぇな」
 鬼のような人は空を見上げて呟いた。何がだろうとあたしは一緒に空を見るも、そこにあるのは赤黒い空色だけだった。鬼のような人は畑道から森の中へと進路を変えてまた走り出した。森の中へと入ると、今度は木を蹴って次の木へと移りながら移動を始めた。あたしは今の状況がうまく整理できないまま担がれている。一体どういうことなのか話を聞こうと口を開こうとしたとき、「喋るな。噛むぞ」と言われ黙ることにした。たくさんの木を蹴って移動をしてようやく地上に戻り、走り出したときに鬼のような人がまた小さく言った。
「もう少し我慢しな」
 そう言ってあたしを下ろし、鬼のような人は腰に差してあった刀(?)を抜いた。そして向かってくる赤黒い集合体のようなものに対峙して一振り。
「光惑え……毒蛍」
 薙いだ空間から紫色に発光する生き物がぶわりと溢れてきた。その生き物はまるであたしたちを守るかのように目の前を覆うと、赤黒い集合体の侵入を阻んだ。ものすごい気持ちの悪い音と共に消えていく集合体に、あたしは耳を塞いで縮こまっているんだけど、それでも音は容赦なくあたしの耳にずかずかと入ってくる。
「……消えな」
 あたしが耳を塞いでいる間、鬼のような人は刀をまた横に薙ぐと紫色に発光する生き物ごとすっぱりと切った。切られた発光する生き物は紫色の霧を吹きだしながら消えると、今度はその霧が意思を持っているかのように集合体に向かって伸びていく。紫色の霧は集合体を一瞬怯ませると、それと同時に鬼のような人はまたあたしを抱えて空を駆けた。そのときの空は、あたしが見たときよりも少しだけ穏やかに見えた。だけど、空が赤黒いのには変わりないことに疑問に思っていると、鬼のような人は口を開いた。
「お前から

に来ておいて何言ってんだ」
 あたしから? それに、

って何と言うと、鬼のような人は面倒くさそうに大きく溜息を吐くとぶっきらぼうな言い方だけど答えてくれた。
「お前が抱えてた負の感情が溢れていたんだ。それが

─異界の扉を開くきっかけになっちまったってことだ。お前の中にある負の感情はもうなさそうだし、大丈夫だろ」
 説明が終わるころ、あたしは見慣れた鳥居の近くで下ろされた。そして見慣れた社。それに、どこかで見たことのある刀……もしかしてと思い、口にしようとしたとき鬼のような人は先に白い包みと花を添えたものを手渡した。
「これ……お前がくれた菓子の礼だ」
 菓子の礼。もしかして、あたしが作ったあのでこぼこのおはぎのことかな。確かめると、鬼のような人は小さく頷いた。あれ、食べてくれたんだ。
「……おれは人間みたいな感覚は持ち合わせていないが……あの菓子、美味かったぜ」
 少しはにかんだ笑顔をした鬼のような人は、半ば強引に白い包みと添えられた花をあたしに向けるとぷいとそっぽを向いた。あんな見てくれが良くないものを食べてくれたことが嬉しかったあたしは、鬼のような人に向かって何度も頭を下げた。
「そんなにはしゃいで喜ぶモンなのか? ったく。お前ら人間の感覚ってのがわかんねぇ。とっととその鳥居をくぐりな。またあんな奴らと追いかけっこしたくないだろ」
 そう言われ、さっきあたしの目の前に現れた赤黒い集合体を思い出した。確かにあんなのに会いたくないと思い、あたしは何度も鬼のような人にお礼をして鳥居をくぐった。あと一歩で鳥居という距離であたしは振り返り、鬼のような人に嬉しかったことを伝えた。すると、鬼のような人は不思議そうに首を傾げた。
「……やっぱり人間ってよくわからねぇ。おら、さっさと帰りな。もうこっちにくんじゃねぇぞ」
 追い払うような仕草であたしを追い返そうとする鬼のような人。この人はきっとそうなんだと思うと、あたしはおばあちゃんに小さな声で報告した。報告を済ませると今度こそあたしは鳥居をくぐった。すると、さっきまで赤黒かった空から夕焼け色の空へと変わった色彩に溢れた世界に変わった。あの出来事がまるで夢だったのかなと思うくらいに様変わりしていたことに少し違和感を感じたあたしは、あの場所に行って確かめることにした。それは……。

 社の中に供えてあったあのでこぼこのおはぎ。確かこの辺に……。あ、あった。あたしは二個作って供えたのだけど、二個ともなくなっていた。まさか、誰かがつまみ食いをしたのかなと思い、神棚に飾られている刀を見た。すると、さっき鬼のような人が持っていた刀と同じ刀が祀られていて、刀を持つ部分には潰れ損なったあんこがついていた。そしてその神棚の下には神主のきれいな字で「村の守り神─村正」とあった。
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