こんがりほっくり栗のパウンドケーキ【神】

文字数 5,871文字

 季節は秋。あんなに暑かった日々が嘘のように過ごしやすくなり、どこへ行くにもぴったりな毎日が続いた。そして作物もその季節に気が付いているのか、ぐんぐんと実り見て楽しめるものはもちろん、食卓に並んで楽しむものまでと生活に活気を与えてくれた。
 そして秋といえば、各都市で行われている収穫祭。毎年どこの都市も大地の恵みで溢れ、中でもかぼちゃの生産は年々増加していき、都市全体がかぼちゃにまみれてしまうこともしばしば。店の入り口にマスコットのように置いてあるところもあれば、大きく育ったかぼちゃを上手にくり抜いてかぼちゃのおばけのようにしたりと工夫を凝らし盛り上げていた。
 そんな収穫祭で賑わう都市の中に一人、場違いなメイド服を着た薄桃色の髪をした少女が立っていた。少女の名前はメルティシア。普段は神界にて宮殿のお世話係を務めている。買い物はもちろん、事務作業や洗濯、そして宮殿内の

などを受け持っている。今日もいつものように身だしなみを整え、主の元へと向かい一日のスケジュールを伺った。すると主は少し悩んだ末、羊皮紙になにやらさらさらと書きそれをメルティシアに手渡した。受け取ったメルティシアはそれをのぞき込むと「好きに遊んできなさい」という文字が走っていた。どういうことかと尋ねると、主は「そのままの意味だ。お前はいつも尽くしてくれるから今日は一日好きなところに遊びに行ってくるがいい。どうやら地上ではハロウィンという催しをしているらしいじゃないか。見聞を広めるためだと思って行ってみるのはどうかな」
 主がそう言うのならそうしようと思ったメルティシアは無言で頷き、主からいくらかの金貨を受け取り地上へ降り立つ魔法陣の上に乗った。帰りも同じように魔法陣の上に乗ればすぐに戻ってこられると体が消える少し前に聞こえたような気がしたメルティシアは返事ができずに神界から地上へと転送された。

 地上に降り立ったはいいが、メルティシア自身いったい何をしたらいいかが全く分からずしばらく都市入り口でぼーっと立っていた。運がいいのか悪いのか、メルティシアが降り立った場所というのが都市で一番入口の装飾が豪華で有名な都市だったため、ただ突っ立ているメイド服の少女を「あぁ。あんなに素敵な飾りつけだったら立ち止まって見るのも無理ないわ」と思い、誰も声をかけなかった。
 とそこへ、後ろから何かがぶつかった衝撃にメルティシアは意識を戻されはっとした。見ると、幼い兄弟がよそ見をしてぶつかったようだった。幼い兄弟はメルティシアを見てすぐに謝ると、メルティシアは困ってしまいおろおろとしていた。そんなおろおろとしている様子が面白かったのか、兄弟は元気に笑った。その声を聞いた保護者らしき人物は兄弟にかけより何事かと尋ねると兄弟はざっくりと内容を話した。状況を理解した保護者はメルティシアに深々と頭を下げて謝罪をした。
「どうもすみません。うちの子たちが迷惑をかけてしまったようで……ほら、もう一回ちゃんと謝りなさい」
「「ごめんなさい」」
 少し時間差の後、メルティシアは小さく頭を下げると保護者は安心したのかメルティシアに声をかけた。
「あなた。この辺りじゃ見かけない容姿をしているのね。どこかのお屋敷からいらしたのかしら?」
 メルティシアは首を横に振り、それを否定すると保護者は「うーん。そうだと思ったのだけど」と呟いた。やりとりをしている間も、どんどんと混み始め入口付近ではしゃいぐ人で溢れていた。
「ちょっと。ここで立っていると危ないから中へ入りましょ。ほら、あなたたちもいくわよ」
「「はーい」」
 保護者の声に兄弟たちは元気よく返事をし、人の流れに紛れていった。こんな状況でもメルティシアはどうしたらいいか判断ができずに立っていると、何かに引っ張られて危うくバランスを崩しそうになった。引っ張っていたのはさっきの兄弟たちだった。
「お姉ちゃんも一緒に行こ? 楽しいよ」
「ほーら。早く来なさい。迷子になっちゃうわよ」
「今行くー」
 ぐいぐいと引っ張られながらメルティシアは賑わう都市の中へと入っていった。


「わー! 今年もすっごくきれいだね」
「ほんとね。ここの装飾担当の人、えらく力が入ってるわね」
 都市の門をくぐると、両側いっぱいにオレンジと赤の飾りが続いていた。途中のお店の窓には蜘蛛の巣を模した飾りもあり、まるで都市全体が魔法にかかっているようだった。メルティシアの住んでいる神界では魔法はある程度使えるけど、こうも自然な装飾を見るのが初めてな彼女にとってはどれもが新鮮に映り、何とも言えない高揚感を感じていた。
「ねぇねぇ。お母さん、あそこに入りたい」
「はいはい。お姉さんも一緒に入りましょ」
「ほらほらー。はやくー」
 半ば無理やりお店の中へと入ると、そこは甘い香りでいっぱいのお菓子屋だった。こっちはベリー系、こっちはオレンジ系と果実のにおいが詰まったお店はメルティシアの心を解した。
「いらっしゃーい。今日もきてくれてありがとー」
 とんがり帽子を被った店員が兄弟に丸いものを渡していたのを見たメルティシアは、勇気を出して保護者に聞いてみた。
「あの……あの丸いものはなんですか」
「ああ。あれはキャンディだよ。今の季節はああやってコミュニケーションをとってみんなわいわいするんだ」
「へぇ……そうなんですね」
 キャンディと呼ばれた丸いものを受け渡している店員、それを受け取る子供たちの顔は皆嬉しそうに笑っていた。それを見たメルティシアもなんだか嬉しくなりつられて薄く笑った。
「おかーさん。これ買っていい?」
「ぼくもこれがほしい!」
「お小遣いから出しなさい。来る前にあげたでしょ」
「もらったけど……うーん」
 どうやら欲しいキャンディが見つかったみたいだが、兄弟はなにか困っている様子だった。なんとなくそれを察したメルティシアは兄弟たちの目線に合わせて尋ねると、まだ欲しいものがあるかもしれないからお小遣いからは出したくないと話してくれた。どうしようかと考えた末、メルティシアはすっくと立ちあがり兄弟たちが持っているキャンディの支払いを済ませ、兄弟たちに手渡した。
「はい。どうぞ」
「え、お姉ちゃん。いいの?」
「わーい! ありがとー!」
「え? ちょっと! お姉さんが支払ってくださったの?」
「ええ。でも、怒らないでください。わたし、あの子たちの笑顔を見て『買ってあげたい』って思えたので」
「そ……そうですか?なんか悪いね。ほら、ちゃんとお姉さんにありがとうっていいなさい」
「「お姉ちゃん! ありがと!」」
「どういたしまして」
 最初はどうしたらいいかわからなくて困っていたが、今は見ず知らずの人が親切に案内をしてくれていることに嬉しく思ったメルティシアは何か手伝ってあげたいという気持ちが溢れていた。これも主が言っていた「好きに」という意味にもなるのだろうか。そうこうしているうちに店の外に出て、今度はこの都市の中央部にある巨大なオブジェを見に行こうと兄弟たちに引っ張られながら先へと進んでいくうち、メルティシアの気持ちにも徐々に変化が起こっていた。

「ここがこの都市の真ん中です。冬にはあそこにクリスマスツリーが立つんですよ」
「……わぁ」
 兄弟たちが指さす方向には、大きな木を囲むようにかぼちゃを被った案山子や可愛いお化け、黒い猫などのおもちゃが置かれており、木には大小異なる蝙蝠が飛んでいる様子を象った飾りがついていた。怪しい雰囲気がありつつも、どこか可愛い飾りつけにメルティシアは思わず声をあげた。今まで宮殿内ではあまり感じたことがなかった気持ちがメルティシアを包み、わくわくとした気持ちが高まっていった。
「下界ではこんな素敵な催しをしているんですね」
 周りに聞こえないよう小さな声で呟き、メルティシアはしばし大きな木に施された装飾に魅入っていた。すると、メルティシアの背後から悲鳴が聞こえた。はっとして振り返ると兄弟のうち一人が連れ去られてしまったのだ。
「おかーさーーん!」
「待ちなさい! だれかー!!!」
 すぐにメルティシアは気持ちを入れ替え、兄弟を連れ去った一人の追跡を始めた。人が多くなってきている中、探すのは少し難しいかと思われたがそうでもなかった。その理由は、さっき購入したキャンディだった。その香りを覚えていたメルティシアはその香りを辿っていくと、薄暗い路地裏にたどり着いた。軽く息を吐き、静かに進んでいるとすぐ近くで悲鳴が聞こえた。
「おかーさーーん! おねーーーちゃーーん!」
「てめっ! 静かにしろっ!!」
 聞こえた方に向き直り全力で駆けると、そこには大柄な男がさっきの兄弟のうち一人を抱えていた。
「んーーー! んんんーーー!」
「おんや? メイドさんが何の用だ」
「んーーーー!!」
「ガキ! 黙れ!!」
「……その子を放しなさい」
 非常に落ち着いた声で男に声をかけるも、男は応じずポケットから刃物を取り出した。
「それ以上近づくんじゃねえ。こいつがどうなってもいいのか」
「んんんん!! んん!!」
 口を塞がれながら声を発する男の子の目には涙を浮かべ、必死に首を横に振っている。この状況であの子を救い出す方法は……ある。メルティシアはエプロンの紐を結い直し、メイドキャップを整えた。そして手にはいつの間にか銀色に輝くモップが握られていた。
「ぷっは! モップとか面白ぇ! それでこの坊主をどう助けるのか見せて……ぶっ!!」
「遅い」
 べらべらとしゃべっている隙を狙ったメルティシアのモップの一撃は、男の頭の上にきれいに落ちた。その衝撃で男の子は束縛から解放され、すぐに大柄の男から距離をとった。
「大丈夫? けがしてない?」
「う……うん。大丈夫」
「よかった……」
 モップを構えながら男の子の容態が無事だとわかり、ほっとしたメルティシア。だけど、本当にほっとするのはこの大柄な男をどうにかするまでできなかった。
「てっめぇ……なにしやがんだ」
「なにって? わたしはお掃除をしたまでです」
「はぁ? 掃除?」
「ええ。わたしはメイドでございますから。汚れたものを掃除するのは当たり前かと」
 淡々というメルティシアの言葉に我慢の限界にきたのか、大柄な男はなりふり構わず襲い掛かってきた。直線的な突っ込みに対してメルティシアはただ静かにモップを構えて立っていた。
「お姉ちゃん! 危ない!」
「おらああ!!」
「足元にご注意ください」
 目と鼻の先でメルティシアは急に屈み、モップで大柄な男の足元を払った。支えられなくなった体は一瞬宙に浮き、その後は地面へと倒れた。一瞬、何が起きたのか理解できなかった大柄な男は辺りをきょろきょろしていたが、メルティシアの冷たい眼差しを見た瞬間、情けない声を上げてどこかへと逃げて行った。ようやく静寂が訪れ、緊張感を開放したメルティシアのそばで男の子も緊張の糸が切れてしまったのか、大声で泣いてしまった。
「わぁああぁん! ごめんなさぁあいい! うわああぁあ!」
「大丈夫。もう大丈夫だからね。よしよし。怖かったね」
「おねーーーちゃーーん。ごめんああああいいいいい」
「ううん。わたしは大丈夫。大丈夫だよ」
 メルティシアは男の子が落ち着くまで、何度も背中をさすりなだめた。しばらくして、男の子の鳴き声を聞いて保護者がかけつけ、男の子を抱きしめがら怒鳴った。
「もう……心配したんだから……このばか!!!」
「っく……ご……なぁあいい……ぁあああ……ああああ」
 一頻り無事を確認したところで、保護者がメルティシアに向き直り長い時間頭を下げた。
「この度はほんっとうにご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。それと……あなたは命の恩人です。ありがとうございます。あなたがいなかったら……今頃どうなっていたか……」
「おねえちゃん……ありがとう……ございます」
「ううん。けががなくてよかった」
 まだ涙が止まらない男の子にメルティシアはエプロンのポケットからハンカチを取り出し、男の子の涙を優しく拭った。するとおまじないのように涙はぴたっと止まり、代わりに男の子の顔には笑顔が戻った。
「お母さん! お姉ちゃん、すっごくかっこよかったんだよ!! モップでね、悪い人をやっつけたんだよ!」
「モップで……」
 しばらく男の子の興奮が収まらず、保護者はどうしようかと悩んでいるとメルティシアは男の子の目線になり人差し指を唇に添えて優しく言った。
「これは、わたしと君だけの秘密ね」
「秘密……うん!」
 無事に興奮を沈められ、安心したところにもう一人の男の子が追いつき全員で全員をぎゅっと抱きしめた。

 日もすっかり落ち、あたりはきれいな黒色に染まるころ。メルティシアが最初に見たときとは違う顔の都市がそこにはあった。かぼちゃをくり抜いてつくられたランタンには明かりが灯り、怪しくも華やかに夜の都市を照らしていた。時折風で揺れる明かりは何とも言えない雰囲気を醸し出し、行きかう人の気持ちをほんの僅かときめかせる。結局、メルティシアはこの親子のお世話になり、最後まで一緒にいることになった。せっかく来たのならお土産も買っていきましょうと保護者に言われたくさんお店巡りをした。今度はお腹が空いたら大変だといいいくつもの露店が並ぶ通りまで案内してくれたりと何から何まで頼りっぱなしだった。だが、そのおかげでたくさんのお土産を購入することができたし、地上の食べ物も堪能することができたことにメルティシアは何度もお礼を言った。
「いいってこと。また機会があったら一緒に巡りましょ。今度はトラブルなしで……ね?」
「……はい。ぜひ」
「うん! ちょっとバタバタしちゃったけど、とっても楽しい一日をありがとう!」
「お姉ちゃん、もう帰っちゃうの?」
「もう少し一緒に遊びたい」
「だめ。お姉さんだって都合っていうものがあるんだから」
 まだ遊び足りない兄弟に、また来年一緒に遊ぶことを約束しメルティシアは最後の別れをして人混みに紛れながら消えた。その中、メルティシアは自分でもわかるくらいに感情表現ができていることに気付き、さらにこれが主の言っていたことなのかもしれないと自分で結論付け魔法陣を展開。これはきっといい報告ができると嬉しくなったメルティシアはさっそく宮殿に戻り、主の元へと駆けた。その証拠に、頭にはかぼちゃとお化けを模したカチューシャ、手にはあの兄弟たちと同じ味のキャンディ、それとかぼちゃ味のクッキーをたくさん抱えていた。
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