★甘さ引き立つ♪アーモンドホットチョコ【竜】

文字数 4,302文字

 なんだか甘い匂いがすると思い、立ち止まったお店の前。そこはとっても甘くて美味しいお菓子をたくさん扱っているお店だった。そのショーケースに映る少女─ヴェルダはそこで初めてその匂いがチョコレートだということに気が付く。狐のようなぴんとした耳、栗色の髪にくりりとした瞳がチャームポイント。その日は友人とミニパーティーを開こうと約束をしていて、たまたま通りかかったお店がそこだった。
「バレンタイン……か。もうそんな時期なんだ」
 紙袋いっぱいに材料を詰め込んで少し重そうにしているが、その甘い匂いを知ってしまったらそう感じずにはいられなかった。よいしょと言い、荷物を抱えなおしながらミニパーティーの会場である自分の家へと戻り、中で待つみんなにさっきのことを話した。
「あぁ、そっか。どうりでお店にはハンドメイド用品が多いわけだ」
「そっかそっか。すっかり忘れてたね」
 他愛のない話でわいわいしながら、ヴェルダは一人キッチンに立ちみんなで楽しめる小さな料理を作り始めた。といっても、クラッカーの上にみんなが好きなものを載せて食べるだけなのだが、せっかくのミニパーティーなのだから大きなお皿にちょっと可愛いチェック柄のナプキンを敷いて気分を盛り上げたい。色違いのナプキンを使ってみたり可愛い動物が描かれたものなど色々なものを使いヴェルダなりのおもてなしでみんなの気分を盛り上げるお手伝いをしながら、飲み物を用意していると、友人の一人がヴェルダに尋ねた。
「そういえばヴェルダって気になってる人、いるんじゃなかったけ」
 その一言でぴしっと体が硬直してしまうような感覚に襲われ、危うくマグカップを落としそうになるも他の友人がそれをナイスキャッチ。それをぎこちない手で受け取るヴェルダの顔は今にもはちきれんばかりに真っ赤だった。それと、ヴェルダの腕輪からはごうごうと音を立てながら炎が溢れていた。
 ヴェルダは誰から貰ったかわからない腕輪をつけている。その腕輪は自身の身を守るために炎を出し、相手に警告する。それでもだめなのならヴェルダの感情に合わせて炎が噴き出し相手を攻撃する。本人曰く、炎をコントロールするのはすごく難しいとのことで、自分は隠しているつもりでも炎が勝手に出てしまい、今の気持ちがすぐにばれてしまうということもしばしば。現に今がそうで、気になっている人がいないというのは炎が証明してしまっているので、ヴェルダは何も言えないでいた。
「そうなんだぁ。へぇ」
「んもうヴェルダったら。隠さなくってもいいのにぃ」
 からかう友人にヴェルダは慌てて首を振って否定をするも、それはもう手遅れ。もうばれてしまっている以上、何を言ってもだめそうなので観念したヴェルダは気になっている人物について話すことにした。それは同じ冒険者ギルドで働いている人だった。背丈はヴェルダと同じで小柄で同じ竜人族であること。槍を持っていてその槍捌きがとってもきれいでつい見惚れてしまうんだとか。そうやってうまくぼかしながら話し、誰だということを悟られないようヴェルダは必死に頭を巡らせた。話し終え、なんとか誰だとまではいかないにしても、みんなが納得をしてくれたようで一安心したヴェルダは冷たい飲み物で体を休めた。
「それでそれで。ヴェルダはどうするの?」
「そこまで話したら……あたしたちが言いたいことはわかってるわよね?」
 じわじわと迫る友人にどうすることもできず、ヴェルダはバレンタインチョコを作ることになった。

「もう……みんな強引なんだからぁ。でも……わたしの作ったチョコなんて……」
 二回目の買い出しを終え、帰り道の途中で出てしまった本音が顔を覗かせた。今までたくさんのお菓子を作ってきてからチョコレートを作ることはできる。だけど、誰かに思いを伝えるチョコレートを作ったことはなかった。ちゃんと作れるかなとか、美味しくなかったどうしようとかぶつぶつ言っている間に自宅へと到着したヴェルダを待っていたのは、エプロン姿に変身した友人たちだった。
「え……み、みんな準備万端……??」
「ほらほら。中へ入る!」
「大丈夫。あんたのお菓子は美味しいっていうのは、ここにいるみんな知ってるから。自信持ちなって」
 友人たちの言葉に、少しだけ胸のつかえが取れたヴェルダは大きく深呼吸をし気分を入れ替えた。絶対、美味しいチョコレートを作るんだから!!

 製作し始めて数時間。すっかり日も傾き辺りは夜色のカーテンが覆っていた。友人ったいに囲まれて製作したチョコレートなのだが、あとは冷やし固めれば完成というところまできた。チョコレートの形はいうまでもなくハート型。それ以上のデコレーションはなしで、シンプルに作りたいというヴェルダの気持ちを最大限に尊重し、それ以上はみんな何も言わなかった。
「あとは可愛くラッピングして渡すだけね」
「ラッピング用品は買ってきたの?」
 買ってきた袋をごそごそと漁る友人。中から赤色のボックスとピンク色のリボンを見つけると、ヴェルダにラッピングの方法を伝授した。ここをきれいにすればもっと可愛くなるだとか、リボンの両サイドを均等にするとポイント高いよとか色々アドバイスをした友人たちはエプロンを外し、各々の家に帰る準備を始めた。最後はヴェルダの力で遂行するべきと帰る間際に言われ、ヴェルダは顔を覆いながらじたばたと足を動かした。だけど、ここまできたのなら最後までしっかりしないと……あの人に受け取ってもらえないかもしれない。それは嫌だとヴェルダは頭を横に振り、最悪の結果をどこかへ吹き飛ばした。朝になりチョコレートが固まったらそれをラッピングして渡すだけ……渡すだけだと自分に何度も言い聞かせ、どきどきが収まらないまま床に就いた。

 翌朝。一通りの身支度を済ませた後に冷蔵庫を開けると、昨日作ったチョコレートはきれいに固まっていた。落とさないように赤いボックスに入れ、友人から教わった方法を思い出しながらリボンを結んだ。リボンがきれいに見えるよう、何度も調整をして満足のいくラッピングができると今まで背負っていた緊張感を大きな息を吐いて追い出した。さて、あとは渡すだけなのだが……ふと時計を見るとあの人が来る時間に迫っていた。
「やだっ! もうこんな時間なの?? 急がないと!!」
 ヴェルダは朝食を摂らずに自宅を飛び出した。家の外は冷たい空気に覆われていて、息を吐く度に白いもやがふわりと浮かぶ。走ると胸の辺りが苦しいと感じるも、渡し損ねる方がよっぽど嫌だとヴェルダは奮起し、自身もお世話になっている冒険者ギルドへ向かって走った。
 あともう少しで冒険者ギルドへ到着するというときだった。自宅からここまでほぼノンストップで走っているというのもあるのだが、それにしても……。
「ちょっと! なんで止まらないのよ!!」
 ヴェルダの腕輪から噴き出す炎がいうことをきかないでいた。何度も気持ちを落ち着かせようとしても、それでも炎の勢いは止まらない。むしろ勢いを増していた。それにより、ヴェルダの手に持っている赤いボックスに被害が及びそうだった。
「やだっ……。このままだと……せっかく作ったチョコレートが溶けちゃう」
 ヴェルダはチョコレートが溶けないよう炎から遠ざけようとしたり、止まっては走って止まっては走ってを繰り返しながら進んでいると幸運なことに、ヴェルダの気になっている人が冒険者ギルドへ入っていくのが見えた。見かけたヴェルダはラストスパートとばかりに足を思い切り動かしてその人を追いかけ、声をかけた。
「あっ……あのっ!!!」
 ヴェルダも予想だにしない大きな声に、中にいた冒険者が一斉に声のする方へと視線を移す。そこにはヴェルダの気になっている人も含まれていて、ヴェルダは腕輪から噴き出す炎をも気にせずその人に向かって歩み寄った。
「ぼく……ですか?」
「あ……はっ、はい!」
 その人はヴェルダの視線に気が付き、きちんと向き直り対峙した。気になっている人が目と鼻の先にいると思うだけで心臓が飛び跳ねそうなのに、それだけでなく顔まで火照ってきていた。くらくらとしそうなヴェルダは必死に耐え、勇気を出して赤い箱を差し出した。
「あ、あのっ!! これ、一生懸命作りました! 良かったら……食べてください」
 声が段々とか細くなっていきながらも、自分の思いを伝えることができたヴェルダ。しばらく無音状態が続き、何事かと思い恐る恐る顔を上げるとヴェルダが持っている箱の中はすっかり溶けていた。箱もあと少しで壊れてしまいそうなほどまで燃えてしまっており、中からチョコレートが零れそうになっていた。
「おっと!」
 沈黙を破ったのは、ヴェルダが気になっている人だった。もう耐えきれないとばかりにぼろぼろと箱が壊れた一瞬、その人がチョコレートの雫を手のひらで受け止めた。きれいにハートの形にしたチョコレートは見るも無残に溶けて原型を留めていなかった。
「君が作ってくれたのかい?」
 その人はヴェルダに優しく問うと、ヴェルダは顔を真っ赤にしながらこくんと頷いた。その人は手のひらに零れた一滴をぺろりと舐めた。ヴェルダは小さく「あっ」と言いながらも見ていることしかできずにいた。もむもむと口を動かしているその人は、満足そうに微笑みながらヴェルダに向き直ると大きく頷いた後「美味しい!」と大きな声で答えてくれた。
「今まで食べたことのない美味しさだったよ。なんだろう、味に丸みがあるというか優しい感じがしたよ」
「あ……あ……」
 本当は万全の形で渡したかったのに、とても渡せられるような形状でないのに……ヴェルダの胸中は悔しさと恥ずかしさで一杯だった。なのに、あの人は嫌な顔をしないで美味しいと言ってくれたのが何よりも嬉しかった。
「もし、よかったらなんだけど。またぼくにチョコレートを作ってくれるかい?」
「え……?」
 まさかの言葉にヴェルダは変な声が出てしまった。まさか、あのチョコレートをまた食べたいと言ってくれるだなんて……。思ってもいない言葉にどうこたえていいか困っていると、あの人は柔らかく笑った。
「今度は落ち着いてお話もしたいし……そのときにでも……ね?」
 そういうと、ヴェルダの頭を撫でギルドの中へと入っていった。気になるあの人が見えなくなり、緊張の糸が切れてしまったのかヴェルダはその場で泣き崩れてしまった。それは悲しいという気持ちからではなく、安心や嬉しさといったものからくるものだった。そんなヴェルダを優しくなだめたのは、いうまでもなく影で見守っていたヴェルダの友人たちだった。
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