ひんやり葛あいす【魔】

文字数 2,550文字

「すっかり日が暮れてしまったわね」
 刀を抱きしめながら歩く漆黒の髪色の少女。か細い腕には不釣り合いな立派な日本刀を抱きしめているのに違和感を感じられるのは数多く、本人はあまり気にしないようにしている。彼女の名前はヨシノ。今、ヨシノが抱きしめている刀は妖刀鬼神楽と呼ばれるもので、その刀を手にしたものは刀に憑依している鬼に操られてしまうという呪いがかかっている。以前、その力に飲み込まれ自分が住んでいた村の住人を殺めてしまったことの罪滅ぼしとして、村を出てあちこちで困っている人の手助けを行っている。
「カグラ。もう少しで村に着きそうかしら」
 刀からすっと出た青白い光。それが鬼神楽に宿る鬼─カグラ。最初こそヨシノを乗っ取る気でいたのだが、次第にヨシノの制御する力が強くなってきているためか、カグラはヨシノの言うことを素直に聞いており今では良きパートナーとなっている。
「……」
「あら。もうすぐそこなのね。頑張りましょ」
 カグラが無言で指さす先には微かな明かりがぽつぽつと点いているのが見えた。それを見てほっとしたヨシノはもう少しだと自分に言い聞かせ、足を動かした。

「ごめんくださーい」
 村の入り口付近の家の扉をノックした後、挨拶をしてみた。誰もいないのかなと思い、ヨシノはもう一度扉をノックしようとしたとき、扉は静かに開き中から住人が顔を覗かせた。
「どちらさまですか?」
「あ、わたしはヨシノと申します。こちらはカグラといいます」
 ヨシノは経緯をかいつまんで話すと、住人は「このあたりは確かにちょっと物騒だからね。よかったらうちに泊まっていきな」といい、家の中へ招き入れてくれた。
「お……お邪魔します」
 住人からお茶をいただきながら、ヨシノは何度もお礼を言った。住人は「困っている人を放ってはおけない性分なんでね」といいながら簡単な食事をヨシノの前に出した。
「あまりものだけど、よかったら食べな」
「まぁ……い、いただきます」
 しっとりとしたパンの間に干し肉がぎっしりと挟まったサンドイッチを口にしたヨシノの顔は、安堵感を漂わせる顔へと変わった。無言でサンドイッチを平らげたヨシノは最後に手を合わせて挨拶をすると、再度住人に礼を言った。
「大したものじゃないけどさ。でもま、口に合ってよかったよ。ところで、ヨシノと言ったっけ。あんた、肝試しは好きかい?」
「肝……試し?」
 聞きなれない言葉に首を傾げると、住人は「単純なお遊びさ。決められた道を歩くだけの催しさ」といい、ぐふふと笑った。ヨシノはその肝試しというものに興味を抱き、参加を申し出ると住人は「よしきた」といい、早速開始地点を案内した。
「この家を出て左に曲がると大きな木が見えてくるから、それをまた左に行くと……特徴的なものが見えるさ。この季節の楽しみを味わってきな」
「は、はい。ありがとうございます。では、行ってきます」
 こうしてヨシノとカグラはこの村で行われる肝試し大会に参加することとなった。住人から雰囲気も大事だと言われ、借りた青のアサガオが描かれた浴衣に袖を通し会場へと向かうと、いかにもそれっぽい雰囲気を醸し出している場所があった。見たことのない石塔があちこちに並び、淀んだ空気がそこから発生しているかのような独特なものがあった。ヨシノは意を決し、入り口で村の人から提灯を受け取るとその異様な雰囲気が漂う石塔の迷路へと足を踏み入れた。

「カグラ……この道であってるの?」
「……」
 まるで「おれの前へ出るな」とばかりにカグラが提灯を持ち、先導していた。その姿はどこか逞しくもあり微笑ましかった。なにか独特の湿った雰囲気の漂う石塔の迷路を進んでいると、突然カグラの歩がぴたりと止まった。何事かと思い辺りを見回してもそれらしいものは見当たらなかったのだが、突如ヨシノの耳元で生暖かい風がびゅうと吹いた。次いでヨシノは背筋になにか冷たいものが走る感じがしてから声を発すると、カグラはその声に驚き提灯を落としそうになる。
「だ……大丈夫。大丈夫よ。カグラ、落ち着いていきましょう」
「……」
 なんとか自分を落ち着かせ、再び歩き出したヨシノの頬に今度はひやりと冷たい何かが張り付いた。本当はただの水に濡らした手ぬぐいなのだが、おばけと勘違いしたヨシノはさっきよりも大きな悲鳴をあげた。
「きゃああつ!! なに!!? おばけ? いやーーー!」
「……!!」
 それ以上に恐怖心を抱いていたカグラはもう我慢ができなくなり、提灯をそっちのけでヨシノを抱きかかえ猛スピードで石塔の迷路をぐるぐると回りだした。
「ちょっとカグラ! どこまで走るのよーー! 止まりなさーーーい!!」
 カグラの手はぶるぶると震え、目には涙を浮かべながら何度も同じところをぐるぐると回るカグラが平常心を取り戻したのは数十分後のことだった。ようやくカグラの暴走が収まり、ぜえぜえと呼吸するヨシノはぐったりとしながら出口へと向かったのだが、もう自力で立つことがままならず出口付近で立っていた村の人に助け起こしてもらいながらなんとか立つことができた。
「はぁ……はぁ……つ、疲れた……」
「…………」
 それ以上に目を回していたカグラは、大の字になって地面へと転がっていた。ふらふらになりながらカグラの回収を終えたヨシノは浴衣を貸してくれた住人の家へと戻りベッドの上に体を預けると、そのまま夢の中へと落ちていった。

 翌朝。少し怠さの残る体をゆっくり起こすと、外は眩しい日の光で溢れていた。ベッドをきれいに整え、身支度を済ませてから部屋を出ると住人は既に朝食の準備を済ませて待っていた。
「おはようさん。朝ごはんできてるよ」
「ありがとうございます。カグラ、少し待ってて」
 声をかけられたカグラはまだ寝足りないのか、目を擦りながら辺りをきょろきょろとしていたが再び夢の中へと戻っていった。その間にヨシノは朝食を摂り、今日の活力を補給した。きれいに平らげたところですぐに住人に挨拶をして出発をした。少し心残りではあるが、新しい体験ができたことに感謝をしながらヨシノは罪滅ぼしの旅を再開させた。
「さ、カグラ。次へ向かうわよ」
「……」
 任せろとばかりに胸を張り先を行くカグラに、自然と頬が緩むヨシノの歩はいつもより軽かった。
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