★ひょうたん最中

文字数 4,466文字

「うーん……どうやら迷ってしまったようだ」
 背負っている大きなひょうたんをどっかと置き、辺りを見回してみるもここかどこだかさっぱりわからない竜人がいた。燃えるような赤い髪、猫のように鋭いまなざし、異国情緒のある服に身を包み、困っている女性─名はシェンメイ。修行をするために険しい山を登っていたのだが、どこでどう間違えてしまったか道に迷ってしまった。シェンメイが住んでいる雰囲気とはずいぶんと違うと気が付いたときにはすでに遅く、日が沈みかけた森林地帯で困り果てていた。
「はぁ……あのお方にどう報告しようか……困った……」
 何度目かわからない溜息を吐き、途方に暮れていると瞼にぼうと光があたる感覚に眉をひそめる。明るすぎず暗すぎずなんともいい塩梅の光が、うなだれていたシェンメイの顔をぐいと持ち上げる。
「あの光は……なんと優しい」
 ひょうたんを持ち上げ、その優しい光のさす方へと歩き出した。

 ドンドンドン ぴひゃらぴひゃら ドンドンドン

「ここは……村……なのか」
 光に導かれること数分、シェンメイが辿り着いたのは一つの村だった。こじんまりとしてはいるが、どこからか熱気を感じることができる。シェンメイはその熱気を辿ってさらに歩くとやがて広場のような場所に出た。その広場の真ん中には何か高くそびえるものがあり、その周りをぐるぐると踊っている人がいた。さらにその周りをたくさんの出店が囲み、子供から大人までがとても幸せそうな顔をしていた。
「これは……儀式なのか?」
 シェンメイはドンドンと腹のうちに響く音に誘われるようにふらりと立ち寄ると、一人の老人が彼女の存在に気が付く。その老人はシェンメイを見るや否や、興奮した様子で歩み寄る。
「おお! そこの方! 参加していただけるか」
 いきなり声を掛けられて戸惑うシェンメイをよそに、老人は早口でまくしたてる。
「よければ祭りに参加してはくれまいか。どうも村人が少なくて一人でも多くの方に参加していただきたのだが……むぅ……その服ではいかんな。こっちへきてもらえるか」
「あ……え……あ、ちょっと!」
 ぐいと袖を引っ張られたシェンメイはバランスを崩し、危うく転んでしまう寸での所でなんとか踏みとどまり、老人に引っ張られて着いた先は小さな家だった。ずかずかと家の中へと入る老人に続くシェンメイ。やがて衣装がたくさん並んだ部屋へと入ると、やっと老人はシェンメイの袖を離してくれた。
「その……もう少しわけをきかせていただけないだろうか……。私はここに来たのも道に迷ってしまった挙句、村の灯りを見つけたからであって……その……」
「なぁに。心配することはないですぞ。お前さんはこれからとある儀式に参加してもらう」
「ぎ……しき?」
「うむ。それも極めて重大な儀式じゃ。それを成功させるかはお主の腕前にかかっておるからな」
「その……儀式というのはどういったものなのでしょう」
「そうじゃな……言ってしまうと神様に捧げるためのリズムを刻んで欲しいんじゃ」
「リズム……とは……具体的には……」
「まぁ、そんな困った顔するでない。では、これに着替えたら外へきてくれ」
 そう言って老人はシェンメイの髪色と同じくらい赤い着物を渡すとすたすたと外へ行ってしまった。他にも聞こうとおもったのだが老人とは思えぬ速さで出ていってしまった。
「むぅ……仕方ない。やってみるか」
 老人に渡された着物に袖を通す。着慣れないものではあったが、心なしか胸のあたりがじんわりと熱くなる感じがした。支度ができたので家の外に出ると、老人は嬉しそうに目を細め更に細い布を一枚取り出し額に巻くよう指示された。細い布をくるくるとねじり、額に巻くと気持ちがきりっと引き締まり神聖な思いに浸れた。
「おお、よく似合ってるの。では、早速ではあるがこの高い建物─やぐらというんじゃが、その上でこの太鼓という楽器を力いっぱい打ち鳴らして欲しいんじゃ」
 老人の横に置かれているずんぐりとした楽器─太鼓を鳴らして欲しいというのだが、それにはこれをもってやぐらに上らなくてはいけないのだが……それを察したシェンメイは太鼓を軽々と持ち上げひょいひょいとはしごを上りあっという間にてっぺんに到達。木でできた足にそれを置き、付属の木の棒で試しに叩いてみた。

 ドン ドン ドンドン

 適度な跳ね返りが木の棒から伝わり、さっき村の外から聞こえたあの音がこれだと確信する。さて、どんなリズムで叩いたらいいものか……。シェンメイは悩んでいると、さっき老人が言っていたことを思い出した。
「確か……神様に捧げると言っていたな……つまり、あのお方に捧げるものだと思えば……よし」
 シェンメイは細い布をきつく締め直し、気合を入れる。ふうと息を吐き精神を集中させて自分でタイミングを見計らい木の棒を振り上げる。
「はぁっ!!」

 ドン

 気合の掛け声とともに木の棒を振り下ろし、太鼓の面を叩く。木の棒から伝わる鼓動と自分の腹に響く感覚が重なり、シェンメイの気分は一気に上昇する。木の棒と規則的に振り下ろしリズムを刻み空気を震わせ、やぐらの周りで踊っていた村人はリズムが変わったことに驚くも、お構いなしに自分のリズムを刻んでいく。踊っていた村人の表情は曇っていたのだが、次第にその表情に火が入ったように高揚し歓声を上げる。やがて歓声は村全体を包むほどにまで大きくなり、シェンメイの気持ちも高めてくれた。


 とある女帝は迷っていた。確か甘味というものを堪能してお店を出て……それから清流に招かれるように歩いていたらいつの間に木々に囲まれた場所へと出ていた。戻ろうと踵を返すも時すでに遅し、完全に方角を見失ってしまった。
「……どうしたものか……」
 履きなれない下駄で足の指を痛めてしまい、手頃な石に腰をかけ患部をさする。熱を帯びた患部が自分で見ていても痛々しく映ったことに情けなさを覚えた。
「なんという失態だ……」
 迷ってしまった挙句に足を痛めるなど、普段あってはならないことが立て続けに起こってしまったのも相まって情けなさもそれに比例する。段々と心細くなってきた女帝は小さく侍女の名前を呼んだ。誰も答えてくれないとわかっていてもなぜかそうさせてしまうのは、この状況からなのだろうか……。
「ん……?」
 女帝の耳にふいに飛び込んできた微かな音。気のせいかと思ったのだが、どうやらそうでもないらしく確かに女帝の耳に入り込んでいる。
「なんだ……この音は……こっちから聞こえてくる」
 まだ熱を帯びている足に無理させながら下駄を履き、音のする方へとゆっくりと歩き始めた。

「ここは……村なのか。やけに静か……というわけではないか」
 音のする方へと歩くと、とある村についた女帝はこの村が賑やかではなくその奥にある広場が賑やかなことに気が付く。女帝は痛む足を引きずりながら更に奥へと歩くと、やがて大きな建物がそびえる広場へと出た。その建物を囲むようにたくさんの人が空を仰ぎながら興奮していた。他にも食欲を刺激する香りが漂うお店もあるのだが、それれには目もくれず一点を凝視する人たちに女帝は驚愕した。
「この音だな……しかし、この腹に響く音は……心地いいな」
 規則的に刻まれるリズムに心地よさを感じた女帝も、空を仰いでみた。すると、なにやらくねくねと動く物体を目にする。もしやと思い女帝は物体が見える真下へと移動し再度見上げると、どこかで見たような形をしていた。
「まさか……な……」
「はぁっ!!」
 女帝は反射的に声のする方へと首をやると、これまた聞き覚えのある声だった。ここまできたらもう答えは出そろっていると確信した女帝は、近くの村人から許可をもらいはしごを伝って建物を上っていく。ようやくてっぺんが見えたとき、女帝は顔だけを出すとそこには思い描いていた人物が楽しそうに何かを叩いていた。
「し……シェンメイか?」
 叩いている音に女帝の声がかき消され、当の本人の耳には届いていない。間近での音に耳をやられながらも女帝は鳴り止むまではしごにくっついていたのだが、もう限界だと悟りゆっくりとはしごを下りていく。その間もシェンメイと呼んだ竜人は一心不乱に熱狂的なリズムを刻んでいる。
 シェンメイが刻むリズムを遠くで聞いている女帝は、広場を照らす照明をぼんやりと眺めていた。普段滅多にしないのだがこの日は座りながら膝に肘をあて、頬杖をついていた。それは単にふけっているのではなく音を聞きながら周りの雰囲気を味わっているのだった。この世界はなんとも楽しめることが多い。女帝は当初、食事をしたお店の近くの宿で一夜を過ごし、別方面へと行こうと考えていたのだが、今日はなんという偶然か。迷ってしまったと嘆いたのに今はその不運に感謝しているというこの状況を何といえばいいか。
「やはり……興味は尽きないな。それに、この音はなんとも気分を高ぶらせてくれる。私がさっきまでうじうじしていたのを吹き飛ばしてくれるようだ」
 気持ちに整理がついた女帝はやぐらの上で大活躍しているシェンメイに小さく礼をいい、またふらりと歩き出した。足の痛みは引いてきているのでなんとか戻ることはできるだろうと軽い気持ちでいた。またこの世界での楽しみを発見した女帝の顔はとても満足そうに見えた。


「はっ!!」

 ドドン

 最後に大きく太鼓を打ち鳴らしたシェンメイ。遅れてやぐらの周りから盛大な拍手が送られていることに気付いた。
「いつの間にやら村の人たちが賑わっていたようだ。楽しんでもらえてなによりだ」
 太鼓を抱えながら器用にはしごを下り、それにあわせて老人が駆け寄ってくる。
「いやぁ、素敵な太鼓の音色でしたぞ。どこかで叩いたことはあったのですかな」
「いや、今日が初めてだが……あのお方への思いを込めて叩いただけだ」
 初めて叩いたということに老人は大層驚き、しばらく目を見開いていた。シェンメイは借りていた衣装を返すため老人の家へと入り着替える。綺麗に折り畳み、老人に返却をし村を出ようとすると老人はシェンメイを引き留め、夜も遅いので一泊されてはどうかと提案する。本当に止まってもいいのかを確認すると、老人はあんな素敵な太鼓の音を聞いて何もしないわけないと嬉しそうに言った。そこまで言われて断るのも無下だと思ったシェンメイは、一泊お邪魔させてもらうことにした。
 そして、今度は太鼓を叩く側ではなく、お祭りの醍醐味である屋台での催しに心を弾ませるのであった。焼きそばにたこ焼き、射的にヨーヨー、金魚すくいなどを楽しんだシェンメイは老人の家へと戻り、一夜を過ごした。
 その日、シェンメイは嬉しそうな寝言を言っていたそうな……。それは太鼓を叩き終えたときの喝采なのか、はたまたあのお方のことなのか……それはここで眠るシェンメイのみぞ知る夢だった。
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