ひやぷる!?水晶饅頭

文字数 6,167文字

 月明りも見えない闇の中を男たちは走っていた。嬉しそうに笑いながら、だけどどこか不安から解消されたようにも見えるのは気のせいだろうか。表情の裏に見え隠れしているものは悪戯に走る速度をあげていたのが理由なのかもしれない。一人の男の手には何やら大きめな袋のようなものがぶらぶらとぶら下がり、また一人の男の腕には大き目な風呂敷で包まれた何かがあった。その男が持っているものが一番重いのか、その男の息遣いが一番荒い。しかし、足を止めてはいけないという思念に掻き立てられているからなのか、ほかの二人に並んで必死に走っていた。
 彼らはとある裕福な屋敷から金目の物を盗んだのだ。下調べも行い計画的に速やかに盗み、今こうして走っているのだ。一人がふと足を止め、呼吸を整えるとほかの二人も少し先で足を止めて呼吸を整える。汗をぬぐい、ぜえぜえとする者やその場に大の字になって空を仰ぐ者などそれぞれが緊張感から解放されたことに喜びを感じていた。
「はぁはぁ……もうここまでくれば平気だろ……はぁ……はぁ……いやーこんなにうまくいくなんて思わなかったなぁ……、まぁ、下調べのおかげか……さんきゅー」
「いや……どうってことねぇっすよ……はぁ……はぁ……あー、終わったー」
「も……もう……こんなんこと……辞めようよ……ぼく、もう嫌だよ……」
「なぁに泣き言言ってんだよ。お前も片棒担いでるんだから一人だけいい子ぶんなよ」
「で……でもぉ……やっぱり返しに行こうよ。まだ間に合うかもしれないよ?」
「バカ言うな。もうここまできたら進むしかねぇんだよ。なんだ、怖くなってきたのか?」
「……そ、そりゃあ……怖いよ。だって……だってぇ……うわああぁん」
 一人が不安に耐え兼ね、大声で泣き出した。いくら闇が深い夜とはいえ、泣き声を聞かれて誰かに気づかれてしまったら計画が破綻してしまう。慌てた一人が泣いている男の口を塞ぎ、大人しくなるまで抑え続けた。わぁわぁと泣きながら暴れている男をなだめるのは中々至難の業で、抑えつけている方も必死だった。そして、その泣き声に反応した夜の狩猟者が目を光らせながら近づいてくる。草を踏みつける音、ぬかるんだ地面を踏む音を聞きつけた男は二人に黙れと小声で怒鳴る。
(……多くて六匹ってところか……まずいな)
(……ちっ。仕方ねぇ。どこかに隠れるしかねぇ。おい、いつまで泣いてるんだよ)
(だってぇ……うっ……)
 リーダーだとおぼしき男が夜目を凝らして辺りを見回すと、小さな家屋を見つけた。今は贅沢を言っている暇はないと判断した男はその家屋まで走るよう指示を出した。後ろを振り返ることなく全速力で走りだすのと同時に、夜の狩猟者も同時に走り出す。目の前にいる獲物を逃すものかと、男たちは捕まってなるものかと両者のおいかけっこが始まった。さっきまでべそをかいていた男が危うく捕まりそうになるも、なんとか玄関から逃げ込むことに成功した三人はほっとした様子で外の様子をうかがった。ようやく見つけた獲物を諦めきれないのか、夜の狩猟者は扉をがりがりと引っ掻きながらくんくんと鳴いていた。息を潜め、その場に留まること数分後には引っ掻く音は聞こえなくなり、代わりに屋根を叩く音が聞こえた。
「雨か……? 丁度いいっちゃ丁度いいか。雨宿りがてらここに避難だな」
「あぁ。そうだな。……にしても……」
 リーダー格の男が壁にかかった絵を見て怪訝そうな表情を浮かべる。家屋の内部にはあちこちカビが生え、壁には元の絵がなんだかわからないものがあり、玄関の靴箱の上にはこれまた不気味な人形が薄ら笑いを浮かべ佇んでいた。
「に……日本人形って……こわ……」
「一難去ってってやつか? でも、外で雨にうたれるよりはましだろ。ちょっと中を探るぞ。金目の物があるかもしれねぇ」
「わかった。おい、お前はどうするよ」
「……わかったよ。一人でいるのは嫌だからついていくよ……」
 三人は他に何かないか探るため、気味の悪い家の中の散策を開始した。廊下を歩くたびにぎしぎしと軋む音に驚きっぱなしの男はいちいち悲鳴を上げながら進んでいると、リーダー格の右腕らしき男からいい加減にしろと頭を小突かれる。よほど痛かったのか、小突かれた箇所をさすりながら涙目の男はまた泣きそうになる自分を必死に抑えて歩く。
「少しはそのすぐに泣く癖をどうにかしろ」
「そ……そう言われても……」
 そんな二人のやりとりを呆れ顔で見ていたリーダー格の男は、湿気で重くなった襖を強引に開けた。開けた時の衝撃により、積もり積もった埃が三人の前で舞い上がる。
「ちょ……リーダー。勘弁してください……ごほっ!」
「す……すまん。ごっほ!」
「げほっ! げほっ!」
 片手で埃を振り払いながら中へ入ると、そこは居間で部屋の真ん中には長方形の座卓がありかつてここで生活していたということを教えてくれた。ここにも壁には不気味な掛け軸があり三人の不安を少しずつ確実に募らせていく。しかし、びくびくしてばかりもいられないとリーダー格の男はざっと部屋を見回すも金目のものがないと判断すると、すぐに隣の部屋の襖を開けた。今度は埃を舞いあがせないよう、慎重に開けた。
「ひっ!!!」
 開けてすぐ、リーダー格の男は小さな悲鳴を上げた。開けた先の部屋には、所狭しと日本人形が並んでいた。そのどれもが正面を向いており、三人を静かに見据えていた。
「うわ……こっわ」
 リーダー格の右腕らしき男はただそれだけ発し、ずかずかと部屋の中へと入っていく。泣きべそをかく男は、腰が抜けてしまったのかただ口をぱくぱくとさせながら動けないでいた。
「……んー、この部屋もなさそうっすね。次の部屋行きますか」
「お、おう。そうか」

 ウフフフフ

 アハハハハ

「ん? 笑い声? 子供の?」
「どうかしたのか?」
「あ、なんか子供の笑い声が聞こえた気がしたんすよ……」
「おれは聞こえなかったが……」
「うん…………」
 二人は聞こえなかったと答え、聞こえた男の顔が凍り付く。まさか……まさかなと思いながら人形だらけの部屋を出て、次の部屋へと向かう途中、廊下の真ん中に置かれた日本人形がかたかたと動いた。三人が来たことが嬉しいのか次第に動きが早くなり、驚く三人を見てぴたりと止まる。
「な……なんだよいきなり動いたかと思えばすぐに止まるって……不気味にもほどがあるだろ」
 恐る恐る近付き、もう少しでその人形に手が伸びるところまでたどり着くと人形の首がリーダー格の男の右腕の方へと向いた。突然の出来事に思わず悲鳴を上げ、尻餅をつく。

 アハハハハ
 アハハハハ

 かたかたと首を上下に動かしなら笑う日本人形。無機質に笑うその声に更なる不気味さを覚えた三人は引き返そうと玄関のあった方へと体を向き直すと、また別の日本人形がじっとこちらを見つめていた。ほかの日本人形とは違うその装いに三人は戸惑うも、その日本人形はお構いなしにゆっくりと近付いてくる。
「な……なんだお前。こ……こっち来るな……来るなぁ!」
 来るなと言われても日本人形はゆっくりと近付いて、腰に隠していた左手をゆっくりと動かす。握られている物が馴染みのあるもので暗くてもわかってしまったリーダー格の男はまた小さく悲鳴をあげ、四つん這いになりながら逃げて行ってしまった。

オニイチャン アタシトイッショニ アソボウヨ
オママゴトナンテドウカシラ キットタノシイワヨ

「来るなぁ!」
 リーダー格の右腕の男も堪らず声を張り上げ、廊下を走って逃げていく。泣き虫の男もそれに続くように逃げると、今度はどこからともなく何かを洗っている音が耳に入ってきた。神経がやけに鋭くなっているせいか、何に対しても敏感になっている状態で別の音が聞こえると恐怖がじわりと積み重なっていくのがわかった。

 しゃりしゃり しゃりしゃり
 しゃりしゃり しゃりしゃり

 この先から何かを洗う音が聞こえ、泣き虫男が恐る恐る顔を覗かせると、そこは台所で麦わら帽子をかぶった小さな子供が楽しそうに何かを洗っていた。よほど楽しいのかその子供は時折鼻歌を歌いながら規則的に何かを洗っていた。小さな子供がこの家にいることすら怪しいというのに、泣き虫男はほっとしたのかそんなことを気にせずにその子供に近付き何をしているのか尋ねた。リーダーの右腕の男は注意しようと手を伸ばすも時すでに遅し。
「ねぇ君はこんなところで何してるの?」
「おらは小豆を洗ってるんだ。しゃりしゃりっていい音だろ?」
「小豆を……?」
「兄ちゃんもやってみるか? 円を描くように洗えばいいだけだ」
「こ……こう?」
 泣き虫男が教わったように小豆を洗うと、その子供は目を輝かせながら拍手をしていた。よほど嬉しかったのか、泣き虫男は楽しくなってしばらく小豆を洗っていた。
(おい……戻ってこい! おいったら!)
 子供に気付かれてしまうかもしれないリスクを考えても、リーダーの右腕の男は泣き虫男に何度も声をかけるも、小豆を洗っている音にかき消され、声が届かない。次第に小豆を洗うしゃりしゃりという音に苛立ち我慢ができなくなり、泣き虫男に近付き腕をぐいと引っ張った。
「いたたた!」
「てめぇ、いい加減にしろ! さっさとしねぇか」
「に、兄さん。乱暴はやめてけれ。ほら、兄さんも洗えばきっとわかるだ」
「んなもんどうでもいいっ」
 子供が小豆の入ったざるを差し出すも、右腕の男はそれを振り払った。ばらばらと床に落ちる小豆を見た子供はショックを受けたのか、しばらく小豆を見たまま立ち尽くしていた。
「おら、いい加減にここから出るぞ」
「あぁ! そんなに引っ張らないで」
「おらの小豆が……許さない……許さない!!」
 さっきまでの愛らしい笑顔はどこへいってしまったか、子供の目は怪しく光りざるを振り払った男をきっと睨んだ。睨まれた男は急に苦しみだしその場で藻掻き始めた。子供の目が怪しく光る度に男は苦しみ、喉をがりがりと引っ掻ている。
「あ……あ……や……止めてあげて。苦しんでる……このままだと……だめぇ!」
「許さない……許さない……許さないぃい!!!」
「だめだってばぁ!!」
 泣き虫男が子供を突き飛ばすと、子供の頭が机の角にぶつかりその場でぐったりとした。子供がぐったりしたのと同時に苦しんでいた男も落ち着いたのか、呼吸を整えて頭を振り意識を取り戻した。この家は異常だと身をもって知った二人はリーダーを探さず玄関へと走っていった。

「ここは……どこだ……っていうか、あいつらどこにいるんだ」
 リーダーは一人で逃げ回った結果、どこかの押し入れに辿り着いていた。ここまでどうやって逃げたかは覚えていないようで、何度も頭を捻ってここに至ったかを考えていた。
「……わからん。とにかく、ここから出よう」
 改めて押し入れを見ると、湿気と埃をたっぷり吸いこんだ布団には真っ黒なカビが付着し、悪臭を放っていた。のそのそと押し入れから体を出し、さっきまでここにいたのかと思うと嫌悪感しか沸かなく、ここに逃げてきた自分を呪った。そんな思いを吐き出すかのような重い溜息を出していると、どこからともなく童歌が聞こえてきた。どきりとしたリーダーは息を殺し、気配を探った。その童歌はちょうどこの真上から聞こえてくることから、怖いと思っていてもなにかがあるかもしれないという思いが先立ち確認をすることにした。軋む階段をゆっくりと上がり、童歌が聞こえてくる部屋の前に立ち少しだけ襖を開けた。そこに映ったのは白地に花々が描かれた羽織を着、新緑の髪に赤い花を模した髪飾りを付けた少女が楽しそうに何かをしていた。
(な……なんだ。なにしてんだ?)
「うふふ。できたぁ! 犬です」
 その少女が嬉しそうに持ち上げた何かが淡い光に包まれると、それが実体化しまるで生命をもったかのような動きがついた。そしてそれは少女の方へと近付き嬉しそうに動き回っていた。
「あらあら。そんなにはしゃいで。次はお友達を折りましょうか。こうして……こうすれば」
 新たに何かを始めた少女が嬉しそうに笑うと、さっきと同じく生命を持ち部屋の中を駆け回っていた。
(何が起こってんだ? あいつ……折るって言ってたが……何を?)
 駆け回っていたそれが、変な男が襖から覗いていることに気が付き目が合ってしまい、リーダーはのけぞってしまう。 異変に気が付いた少女が襖を開けるとそこには見知らぬ男性がいて少女はまぁと口元を抑えながら微笑んだ。
「あら、人間ですか? こんばんは。よかったらわたしと折り紙をしませんか?」
「お……折り紙だって??」
「はい。わたし、折り紙が得意なんですよ。ここにあるもの全部、わたしが折ったものなんです」
 リーダーが部屋の中を覗くと、少女が折ったものと思われる折り紙が遊んでいた。さっきと違えぬどれも生命を持って……。
「ど……どうなってんだ?」
「わたしが折ったものは、なんでもその通りになるんですよ? 試しになにか折ってほしいものありますか?」
「な……なんだと……?」
「なんでもいいんですよ? 紙ヒコーキですか? それとも兜ですか?」
 悩んでいるリーダーの頭に鶴が羽休めのために止まり、それを手に取る。手のひらで息づくその鶴はまた羽を広げて部屋の中を楽しそうに飛ぶ。その光景に心を奪われていると、その少女は無言で何かを折り始め、リーダーに差し出した。
「はい。どうぞ」
「ん……ん!? 重い!」
 折り紙で出来ているはずなのだが、手に持ったそれはまるで実物のように重く、質感も似ていた。手にあるのは折り紙で作られた小さなナイフだった。
「だから言ったでしょ? わたしが折ったものはなんでもその通りになるって……それじゃあ……これはどうですかね……」
 慣れた手つきで折っていき、完成したのは子供のころによく投げて遊んだものだった。
「完成! 手裏剣です」
「っは……! ま……まさか!」
「どうやって持ったらいいんでしたっけ……こうかな……えいっ!!」
「うわぁ!」
 何気なく投げた手裏剣。折り紙で出来た手裏剣。もちろん、おもちゃのはず……なのだが、さきほどのナイフを思い出したリーダーの顔は一気に青ざめる。
 
 ざっ

 ちょうどリーダーの頬辺りを通過した折り紙の手裏剣は、襖に突き刺さる。しばらくしてリーダーは頬からなにか温かいものが流れていることに気付いた。そしてそれを確認したリーダーの精神は限界に達した。何がどうなろうと構わない。今はとにかくこの家から出ないと自分の生命が危ないと察したリーダーは叫びながら無我夢中で走った。
 そのころ、玄関で悪戦苦闘している二人はリーダーの叫び声を聞いた。それにはっとし、ここだと声を上げる二人。もう何が襲って来ようと構わない。今はここから出ることが先決だと頭が判断し必死に声を出しリーダーを導く。その声を頼りに半べそをかきながらリーダーがやってきて、三人は合流し玄関の扉を思いきり蹴っ飛ばした。ばりんという音とともに玄関の扉が壊れ、皆我先にと飛び出していく。長時間いたはずなのだが、まだ夜は明けておらず三人は夜の狩猟者が徘徊する森へと吸い込まれていった。
 そんな三人の後ろ姿を見た玄関に置いてあった日本人形は、嬉しそうにけたけたと笑っていた。
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