三種のフルーツティーソーダー【魔】

文字数 3,166文字

 地底探索のため、ぼくはある森の中へと足を踏み入れた。なんでも、未知のエネルギーを検知したという話だ。ぼくの目的は、そのエネルギーを調査し持ち帰ることが可能なら持ち帰ること。博士からエネルギー捕獲専用の容器を預かってはいるけど、いまいち使用方法がよくわからない。博士は、エネルギーを感じたらひとりでに回収を行うから安心しろって言われたけど……本当なのかな。
 とりあえず、ぼくは博士の言われた通りにエネルギーを回収して戻れればそれで構わなかった。それだけで報酬もかなり高かったからね。ぼくはその報酬で何をしようかと考えていると、ぼくの足元でひゅんと風が鳴いた。今までに聞いたことのない変わった音にぼくは一瞬、警戒心を高めた。やがてその風はくるくると渦巻きながら踊った。木の葉がくるくると輪舞を踊りながら鳴き声をあげると、今度は目の前には可愛らしい女の子がいた。ぼくはその子に話しかけようと口を開きかけたとき、あることに気が付いた。その子の体は薄く透けていたのだ。
「は……初めまして。あたしはネリーといいます」
 ネリーと名乗った女の子は、どこか物悲しそうな雰囲気をたたえていた。アクアブルーに揺れる髪に赤ワインを薄めたような瞳。まるでメイド服のようなエプロンドレスの腰元には、ネリーの髪飾りと同じような濃いブルーのベルベッドリボンが巻かれていた。そして、そんなどこかのお嬢様のような雰囲気のネリーの周りをくるくると回りながら浮いている三種の幽霊のようなものが、ぼくを物珍しそうな目で見ていた。
「あなたから見て右からアル、イィー、デューラっていうの」
 アルと呼ばれたのは緑色をした鳥、イィーと呼ばれたのは赤色の犬、最後にデューラと呼ばれたのは水色の猫だった。ぼくは思ったことをそのまま口走ってしまうと、ネリーは少し困惑したように表情を曇らせながら説明をしてくれた。
「幽霊……とは少し違うの。でもまぁ、あなたから見たら似たようなものなのかも」
 ぼくはそういう事柄には疎いからよくわからないけど、ネリーは「そのような解釈でいいわ」と口添えられた。

 ネリーはふよふよと浮きながらぼくの顔をじっと見つめると、口の端を少し持ち上げて笑った。何かあったのだろうかと思い、ぼくはネリーに尋ねるとネリーは少し恥ずかしそうに顔を背けた。
「あ……その。人間の方がいらっしゃるなんて久しぶりだったから……つい。その、あたしと少しお話してくれませんか?」
 ぼくはきっと寂しかったのだろうと思い、ネリーのお願いを聞いてあげることにした。すると、ネリーだけでなくアル、イィー、デューラも一緒になって喜んでいた。余程嬉しかったのか、ネリーよりも他の三匹の方が体を使って喜んでいるようにも見えた。
「あ、すみません。この子たちも人間と会えて嬉しいみたいで……もう……恥ずかしい」
 ぼくは気にしないよと言い、手近にあった切り株に腰を下ろしネリーが話し始めるのを待った。

 ネリーが話し始めるまでほんの僅かの間があった。もう何度目かの風が通り過ぎた後、ネリーは静かに口を開いた。
 ネリーは所謂、いいところのお嬢様だったらしい。家も土地も身分もすべて持っている上級市民で、ほぼ不自由がない暮らしを送っていた。優しくも厳しい父、朗らかで明るい母、そして数多くのメイドたちと暮らしはネリーにとって当たり前だった。そして、動物が大好きなネリーは父親にお願いをして気になった動物たちを自分でお世話をするほどに動物が大好きだった。そんな動物たちに囲まれて暮らすネリーは幸せに包まれていた。

 



 それは雲一つなく、月明かりがとてもきれいな夜だった。ネリーはとっくに夢の中へと入っている時間なのだが、その日に限って途中で目が覚めてしまった。目をこすり体を起こすと、ネリーの部屋から少し離れたところで変な物音が聞こえた。例えるなら大きな岩同士を思い切りぶつけたようなだけどすごく不規則な音。早かったり遅かったりとなんだか気持ちが悪かった。ネリーの足音に気が付いたのか、一緒の部屋で寝ていたイィーとデューラもネリーの後ろについていった。やがて物音が聞こえる部屋の前に着くと、そこは両親の部屋だった。まだあの不規則な音が聞こえていて、ネリーは耳を塞ぎたい気持ちをぐっと堪えゆっくと両親の部屋の扉を開いた。

 ゴリッ ゴリッ ゴリッ

 部屋の中は真っ赤なペンキで塗りつくされていた。鉄の匂いが充満する部屋の中、黒いものが何体かいた。その黒いものが夢中に何かを貪っていた。その何かは抵抗することなく貪られていて、声もあげていなかった。ネリーはまさかと思い、足音をたてないように慎重にその黒いものに近づいて行った。
「っ!!!!」
 その黒いものが貪っていたのは、両親

ものだった。顔からは血の気は引いており、もうあの優しい声を聞くことは叶わない程、無残に食い散らかされていた。
「ひ……きゃあぁああああ!!」
 正気を保つことができなくなったネリーは頭を抱えながら悲鳴をあげた。その悲鳴を耳にした黒いものは、すぐにネリーたちに気が付き向きを変えた。ネリーたちを見つけたその黒いものはまるで新しい獲物がきたとばかりに唸ると、血と死肉でべとべとに汚れた口を開きネリーたちに襲い掛かった。ネリーたちが両親の後を追うのにはそう時間はかからなかった。

「……ねぇ、あたしのお願い、聞いてくれる?」
 いつの間にか話し終えたネリーの周りには何か黒いものが渦巻いているようだった。ぼくは咄嗟に逃げようとすると、持ってきたエネルギー捕獲機からけたたましいエラー音が発せられていた。このエラー音が、本当に危ないということを教えてくれたような気がして、ぼくは必死に足を動かした。ここにいては危険だと何度も何度も頭の中で繰り返しながら、足と腕を交互に動かし森から去ろうとした。
「ねぇ、どこへ行くの? ずぅっとここにいましょ」
 さっきまでの柔らかい口調から、どこか禍々しさを感じるその声にぼくは背筋が凍った。なんで……なんでこんなことになるんだ。ぼくはただ、エネルギーを回収しにきただけなのに……なんで……なんで……。恐怖のあまりぼくの視界は涙で滲み、足元は時々力が入らないような感覚に襲われ何度も転びそうになった。
「ねぇ、あなた。あたしとここでずぅーっと一緒に暮らしましょうよ」
 嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。ぼくは全力でネリーの言葉を拒否した。こんなところでやられるもんかと、力を振り絞り森の中を駆けた。少しでもネリーと距離が取れるよう必死に足を動かし、息を切らせながら逃げていると、そんなことはまるで無意味とばかりにすいとぼくの隣でネリーが微笑んだ。
「一度壊れちゃえば、全て捨てられるわ。だから……ね?」
 嫌だ嫌だ嫌だ。ぼくには……まだやるべきことが……!! もうここで差をつけるしかないと思ったぼくは、最後の力を振り絞り走った。これでネリーから逃げられるなら、しばらく動けなくなってもいい。助かるならそれでいい。涙で霞む視界の先に、うっすらと見える小さな光を見た瞬間、ぼくの緊張感は緩んだ。あそこまでいけば……と手を伸ばしたそのとき。
「捕まえた」
 三匹の幽霊たちがぼくの体をがっちりと掴み、離れなかった。そんな、実体なんてないはずなのにこのすごい力はなんだ……。ぼくは何度も何度も引きはがそうと身をよじるも、その結果は全部同じだった。
「うっふふふ。あっはははは! みぃんな壊れちゃえばいいのよ!!!」
 狂気的な笑顔に憑りつかれたネリー。禍々しい気配がずずずと表れ、ぼくの体を少しずつ少しずつ蝕んでいく。気配が足に腹に腕に這い上がってくるのを感じるのと同時に、あの岩同士をぶつけたような音が聞こえたのは気のせいなのだろうか……。
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