はいからぱんけぇき【竜】

文字数 1,536文字

「いらっしゃいませぇ!」
 元気の良い声が店内に響く。店内では、女性の店員が眩しい笑顔で対応していた。黒檀のような艶やかな髪に清潔な白い布のエプロン、このあたりではみかけないハイカラな装いだった。店内もどこか懐かしさを感じてしまうレトロな雰囲気に、数多くのお客さんが来店している。
 店員─ヨアケ。ここの喫茶店で働く元気いっぱいの女の子。たくさんの人に喫茶店のいいところを知ってもらいたいという純粋な思いから、ここで働くようになった。店長も彼女の働きぶりには目を見張る部分があるといい、接客が苦手な店長にとってはとてもありがたい存在だった。注文を聞き、店長に伝え、出来立てを提供しお勘定と一連の流れを完璧に把握しどれも無駄のない動きでお客さんを捌くその姿はまるで踊っているかのように鮮やかなものだった。
「ヨアケちゃん。注文いいかな」
「はーい! お伺いします!」
 呼ばれたヨアケはすぐに注文に伺った。そのお客は目が少し見え辛いのか、料理が書かれた本を目に近づけてみていた。それを見てヨアケはどんなものが食べたいかを聞いてみた。
「そうだなぁ。ボリュームのあるものがいいな」
「ふんふん。ほかにはどんなものがいいですか?」
「それと……前に知人から聞いた……あの……なんだっけ……黄色いもので被さった料理……」
「わかりました♪ ちょっと待っててくださいね」
「へ? あ、あの。ヨアケちゃん?」
 お客が驚いているのも無理はない。どれも具体的に言っていないのに、それだけで何が食べたいかがわかってしまったのだから。ヨアケは店長に注文を伝えると、店長は小さく頷き腕を振るった。

「お待たせしましたぁ~! おむらいすです!」
「おお……そうじゃ。この匂い。それに……そうそう。こんな黄色いものが被さっておったの」
 自分の目を思い切り近づけて料理を確認している姿を見たヨアケは「間違ってなくてよかった」と満面の笑みを浮かべながら胸を撫でおろした。
「それにしてもヨアケちゃん。よくわかったね。わしの食べたい料理」
「任せてください♪ ここにある料理は全て把握してますので♪ また何かわからないことがあったらなんでも言ってくださいね!」
 そういい、ヨアケはできたてほかほかのおむらいすをお客の前に置くと今度は皿洗いをするために厨房へ入っていった。できたてほかほかのおむらいすを食べているお客の目には大粒の涙が浮かんでいた。

「ふう。今日もたくさんのお客さんが来ましたね」
「それもこれも、みんなヨアケちゃんの接客のおかげだよ。本当に助かってるよ」
「そんなそんな。店長のお料理のおかげですよ! では、わたしはお先に失礼しますね!」
 笑顔のままエプロンを外し、店内を出ていくヨアケを見送った店長は売り上げ計算をするため一人事務所へと向かった。

「さってと。今日も始めますかね」
 エプロンを外したヨアケがトレイの代わりに持っているのは、お店で使っている黒いお盆だった。だが、そのお盆からは鋭い刃物が顔を覗かせていた。怪しい人物を探しているヨアケの顔はあの眩しい笑顔はなく、ただ無機質なものだった。それは、ここ最近ヨアケが務めている喫茶店のレシピを奪おうとしているという話を店長から聞いた。聞捨てならない事態にヨアケはレシピとみんなの笑顔を守るため、裏の顔を覗かせた。もちろん、店長にはこのことは内緒にしてあるため、ばれる訳にはいかない極秘の仕事なのだ。
 店近くを警戒してはや数時間が経過したころ。特に異常が見当たらないこと確認したヨアケは軽く伸びをし、今日は引き上げることにした。まぁ、こういう日もあるさと割り切りヨアケは帰り支度を済ませ音もなく夜の風を切り、帰宅した。今日も素敵な笑顔で溢れる店内にしたいと願いながら。
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