海の思い出 川の思い出

文字数 6,026文字

 依頼されたクエストを達成し、オセロニアキルドに報告を済ませる。受付から報酬のゴールドと駒を進化させるアイテムをいくつか受け取ると、自分の部屋に戻った。だいぶこの世界にも慣れてきたぼくはある人に出会ってから月に一度、近況報告をしていた。特にこれというものではないのだが、その人物は些細なことでもいいから教えて欲しいと言っていた。それが望みならぼくはそれに応えることが大事ではないかと思い、喜んで受けた。その人物がいる建物までは遠くないし邪魔をする輩も少ないと思う……しかし、用心に越したことはない。ぼくは攻撃力の高いデッキをひとつ、カバンにしまいその人物に会う準備を済ませた。
 ぼくの用心はやはり泡沫に消えた。途中出会ったのはお喋り好きな妖精と弓の稽古をしている神様だけだった。ぼくは軽く会釈をしてその場を通り過ぎ、木々をどかした先にある建物─魔術図書博物館。ありとあらゆる図書は保管されているといわれているこの博物館は、誰でも利用することができ、また希望者は図書を借りることができる。もちろん、費用は無料。勉強熱心な学生や子供たちに勉強を教える先生、はたまた様々な知識を得たいという知的探求心に溢れた人たちが集っている。これからぼくが会うのは後者かな。とても知識に対して貪欲で、得た知識をすぐ自分のものにして役立てたいという気持ちで一杯の女神─ヒアソフィアだった。
「あら、こんにちは。もう一か月が経過したのですね。うふふ」
 ヒアソフィアは叡智の書と呼ばれる大きな書物を抱えて佇んでいた。天使にも女神にも見えるのだが、ぼくはどちらかというと女神かなと思って、勝手にそう感じている。
「早速で申し訳ございませんが、向こうであなたが得た経験をお話いただけますか」
 閲覧エリアでの会話は基本的に禁止なので、ぼくとヒアソフィアは閲覧エリアから談話エリアへと移動した。途中、魔術学校の先生であるフロットさんにもお会いし、挨拶をするとにこりと笑いかけてくれた。しかし、その後何かに足元を取られて盛大に転んでしまった。この人はいつも転んでいるというイメージがあるのだが……気のせいかな。
 談話エリアに入り、二人きりになるとヒアソフィアの目は既にきらきらと輝やいていてまるでおやつを待っている子供のようだった。ぼくは一つずつヒアソフィアに経験したことを話していくと、それを静かに聞いてくれた。時々、相槌を打ちながらもぼくの話を真剣に聞いてくれるヒアソフィアが大好きだった。だから、月に一度の報告も苦ではないのかもしれない。
「……一か月でそのような経験をされたのですね……興味深いです。それと、私が一つ気になったのが……その、海という場所へ行かれたみたいですけど……どのような楽しみ方があるのでしょうか」
 ぼくはその時、泳いだり砂浜で山を作ったり料理をしたりと話したけど、ヒアソフィアは突然叡智の書をぱらぱらと捲りぼくに指を刺した。
「これ、どういう遊びなのですか?」
 指さされた箇所には「洞窟探検」と書かれていた。ぼくは手短に話すとヒアソフィアの目はますます光輝いた。
「そ……それは素敵な遊びですね!!」
 ヒアソフィアは言葉とともにそれを体験して確実に知識を付けるタイプなので、気になったことは進んで体験をする結構行動派で、彼女いわくフィールドワークと称しなんでも挑戦をする。今回のこの洞窟探検という言葉に触れたとき、彼女は体験をしたくてうずうずしているに違いない。ぼくは近々またその海に出かける用事があることを伝えると、彼女は目を花火のように煌めかせた。
「そうなのですか!? もし、可能なら私とフィールドワークしてくれませんか?」
 もちろんとぼくは答えると、嬉しそうに叡智の書を抱きしめる。ただし、条件があることを伝える。その条件とは……。


 ─数日前、こちらはたまたまクエストで寄った森なのだが、道に迷ってしまい途方に暮れていた。デッキに組んだメンバーに相談してもみんな困った顔をしていた。はぁとため息をつくと、なにやら遠くできらきらと光る何かが目に入った。ぼくはそれを確かめようとそのきらきら光るものを追いかけた。やがてぼくの意識はその光に吸い込まれていった。
 眩しさを覚え、ぼくはうっすらと目を開ける。その先にはクリスタルブルーの髪をした少女がいた。その少女はぼくの顔を物珍しそうにじっと見ていた。驚いたぼくは声を出して後ずさりをした。すると少女はきゃははと笑いながらぼくに近付いた。
「あなたはどこからきたのですか?」
 まるで楽器のように澄んだ声に思わず聞き入ってしまうぼく。すぐに意識を戻し、暗い森の中にいたところ、光る何かが見えたからそれを追いかけたと話す。少女はすぐに合点がいったのか、ああと大きな声を出してまたにっこりと笑う。
「それ、きっとこのこたちです」
 この子と呼ばれたのは、その少女の周りを幻想的に舞う光─ぼくには蝶に見えた。それらがひらひらと舞う度に虹のような雫が落ちているようにも見えるなんとも不思議な光景だった。
「あ、もうしおくれました。わたしはティターニアともうします。ようせいのくにのじょうおうです」
 深々とお辞儀をし、ぼくも名乗る。まだあどけなさの残る少女が女王だなんてにわかに信じられなかったが、彼女がにこりとするだけで周りが和んでしまうほどの魔力を宿している。そう思えば納得かと自分に言い聞かせる。
「それでそれで、あなたはそとのせかいからいらしたんですよね」
 ぼくはそうですと答えると、ティターニアの顔は彼女の周りを舞う蝶の如くきらきらと輝き始めた。彼女曰く、ずっと妖精の国から出たことがないから外の世界がどのようなものなかが全くわからないそう。それで、ぼくに色々と聞きたいことがあるようだ。
「ティターニア様。そんなところでなく、王宮に招待しましょう」
「そうです。ティターニア様。いますぐお茶の用意をしますので」
「そうしましょう」
 彼女の周りを舞う蝶とは別にきらきらした光が言葉を発した。やがてそれは人間の形となり、ティターニアと同じくらいの少女が三人現れた。
「しつれいしました。では、こちらへどうぞ」
 ティターニアはぼくの腕を掴み、結構な力でぐいぐい引っ張っていく。そのあとを三人の少女たちはゆっくりと付いてくるのだった。

「それでそれで! そのあと、どうなったのですか?」
 はしゃぐティターニアにぼくは結果こうなったよと話すと満足そうに息を漏らした。
「そんなすてきなけいけんをされたのですね……はぁ……いいなぁ」
「ティターニア様。お茶のおかわりを」
 彼女の名前は芥子の種(というらしい。ちょっと変わった名前だからぼくはまだ驚いている)。空っぽになったティターニアのカップに熱いお茶を注ぐ。たんぽぽの紅茶らしく一口含むと口の中に広がる春が気持ちをうきうきさせてくれる。それと、つくしのクッキーにシロツメクサのケーキ、ヘビイチゴのタルトなど普段お目にかかれないお菓子がずらりと並んでいる。これらを担当したのは蜘蛛の巣と蛾の羽。お菓子はもちろん、料理の幅はかなり広くてとっても美味しいとティターニアは言っていた。それを聞いた二人は頬を赤らめ照れていた。ぼくはヘビイチゴのタルトを頬張ると、甘酸っぱさの中にあるクリームのコクと見事にマッチして思わずうなった。なるほどティターニアが喜ぶのはこういうことか。
 お茶会もひと段落したところで、ぼくは元の世界に帰ることを告げた。するとティターニアは少し悲しそうな顔をして別れを惜しんだ。
「もっといろいろなおはなしをききたかったのですが……ざんねんです」
 さっきまで笑っていたのにここまでしゅんとされると、ぼくの胸はちくりと痛んだ。少し考えてみてティターニアにある提案をしてみた。その提案とは……。


「はじめまして。わたしはティターニアといいます」
「はじめまして。私はヒアソフィアと申します」
 ぼくがヒアソフィアに出した条件は、ティターニアも同行してもいいか。そして、ティターニアに出した提案は一緒に外の世界に行ってみないかというものだった。見ず知らず同士だから最初はどうかなと思っていたけど、二人はすぐに意気投合していた。誘ってよかった。
「ところで、私は洞窟探検をするのですが、ティターニアさんは何を?」
「わたしはかわあそびというものです。なんでもとってもつめたくてたのしいとおききしました」
「川遊びですか? 私も参加したいです」
「わたしもいっしょにどうくつたんけんをしてみたいです」
 二人ともテンションがはちきれそうなので、ぼくは最初に川遊びから案内することにした。初めての外の世界を目にしたティターニアは見るものすべてが新鮮で終始はしゃぎっぱなしだった。あれはなんですかと聞くとあれはこういうものですとヒアソフィアが丁寧に答える様はまるで幼稚園の生徒と先生である。装いもティターニアは真っ白なワンピースに麦わら帽子、ヒアソフィアは新緑を思わせる緑色のブラウスに白いパンツと大人っぽい装いだった。
 やがてさらさらと聞こえてくる音に反応したのはティターニアだった。ぱっと飛び出したティターニアを危ないから気を付けてくださいと注意するヒアソフィア。ぼくも見失わないように二人を追いかけると、すでに川に足を浸し遊んでいるティターニアがいた。ヒアソフィアも透明度の高い川に驚きつつもティターニアと一緒に川遊びを楽しんでいる。
「みてください! おさかながこんなにたっくさん!!」
「ほんとうですね! あ、そっちに行きましたよ」
「あはは! おさかなさん、こんにちは」
 天気にも恵まれ、さんさんと降り注ぐ太陽の下きらきらと笑う二人を見ていると、ぼくは誘ってよかったなと思った。これもなにかの縁だしその縁を大事にしてもらえたら……うわ!
「あはは! つめたいですよ!」
「あなたもこちらで涼みましょ」
 ティターニアに水を掛けられ、その水がとても冷たいことに気付く。ぼくもすぐに川へ足を浸すときんとした冷たさが足を刺すように刺激する。
「どうですか?」
 ぼくは冷たいけどとても気持ちいいと言うとティターニアはころころと笑った。それをみたヒアソフィアも一緒に笑う。しばらく川遊びを楽しんでいるとぼくはちょっと気になったことがあったのでティターニアに聞いてみた。
「こうてい……あ、オベロンですか? オベロンはいそがしいみたいでずっとるすなんです。なので、わたしがくにをまもっているのです」
 妖精の国はオベロンとティターニアで成り立っていると聞いたことがあったのだが、先日は見かけなかったし、今回も一緒に来て大丈夫だったのかと聞くとはいと元気よく答えた。
「からしのたねたちがるすをしてくれるので、だいじょうぶです!」
 そっか。彼女たちが……。そういえば、またあのお菓子食べたいな。ふとそんなことを考えていると、ティターニアが持ってきたバスケットから何かをぼくに手渡した。
「はい。このまえたべたタルトです。ちょっとひとやすみでもしましょうか」
 あ……。あの二人が作ったタルト。今日、持ってきてくれたんだ。なんでも皆んさんとお会いするならこれくらいはといい、バスケット一杯のお菓子をティターニアに持たせたみたい。タルトの他にもホタルソウのミニパンケーキ、ノイチゴのジャムがたっぷりかかったビスケット、ヤマブドウのジュース、キイチゴのクッキーとバリエーションが豊富だった。それを川から上がったみんなで一緒に食べる。川のせせらぎを聞きながら自然に囲まれながらの食事はまた格別だった。

 一休みを終え、今度は近くの浜辺で気になるものがあるといい、ヒアソフィアとティターニアと一緒に洞窟探検を始めた。ヒアソフィアは洞窟の中にある光る貝殻を見つけたいと意気込んでいて、それを目的に楽しもうと決起した。
 目的のものは、川からほんの数分歩いた先にあった。海に面しているそれはぽっかりと空いていて誰でも歓迎かのような出で立ちだった。中は暗いのかと思ったのだけど、思ってたほど暗くなく、目が慣れれば平気だった。
 ヒアソフィアが先頭にたち、そのあとにティターニア、ぼく。ここでもヒアソフィアは叡智の書を忘れずに持参しているというのは、本当に知識に対して貪欲で経験を通して自分の知識にしたいという思いが具現化しているようだ。初めて見る叡智の書にティターニアははしゃぎ、一緒に知識を共有しているのを見ているとなんだかぼくは不思議な気持ちになった。一通り触ったティターニアを落ち着かせ、さらに奥へと進むと海の底で何やら光るものを見つけたぼく。指さすとヒアソフィアはあれですといったので、ぼくはすぐに潜りそれを取りに行った。海の中も明るく目が慣れていれば目的のものまで迷わず潜っていける。光っているものを手に取りゆっくりと浮上、海面に出てヒアソフィアに手渡すとその貝殻からひょっこりと顔を出す。
「あら。こんにちは。脅かせちゃってごめんなさい」
 貝殻─やどかりのおうちが光っていたようだ。最初はそれを欲していたヒアソフィアだったがやどかりのおうちとわかった今は、その貝殻を優しく撫でてから海へと戻した。
「私はそれを見た、触った、感じた。それだけでもとても幸せです。わざわざ潜ってまで取ってきてくださってありがとうございます。おかげで貴重な体験ができました」
 満足そうに微笑むヒアソフィアをみたぼくは、達成感とはまた別の充実感で満たされた。隣で笑うティターニアも満足してくれたようで、ぼくはとても幸せだった。

「今日はこんな素敵な出会いをありがとうございました」
 洞窟を出たときは、外はもうオレンジ色に染まっていて頬を撫でる風も少しひんやりとしてきた。川遊びをしていたから体を冷やしてはいけないと思い今日はここで終わりにしようと提案。ヒアソフィアとティターニアは満足そうにはいと答えると、最後に握手を交わしていた。
「またお会いできる時を楽しみにしています」
「わたしもです! きょうはありがとうございました」
 ティターニアはワンピースの裾をつまんでお辞儀をすると、光る蝶に包まれて消えていった。夕焼けに染まる虹色の蝶はこの前見たときとはまた違った幻想を奏でていた。
「では、私たちも帰りましょうか。近くまでお送ります」
 ぼくはヒアソフィアの作る魔法円の上にのり、複雑な文字が下から上へと流れる様を見ていた。後ろではヒアソフィアが詠唱を行っていて、それはまるで聖歌のように神聖だった。やがて文字が目の前を覆いつくすと、ぼくは光に抱かれていた。ふと下をみると、ヒアソフィアの頭翼がふわりと舞い、砂浜に降り立った。
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