チョコとナッツたぁっぷり♡さくさくパイ【竜】♎

文字数 2,307文字

「ふむ……あまり良くない情報が動いていますね」
 群青色の空の下、ゆったりとしたソファに腰を下ろしている青年がいた。すらりとした体躯に流れるような春色の髪に薄いエメラルドグリーンの瞳。白を基調としたぴしりとしたタキシードを身を包み、手には大きな天秤がついた杖を持っていた。そして彼が持っている杖の先の天秤は微かに揺れながら片方に傾いていた。
 青年の名はカマリ。とある使命を担っている十二星座の皇子の長として務め、他の皇子たちを優しく見守っている。自分の仕事に加え、周りの皇子の様子を見ながらと激務だが、そんな素振りを一切見せずに取り組んでいる姿はまさに長に相応しいと言えるだろう。
「……おや?」
 何かの気配に眉をぴくりと動かし、気配のする方へと視線を移すとそこには見知らぬ男性が立っていた。
「あなたは……?」
 突然現れた見知らぬ男性に問うと、その男性はおどおどとした様子で辺りをきょろきょろと見まわしていると、カマリはその男性に近付き薄く笑いながら話しかけた。
「やぁ。驚かせてすまないね。わたしはカマリ。ここはわたしの住処なのだが……あなたはどこからやってきたのか、教えてくれますか?」
 なるべくゆっくりとした口調で人物に話しかけると、男性は落ち着きを取り戻したのか深い呼吸へと変わりカマリの話をゆっくり咀嚼するように聞いていた。やがて状況を把握した男性は、ここが十二星座の皇子が住まう場所だときちんと理解すると、顔から血の気がサーっと引いたような顔になった。
「そんなに驚かなくても大丈夫ですよ。稀にあなたのような方が迷い込んでくるときがありますから。それに、わたしはそんな人たちに興味があります」
 男性はそうなのかというような顔でカマリの顔を見ていると、カマリは笑顔でその問に答えた。状況を把握した男性はこれからどうしようかと考えていると、カマリは「そうだ」というと、男性に近付き再びにこっと笑った。
「せっかくですし、この辺りを見学されてはどうですか?」
 ひょんなことから十二星座のてんびん座の皇子の住まうところへ飛んできてしまった男性。まさかこんなことがあるなんて思っていなかった男性は、再び口をぱくぱくさせながら固まっていた。

 長い廊下を歩いているとき、カマリは久しぶりに人間に会えたことが余程嬉しかったのか色々と話を聞かせてくれた。他の十二星座の皇子についてを重点的に話していると、男性はふとあることに気がついた。それは、話の中によく登場するポルカという名前の皇子だった。やれお菓子をあげただの、やれ癒しだのとポルカという皇子が出てくる話のときは、カマリはとても楽しそうにしていたので、男性はおずおずと聞いてみた。もしかして、周りから過保護だって言われませんか……と。すると、カマリは驚いた様子ではぁと溜息を吐きながら「そうなんですよ」と言った。
「実は、ポルカはわたしの所有するこの屋敷に住んでいましてね。なんかこう……何か困ったことはないかなぁなんて思ってしまうと……自然とそうなってしまうのです」
 恥ずかしそうに頬を掻きながら話しているカマリを見た男性は、そのポルカの話を思い出していた。確か、幼くして十二星座の力を分け与えられたポルカとカスターは両親を離れここで暮らしているとあった。そう考えると、確かに親に甘えたいという気持ちは当然出てくる。そこでカマリがポルカの親代わりをしているといえば、必要以上にそうしたい気持ちというのは出てしまってもおかしくはないのかもしれない。色々と考えていると、今度はカマリが少しだけ強い口調で「聞いてくださいよ」と男性に近寄った。
「これで過保護だというのなら、ポルカを見るたびにお菓子をあげているフェルグはどうなるのでしょう?
 いや、フェルグは単に子供が好きということもありますけど……それも似たようなものだと思いませんか?」
 答えに困った男性は額に大粒の汗をだらだらと垂らしながら「そうですね」と覇気のない声で返答した。こう見えて目の前にいるのは十二星座の皇子─一般の人間からすれば神様に相当するものなのだから、あまり失礼のないようにしないといけないと感じた男性は、なるべく同調するようにカマリとの話を進めていくと、ふとカマリの足が止まった。
「……動きました」
 男性は何事かと思い、カマリに聞き直そうとしたとき、男性の背後に黒い影のようなものがぶわりと広がった。それは一枚の闇のように見えた男性は声を失くしその場で動けないでいると、カマリはすぐに杖を構えた。
「ご退場いただきましょう」
 杖から淡い緑色の光が放たれると、一枚の闇は一瞬にして蒸発しすぐに静けさが戻ってきた。急な出来事に男性は何も言えないでいると、カマリは「申し訳ありません」といい、男性の頭に手を置いた。
「今見たこと、他言されると困りますので……」
 カマリは男性に魔力を注ぎ込むと、男性は足の力が抜けてしまったかのようにがくりと床に落ちた。
「わたしにはわかります。あれが何なのか。そして、あなたがどんな存在なのかも……ね。そして、あなたはまたきっとここへ来ることもわかっています。そのとき、きちんとした事情をお話しますので……それまでは……どうか……」
 思いを込めた右手から伝わる魔力は男性の頭に注がれると、男性はそのまま体から白い光を発し、どこかへ転送されていった。やがて白い光が消えると、そこにはさっきまでいた男性の姿はなく、代わりに仄かな温もりだけが残されていた。
「やはり……この宿命からは逃れられませんか」
 忌々し気に群青色の空を見つめるカマリ。その先にはもう一人の自分が空で煌々と瞬いていた。
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