一粒の幸せ♡ジャンボグレープタルトレット【魔】♏

文字数 2,954文字

 とある学園内。小さめなリュックを背負い、手には数冊のノートを抱えて歩く少女がいた。ハイカットのスニーカーに色違いのハイソックス。袖のないシャツ、そして少しサイズの大きめなジャージを腰に巻き付けて歩くその少女の腰元には嬉しそうにぴこぴこと動くサソリの尾がついていた。
 彼女のの名前はシャウラ。今をポジティブに楽しむごく普通の学生である。文武両道で才色兼備、クラスでも人気者のシャウラは今日も笑みが絶えなかった。雲一つない気持ちの良い青空が広がっているのであるならば、気持ちもうきうきと弾み笑みもいつも以上に輝いて見える。
「シャウラー。おはよー!」
「あ、おはよー。今日、数学のテストだったよね? あんた、大丈夫なの? 公式、ちゃんと頭に入ってる?」
「……いやなこと思い出せてくれるなよ……。昨日、教科書とワーク開いたらさ、自然と目が閉じてくるんだぜ? あれ、きっと何かよくない魔法がかかってるに違いないって!」
「そんな魔法あるわけないでしょ? ったく、しかたないなぁ。テストは二時限目だったと思うから、それまであたしがポイント教えるから」
「ほんとか? 助かるぅう!」
「その代わり! 学食のシェイク、奢ってね。それも大きいサイズを」
「うぅう……今月金欠だけど……おっけ。じゃあ、よろしく」
「あいよ。そんじゃ、またあとでね」
 クラスメイトに学食で大人気のシェイクの約束をしたシャウラは鼻歌を歌いながらそのまま自分の教室へ入ると、リュックとノートをロッカーに入れてから席に着くと窓の外を眺めていた。眩しくも心地よい太陽は校庭を照らし、ほんのちょっぴり冷たい風は今の気候にマッチしていて学園が休みならどこか遠くに出かけてもいいかなと思えてしまうような心地よさだった。
「シャウラー。おはよー」
「あ、おはよう。今日早いじゃん」
「うん。なんか今日のテストが心配でね」
「あはは。わたしもちょっと心配かもー」
「なぁに言ってるの。あんたはなんでもできちゃうんだから、そんな心配とは無縁でしょー?」
「そんなことないよ。あ、予鈴鳴ってるよ」
「あ、やば。テスト前にノート確認しておかないと」
 予鈴が学園内に響くと、こつこつと廊下を歩く音が聞こえた。しばらくして担任が入ってくると、簡単なホームルームを行った。今日は中間テストで特に特記することもないので、皆さん頑張ってくださいとだけ言うと担任は眼鏡をくいと直し職員室へと戻っていった。その後の教室はノートを見返したり頭を抱えている生徒など様々だったが、時は無情にも過ぎていく。

 きちんと数学のポイントも教え、それからはシャウラも問題文と向き合いしっかりと問題を解いていった。きちんと問題文を読んで使えそうな公式はどれかを選び、当てはめていけば大丈夫。自分にそう言い聞かせながら落ち着いて一つ一つ問題を解いていくと、あっという間に全問解き終えていたシャウラは最後に漏れている箇所がないか誤字脱字がないかを確認したうえで答案用紙を裏面にし、チャイムが鳴るのを静かに待った。
「はい。そこまで。ペンを置いて後ろの人から答案用紙を前に送ってください」
 終了を告げるチャイムが鳴ると、凛とした声の生物担当の先生が声をあげた。一枚また一枚答案用紙が前へと送られていく中、自分の答案用紙が担任の手に渡ったのを見ると、なんとなくやりきったなという表情のシャウラ。ふうと小さく息を吐き、軽く伸びをして約束を取り付けた友人のクラスへ向かうとその友人の表情は真っ白に染まっていた。
「おつかれー。テストはどうだっ……って、聞かないほうがよかったかな」
「……終わった。シャウラに教えてもらったポイントはドンビシャだったけど、あとは自分の記憶力の問題だった……終わった……」
 今にも口から魂が飛んで行ってしまいそうな友人の背中をぽんぽんと叩き、健闘を称えると友人はふらりと立ち上がり「学食行くか」と力ない足取りで向かった。シャウラはそんな友人が倒れないように支えながら隣に立っていた。

「んでさー、あいつったらねぇよな」
「そんなことあったんだ」
「ありえねーって」
 学食で大人気のシェイクを口にした友人は、さっきまでの真っ白な表情から一変しどこか潤ったような生き生きとしたようなそんあ表情で世間話をしていた。それを聞いていた友人の友人も思っていたことを口にしながらシェイクをすすっていた。それはシャウラも同じで、シャウラも同様に友人の話に耳を傾けているのは同じなのだが、シャウラは自ら話題を中々切り出さなかった。
「そういえばシャウラって、あんまり自分の話題出さないよな」
「そうそう。聞こうと思ってたんだ」
「あ……そ、そうだっけ?」
 ふと自分に話題のバトンが回ってきたことに気まずさを感じたシャウラ。話せないこともないのだが……シャウラには一つ、みんなには言えない秘密があった。それは、自分が十二星座の皇子であるということ。これは、とある封印を開放しようとしている者から封印を守る使命を担っているもので、シャウラは十二に分かれた貴族の家系の一つの末裔。代々、この家系に生まれたものは、悪しき者から封印を守るよう命じられていて、それはほかにもいる十二星座の皇子たち以外に口外してはいけない。
 封印というものがまだ具体的にはどんなものか知らされていないが、なんとなく情報としてあがっていることは把握しているシャウラは学園生活を送りながら陰で封印を破ろうとする悪しき者たちと戦っている。もし、何かの拍子に口を滑らせてしまうことを警戒しての行為だったのだが、あまりに自分にことを話さないでいるシャウラに友人たちも少し疑問に感じていた。
「あ……あははは。ご、ごめんね。あまり……そのぉ……自分に興味ないというかなんというか……あはは」
「んなわけねーだろ。お前はいつもそうやってはぐらかす」
「あ……ごめん……」
「今始まったことじゃねぇ。でも……もう少しおれたちはお前のことを知りたいってだけだ。できたらでいいから、お前のことをもう少し教えてくれ。それとも、おれたちが信用ならねぇか?」
 友人から真剣な表情で言われたシャウラは慌てて否定をすると、友人は「また今度な」といい、席を立った。残った友人はシャウラに優しく声をかけ、席を立つとその席にはシャウラだけが残った。
「……わたしだって……わたしだってさ……本当は色々話したいよ……でも……でも……」
 うっかり喋ってしまいそうな自分がこれほどまでに許せないと感じたことがなかったシャウラは、声を殺しながら涙を流した。

 深く関わってしまえば、別れが辛くなる。それが身近であればあるほど、仲が良ければよいほどそのときの喪失感というのは心に響いてしまう。だから、それを防ごうとシャウラはあまり深い関わりを持たないよう浅い関係をしていけばいいと思っていた。だが、それは思いもしなかった友人たちの反応に打ち砕かれてしまった。
「大好きだよ。大好きだからこそ……言えないこともたくさんあるんだ……ごめん……ごめんね。落ち着いたら……使命を果たしたら……たくさん話そう。いっぱい話そう……だから、それまでもう少し待っててくれると嬉しいな……」
 大好きな学食のシェイクが美味しくないと思ったは初めてだった。
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