さくふわ♪おさかなマカロン【神】

文字数 2,821文字

 青い青い海の底。静かだということが煩いとまで感じてしまうほどの静寂の中、自由に泳いでいる人魚と大きな魚がいた。人魚の名はイシュケ、一緒に泳ぐ魚の名はレモラ。イシュケは黄金色に輝く神にサファイアブルーの瞳、透き通った肌に瞳と同じ色の鱗を纏っている。それはさながら海の女神とでもいえるほどに美しかった。その隣でただイシュケの周りを泳ぐレモラは時折心配そうな瞳でイシュケを見守っている。
 空中をくるくる回りながら泳いだり、勢いよく海面でジャンプをしてみたりと思い思いの泳法で楽しんでいると、海の向こうで小さな明かりがぽつぽつと点いているのに気が付いた。そういえば、この前海で小さな舟に乗っている若い男女が言っていた言葉を思い出していた。
「クリスマスはどうする?」
「そりゃ一緒にいるに決まっているだろ?」
「じゃあ、あのイルミネーションの前に集合ね」
「もちろんだ。約束だ」
 イルミネーション? 聞きなれない言葉にイシュケはレモラに聞いてみた。知っていたら嬉しいなという思いは、残念ながら叶わなかったがどういうものか興味を持ったイシュケは知りたくて仕方がなかった。
「わたしもその『いるみねーしょん』っていうのを見てみたいわ。でも、どうやったら見れるのかしら?」
「……」
 水中の世界では馴染みのないものにわくわくしつつも、どうやったらそれを見ることができるのか悩んでいると、遠くから何やらすごい勢いでやってくるものがいた。それは段々とイシュケたちに近づいてくると、その勢いのあるものは目の前で急に止まった。
「きゃ……!!」
「あー! イシュケのお姉ちゃんだ! こんなところで何してるの?」
 すごい勢いでやってきたのは、魚の上にのった少女─スプラだった。スプラは持っている笛で魚たちを自在に操ることができるという不思議な力を持っている。ただ、これはスプラの笛の力だけではないというのは、スプラの周りにいる魚たちが言葉のないコミュニケーションでスプラを守りたいという気持ちも含まれている。そのことをスプラは知らないでいた。
「あらスプラちゃん。こんばんは。スプラちゃんこそどうしたの?」
「あたしはパトロールをしてるとこなんだ。誰かが悪さしてたら、お魚さんたちからお仕置きを受けてもらおうと思ってね。でも、今のところ、何も異常はなさそうだから今日はもう帰ろうかなって思ってたところなんだ」
「見回りお疲れ様。ところで……」
 帰ろうとしているところで悪いと思いながら、イシュケは「いるみねーしょん」というのがどういうものかを尋ねてみた。スプラが言うには「おっきな木にぴかぴか光るものがたくさんついててきれい」というものだった。なんとなく想像がついたイシュケはお礼を言うと、今度はスプラが尋ねてきた。それに対し、イシュケは経緯をかいつまんで説明をすると、スプラは合点がいき納得したように首を大きく縦に動かした。でも、いるみねーしょんというのは海の中では難しかもとスプラがいうと、イシュケは少し寂しそうな顔で「そうよね。無理をいってごめんなさい」と言い、レモラを置いて海の中へと潜っていってしまった。残されたスプラとレモラは顔を見合わせるとなんとかできないかと考え始めた。

 スプラと会って一週間が経過しようとしていたとき、今日はいつになくレモラは落ち着きなくあちこち泳いでいた。こんなことは初めてだと驚くイシュケはどうしていいかわからず、とりあえずレモラに落ち着いてと声をかけることしかできなかった。それでも中々落ち着いてくれないレモラに困り果てていると、なにやら海面が騒がしいことに気が付いたイシュケはすいすいと海面に向かって泳ぎゆっくり顔を覗かせた。すると、そこにはスプラがなにか作業をしていた。イシュケに気が付いたスプラは小さな悲鳴を上げて後ろに少しのけ反ると、すぐに体勢を整えて作業に戻った。
「あ、お姉ちゃん。こんにちは」
「こんにちはスプラ。何をしているの? わたしにできることだったらお手伝いするわよ」
 にこりと笑い手伝いを申し出るイシュケに、スプラは首を横に振った。
「い、いいいいいいのよ。これは、あたしがやることなの。だから、お姉ちゃんはゆっくりしててね? うん」
 いつもと違う挙動に首を傾げながらも、イシュケは一旦スプラのいう通り海の中へ潜り自由に泳ぎ始めた。海の中は今日も平穏できれいだなと思っていると、イシュケの前にレモラの顔がどんと現れた。突然のレモラ出現に思わず声を出して驚くイシュケの背中をぐいぐいと水面の方へと押しやると、水面ではスプラとたくさんの魚たちが出迎えてくれた。
「あ、お姉ちゃん。お待たせ! さ、こっちに来て!」
 そう言われ、なにがなんだかわからないままスプラたちについていくと一匹の魚が「こっちこっち」とばかりにアピールをしていた。
「ねぇスプラ。一体どうしたの??」
 疑問に感じているイシュケを知ってか知らずか、スプラはにんんまりと笑うとえっへんとばかりに胸を張った。
「これからお姉ちゃんに『イルミネーション』をお見せしたいと思いますー! ぱちぱち!」
「え? いるみねーしょんって夜に見るものではないの??」
「えへへ。このイルミネーションは

にしか見れないんです!」
 ますますどういうことかわからなくなったイシュケを、スプラは「まぁまぁ。まずは水中を見てきてください」と言い、水中へ促した。ある程度の深さまで潜ってから水面を見上げると……。
「まぁ……なんてきれいなの!」
 大きく育った海藻を木に見立て、その周りにスプラがパトロール中に見つけたきれいな石や光るものを括り付け電飾に見立てたのだ。ゆらゆらと揺れながら光るその様は、地上では見ることの出来ない幻想的な雰囲気を演出していた。揺れながら動くその石や光るものは太陽の光を受け反射しさらにぴかぴかと光って見えることから確かに、これは昼間ではないと見えないものだ。
「もしかして、レモラも手伝ってくれていたの?」
 イシュケの問いかけに無言で肯定するレモラに、嬉しさを覚えたイシュケはさらに協力してくれた人物にお礼を言いに、水面へと泳いだ。
「えへへ。お姉ちゃん。気に入ってくれたかな」
「もうスプラったら。でも、とっても嬉しいわ」
「レモラが一番頑張ってたんだよ? ねぇ、レモラ?」
 スプラがいうと、レモラは恥ずかしそうに水面で口をぱくぱくさせてからまた海の中へと潜っていってしまった。それにしても……。
「どうしてこんな素敵なことを思いついたの?」
「んーっと。なんかね、イシュケお姉ちゃんが喜ぶにはどうしたらいいかなって一生懸命考えていたら……できちゃった」
 中々思いつかない発想にも驚きだが、自分を思ってやってくれたことに益々嬉しくなったイシュケはスプラとそのお魚さんたちに最大のお礼を言い、水中で照れ隠しをしているレモラと自分たちにしか楽しめない昼のイルミネーションを楽しむことにした。
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