黒ごま香るモンブランロール【神】

文字数 3,309文字

 人が頭から地面に突き刺さっている。そんな話が名もなき村で広まると、村全体がてんやわんやの大騒ぎだった。そんなことに遭遇したことがない村の人は右往左往して慌てふためていると、突き刺さっているものがもぞもぞと動き、やがて足をうにうにと動かし始めた。生きていることが確認できたことはよかったのだが、その足の動きが独特すぎて村の人はあまりのおぞましさに誰もが近寄ろうとはしなかった。
「なんだあの足の動きは……」
「人ではあるみたいだけど……大丈夫なのかしら」
 口々に言う村の人たちをよそに、足の動きはさらに激しくなりいよいよ何かが起こる予感がした村人たちはそこからだいぶ離れた場所でその様子をうかがうことにした。ある者は岩陰から、またある者は木の上からと様々だった。奇妙な動きをしながら時はしばらく流れ、ふいにぴたりと動きが止まった。空高くぴんと伸びた足は膝を曲げまるで力を溜めているように縮こませると、伸ばしたときの反動を利用して地面から体を引き抜くことに成功した。その瞬間、村人たちは歓喜にも悲鳴にも似た声を発した。無事に着地したのは、黄金色のショートヘアーの少女だった。埋まっていた上半身についた砂埃をぽんぽんと払い、うんと背伸びをした少女はあどけなさを残しながら、どこか力強い光を目に宿していた。動きやすさを重視しているのか、衣服は軽装でややぴったりとした印象のものを身に着けていた。
「あ~。なんとか出ることができたぁ」
 再び地に足をつけることができていることに喜びを表している少女に、一人の村人が近付き何があったのか尋ねた。すると少女はあっけらかんとした様子で答えた。
「ああ。師匠と会えたんだけどさ、蹴られちゃってさ」
 蹴られた。蹴られただけであそこまで綺麗に地面に突き刺さるものなのだろうか……。たぶん、村人全員がそう思っているのにも関わらず、少女は軽い身のこなしでひょいと高台に飛び乗ると遠くを眺めた。しばらく眺めた後、少女はがっくりと肩を落とし切り株に腰を下ろした。
「あの……どうかしましたか?」
 村の人が恐る恐る声をかけると、ゆっくりと首だけを動かし涙を流しながら「ししょーをさがしてるんですー」と答えた。どうやら、少女が言っていた師匠とやらに会うため少女─レムカは各地を捜し歩いていたそう。その途中、何かの巡りあわせで師匠と再会することができ、レムカは嬉しくて師匠に猛ダッシュするも、師匠は表情一つ変えずにレムカを蹴り飛ばしたんだとか。その蹴られた勢いがとてつもないというのは、さっき村の人たちが見た地面に突き刺さった状態のレムカが物語っていた。
「なにか手がかりはありませんか?」
 村の人に聞かれても、レムカはただ唸ることしかできなかった。いよいよ探すことは不可能かと思われていたが、レムカはすっくと立ちあがり「まぁ、なんとかして師匠に会ってみるよ」とにこっと笑いどこにいるかわからない師匠を探す旅へと戻っていった。

 師匠を探す旅を始めてどのくらい経ったのか。ふと気になった町にふらりと立ち寄ったレムカは、宿屋で町の人たちの会話に耳をそばだてた。すると、どうやら穏やかではない内容の話をしていた。どうやら不定期ではあるが、町の人が夜遅くに外へ出てそれ以降帰ってこないということが続いているらしい。予防策を張ってもそれをかいくぐりいなくなってしまうということに、町の人たちは深い溜息を吐いた。
(何かありそうだな。引き受けてみるか)
「なぁ、その話。もう少し詳しく聞かせてくれないか?」
「あ、あんたは?」
「まー、その辺は適当に解釈してもらって構わないんだけど。その問題、もしかしたら解決できるかもしれないからさ」
「ほ、本当か?!」
 身を乗り出してまでレムカの話に食いついた男性、実は先日妻が居なくなってしまい傷心していたという。そんなことがあって放っておけるわけがないとレムカが力強く言うと、男性は涙を流しながらその場に崩れ落ちた。レムカはそんな男性の肩を優しく叩くと、詳細を聞くため別室に移動した。

「よーし。見てろ化け物」
 事情を聴いたレムカは宿屋の一室を借り、ふらりと出歩く人影がいないか見張りをすることにした。空は雲一つなく月明りが煌々と町全体を照らしていて、監視には絶好の天候だった。何人たりとも見逃すまいと注意深く視点を動かしていると、町の入り口にある大きな木が一瞬、かさりと動いたような気がしたレムカは反射的に宿屋の窓を蹴り、現場に急行した。すぐに確認をすると、その木をねぐらとしている小動物だった。ほっと胸を撫でおろして間もなく、レムカの背後に凄まじい殺気を放つ存在に気が付きすぐさま裏拳の構えをとると、そこには見知った人影が立っていた。白いぴったりとした衣服に重たすぎるマント、漆のような艶やかな黒髪を大きなかんざしでまとめている女性……。
「し……ししょーーーー!!」
「レムカか。今までどこへ行っていた?!」
「どこって、ずっと迷子の師匠を探しまわってたんですよー」
「迷子になっていたのはお前だろ? ちょっと蹴り飛ばしたくらいで遥か彼方まで吹っ飛ぶとは……鍛錬が足らんぞ!」
「ところで師匠はなんでここに?」
「うむ。どうやら怪しい怪物がいるという噂を聞いてな。そういうお前こそ、なんでここに?」
「師匠と同じで、怪しい怪物が出るという話を聞いたので」
「そうか。なら、二人でこらしめるのも悪くないな」
「はいっ! 師匠と一緒なら何にだって勝てる気がします!」
「油断するな。まだ相手がどんな奴か……」

 グォオオオオオ!

 夜でもお構いなしの大きな咆哮に、二人ははっとし臨戦態勢をとった。レムカは拳を、師匠─ダーシェは脚を構え目の前にそびえたつ山のような化け物と対峙していた。
「なんだこいつは。こんなに大きな声をあげる奴なら寝ている奴も気が付いて起きるはずだろう」
「それが、どうもそうじゃないらしいんですよ。なんか特定の人にしか聞こえないような声らしいんですよ。これ」
「そうなのか。では、今回はわたしたちにしか聞こえないということになるのか」
「そのようですね」
 毛むくじゃらの山のように大きな化け物は、赤く光る眼をぎょろりと動かし今日の獲物を探し始めた。化け物は目下にいるレムカとダーシェを見つけると眼を山なりに緩ませると、二人を掴もうと腕を伸ばした。
「させるかっ!」
 まず先に動いたのはレムカだった。レムカの強烈な掌底が化け物の手のひらに炸裂すると、その衝撃に体ごと後ろに大きく仰け反った。その隙にダーシェも攻撃を加えようと構えから一気に距離を詰め、化け物の足に強烈な回し蹴りを叩き込んだ。

 ブゥォオオオ!

 あまりの痛さに大きな悲鳴を上げる化け物。それでも攻撃の手を緩める気はない二人は、息を合わせ一点を狙った。
「「カムイ無双流!! 双魂っ!!!」」
 拳と脚のコンビネーションが怪物の直撃すると、化け物はさらに大きな悲鳴をあげそのまま後ろに倒れた。さらに二人は両脇に立ち、息を合わせた。
「「カムイ無双流!! 双破っ!!」」
 強烈な殴打が化け物の両脇に入ると、化け物は悲鳴を上げる気力がもうないのかそのまま気を失った。
「師匠ー! やりましたねぇ!」
「当然だ。カムイ無双流は最強なのだからな」
 化け物の討伐に成功した二人は、満月浮かぶ夜空の下で勝利を味わうとこの化け物の処理を話し合っていた。
「そういえば、こいつどうします?」
「ああ。それなら答えは簡単だ。こうするまでだ」
 ダーシェは一歩下がったかと思うと、その勢いを利用し化け物を思い切り蹴り飛ばした。蹴り飛ばされた化け物は山ほどの大きさもあるのだが、それをいとも簡単に蹴り飛ばし空へと吸い込まれ小さな点となって消えた。自分もそんな風に蹴られたのかと思うと背筋に何か冷たいものが走ったレムカだったが、今はこうして師匠と再会できたことが素直に嬉しく、笑みが絶えなかった。ダーシェも一度は蹴り飛ばした弟子との再会が嬉しいのか、ふふんと鼻を鳴らし満更でもない様子だった。二人は何も話さず町を出発し、修行の旅を再開させた。またこの力─カムイ無双流を必要とする時に備えて。
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