見た目に注意?! あべこべサブレ【神&魔&竜】

文字数 4,262文字

「よぉっし! 張り切っていくぜぇ!」
「えー、まだ歩くのですかぁ?」
「……もう疲れました」
「なぁに言ってんだ! まだ歩いてそんなに時間経ってねぇって!」
「はぁ……なんで参加しちゃったんだろ……研究ができると思ったのに」
「……仕方ないですね。もう少し辛抱しましょう」
 元気に声を上げる青年─ロビンフッド。長身で発言からわかるように、ザ・元気印といった赤いショートヘアーが眩しい青年だ。背中には大きなリュックサックがあるのだが、今にもはちきれそうなくらいぱんぱんに荷物が入っている。それを苦しい顔ひとつせず、ずんずんと森の中を歩いていく。その後をついて歩く錬金術師のルチルと、この季節には不釣り合いな和服を着ている少年遠夜(とおや)。顔から上部分の狐面を頭側面にかぶり、何やら大きな数珠を首からぶら下げている。履物は草履と和風なのではあるが、森の中を歩くにはいささか不向きなのではと事前にロビンフッドから意見を貰っていたが、履きなれている方がいいという理由で履いてきた。一方、ルチルは小柄な体に似合わない程の大きなフラスコをリュックサックに入れており、リュックサックの口からその一部が飛び出していた。なぜルチルがフラスコを持ってきたかは、大自然で行う錬金術に興味があるからというものだった。
「そういえば聞くのを忘れてたんだけどよ、キャンプは初めてか?」
「きゃ……キャンプ? は、初めてです」
「同じく、初めてです」
 二人の返答を聞いたロビンフッドは、にんまり笑いながら「おう! わかった!」といい、更に歩く速度を速め森の中をずんずんと歩いて行った。
「ああ、ちょっと! 待ってください~!」
 がちゃがちゃと音を立てて走るルチルの傍を、まるでサポートするかのように並走する遠夜。こうして三人は大自然の中を進むこと約一時間。目的地に到着し、ロビンフッドは大きな声を漏らした。
「おう! ここだ!」
 ロビンフッドは早速木陰の多い場所を見つけると、リュックサックを開けなにやら色々なものを取り出し準備を始めた。遅れてルチルと遠夜も到着し、ロビンフッドの近くにリュックサックを下ろし一息ついた。
「ぷはぁ。つ、着きましたぁ」
「ふぅ……さすがにちょっと疲れました」
 二人は地面にべたりと落とし、水筒の中身をがぶがぶと飲み始めた。半分以上無くなった水筒をリュックサックにしまい、二人はロビンフッドの様子をじっと見ていた。慣れた手つきで薄い膜のような物を伸ばし、地面に杭を打ちそれにくくりつけていく。だんだんと組み立っていく物に二人はワクワクしているのか、表情が歓喜の色に染まっていた。
「ようしっ! お待たせ! テントの完成だ」
 優に四人くらいは入れるのではないかと思うくらい、とても広々としたテントの中は快適だった。屋根もしっかりとついていて多少の雨や風なんかもへっちゃらといった様子だった。
「すごい。あっという間にできちゃった……」
「ロビンフッドさん、こういうのはお好きなのですか?」
「ああ。大自然の中でゆっくりするのも好きだからな。たまにこうして遊びにきてるんだ」
「へぇ……道理で手慣れていた訳ですね」
「へへ。今回、二人を誘ったのもこういう体験をしてもらいたくてな」
「え、ぼくたちを……ですか?」
「おう」
 キャンプに出発する数週間前。学園内で休憩時間を思い思いの時間を過ごしているとき、ルチルは化学実験室で。遠夜は図書準備室でロビンフッドから声をかけられた。まさか誘われるだなんて思っていなかった二人は、いざ誘いを受けると信じられないといった様子で何度もロビンフッドに聞き直した。だが、結果は変わらず「一緒に行こう」というものだった。あまり屋外に行ったことがないという二人は最初難色を示していたのだが、そこはロビンフッド。大自然の魅力を身振り手振りで紹介をすると、少しずつ二人の表情は興味へと変わっていった。そしてルチルは「参加してみたいです!」と元気よく、遠夜は「行ってみても……いいかな」と少し遠慮がちに参加を表明してくれた。
「よし! なら決まりだな。日程とか決まったらまた声かけっから!」
 にかっと笑いロビンフッドは準備をするためか、どこかに行ってしまった。それからまめに顔を出してはキャンプについて色々教えてくれたロビンフッドと会うたび、二人の表情も柔らかくなっていった。未知の体験にどきどきしている二人を楽しませたいというロビンフッドの気持ちが、その表情から伝わってくるようだ。

「それじゃあ、早速で悪いんだがな。ルチルはこの近くにある川から水を汲んできてくれ」
「あ、はい!」
「それと遠夜はっと、小さな枝を沢山集めてきてくれるか?」
「わかりました」
 こうして二人は手分けをしてロビンフッドからお願いされた物を集めに別行動をとった。うだるような暑さの中、二人は力を合わせて資材を集めロビンフッドに手渡すとそれを受け取り定位置に積んでいく。大自然の中で錬金術をしようとして大きなフラスコを持ってきたのが、まさかここで役に立つだなんて思ってもみなかったルチルは、川で水を汲みながら今までに感じたことのない新鮮な気持ちに包まれていた。
 遠夜も小枝を拾うだけの作業なのだが、それをしている間に木々の青々さや小動物たちとの触れ合いを通じ、自然と頬が緩んでいった。
「これくらいでどうかな」
 両手で抱えきれないくらいの小枝を集め、ロビンフッドに手渡すを繰り返していると山盛りの小枝がテントの脇に出来上がっていった。ある程度準備が整うとロビンフッドはリュックサックの中から愛用の弓を取り出し、晩御飯になるようなものを見つけに木々の間をとんとんと渡っていった。ロビンフッドを待つ間、二人は大きなテントの中でごろりと横になるとそのまますやすやと寝息を立てて昼寝を始めた。

「おーい二人とも。そろそろ起きてくれ!」
 ロビンフッドの声に目を覚ました二人は、目をこすりながら起きるとそこには真っ赤に燃える焚火があった。ぱちぱちと木を燃やす音とともに黒い箱のようなものからがぐつぐつと何かが煮える音が聞こえていた。さらにその周りを大きな魚が串刺しになりじっくりとあぶり焼きにされていた。
「ふぁ……いつの間に眠ってたの……」
「んー」
「起こすのを躊躇うくらいに気持ちよさそうに眠ってたからな。でも、そろそろ起きてもらわないとな」
 にひっと笑い、焼き立ての魚を二人に手渡すロビンフッド。それを受け取り、二人は魚にかぶりついた。口の中に広がる魚の脂身とほんのりした苦み、そして少な目に振られた塩がマッチし、抵抗なく食べることができた。
「お……美味しいです!」
「うわぁ……柔らかくって美味しい……」
「へへっ。喜んでもらえて何より! そんじゃ、お次は……これだっ!」
 ロビンフッドは黒い箱と、もう一つ別の箱を持ってやってくると勢いよく蓋を開けた。一つはふっくらと炊き上がった白米、もう一つはジャガイモやニンジン、ごろごろしたお肉がたっぷり入ったカレーだった。
「キャンプといったらこれだろう! さ、あっついうちに食ってくれよな」
「わぁ……お外でこんなの初めてです。いただきます」
「おうちの中で食べるのとは、ちょっと違ってて面白いです。いただきます」
 二人は揃ってカレーを一口ぱくり。甘めのルーに溶け込んだ野菜の旨味、ごろごろしたお肉の旨味がぎゅっと詰め込まれ一瞬にして二人の顔を幸せいっぱい花丸満点に輝かせた。
「お……美味しい。いつも錬金術のために時間を割いていたので、こういうのを食べるのは本当に久しぶりです。あぁスプーンが止まらない美味しさです!」
「ぼくもこういう料理を作ったことがないから、とても新鮮で美味しいです。あの、おかわりもらっていいですか?」
「おう! たっくさん用意してあるから遠慮なく食ってくれよな!」
 まるで一家の台所を守っているかのような振る舞いに、二人は何度もカレーをおかわりをした。おかわりを重ねていくうち、次第に二人との間にも会話をする余裕が生まれしまいにはお互いの話をして打ち解ける姿も確認できた。その姿を見たロビンフッドはふっと表情を緩ませながら「連れてきてよかった」と二人に聞こえないくらい小さな声で呟いた。

 たくさんあった白米とカレーは三人によってきれいになくなり、ルチルと遠夜はお腹をさすりながら「ご馳走様」と食後の挨拶をした。作り手にとって綺麗に残さずに食べてくれるということがこれ以上に嬉しいことはない。きれいになった黒い箱ともう一つの箱を洗うため、ロビンフッドは近くの川に行こうとしたとき、ルチルと遠夜に止められた。
「あ、ロビンフッドさん。これはわたしたちがやります」
「全部ロビンフッドさんにお任せしては……申し訳ないです」
「……そうか。じゃあ、お願いしていいか?」
「「はいっ」」
 二人に食器類を任せ、ロビンフッドは周りの警護にあたった。周囲をぐるりと見て回ったが、特に脅威になるものは見当たらず愛用の弓を下した。しばらく見て回っても変わりがなく、もう大丈夫だろうと思ったロビンフッドは洗い物をしてくれている二人のために、特製のお茶を淹れて待つことにした。
 やがて洗い終わった二人が戻ってくると、ロビンフッドは笑顔で二人を迎え出来立てのお茶を振舞った。そこでもルチルは錬金術の話を、遠夜は自身に起こる不思議なできごとを紹介しあった。お互いがお互い、見聞きしたことのない出来事に食い入るように話を聞き、時に笑い時に驚きをしている内、すっかり夜は深まっていた。
「さ、話の続きが気になるところだが、そろそろ体を休める時間だ」
「え、もうそんな時間なのですか??」
「なんか、学園の中にいるときよりも話せてる……ぼく」
「そりゃあ、大自然の魔法ってやつだ。ここにくると心が穏やかになって、いつの間にか見ず知らずの人と仲良くできるんだ。ルチルと遠夜だって、学園の中では顔を合わす程度だけど今ではもうすっかりそれぞれを話せる仲になったってことだよな。つまり、そういうことだ」
「……すごいですね。大自然の力というのは。これまた研究の題材になりそうです」
「これからはぼくも、もう少し外に出てみようかな」
 学園にいるときよりも、少し前向きになっている二人を見たロビンフッドはうんうんと大きく頷き二人に休むよう促した。テントに入る前、二人は空一杯に広がる数多の星々を見て、顔を輝かせた。夜空も仲良くなった二人を祝福しているかのように、幾万の星々が絶え間なく瞬いていた。
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