一口に幸せぎゅっ♡ワンスプーンショートケーキ【魔】

文字数 3,902文字

「お疲れさまー」
 ギルドの友達と挨拶をかわし、わたしは自室へと戻った。今日の依頼はなんとも慌ただしく、一人ではこなすことが難しく急遽友達を一緒に参戦した。一人より二人とはいったもので、力を合わせてなんとか依頼をこなすことができ、わたしは手伝ってくれた友達に何度もお礼を言った。
「いいって。ちょうど、空いていたし。また何か手伝えることがあったら言ってね」
 嫌な顔せず、わたしに笑顔を向けてくれた友達が一瞬天使に見えたのは気のせいだろうか。うん、きっと気のせいじゃない。それに、いつもわたしの依頼ばっかり手伝ってくれるから、今度はわたしから何か手伝えることがないか声をかけてみよう。
 ふらふらになりながら自室の扉を開けると、そこには見慣れない封筒が置いてあった。真っ白な封筒には何も書いておらず裏面には可愛いクマのシールがぺたりと貼られているだけだった。わたしはクマのシールを丁寧にはがし、中を確認すると女の子のような可愛い文字がファンシーな便せんの上で踊っていた。

 ─いっつもボクの話を聞いてくれてありがと! 今日は、特別な時間をあげるから遊びにきてね ドルツァ─

 ドルツァは、とにかく可愛いものと甘いお菓子が大好きな幼い少年のような悪魔。彼の部屋にはこれでもかと言わんばかりの可愛くデフォルメされた動物や、スイーツで埋め尽くされている。わたしが可愛くデフォルメされたライオンのクッションに手を伸ばすと、ドルツァは鋭く「あっ」と言いながらわたしの手を払いのけた。
「あっぶなかったぁ。これ、お姉ちゃんにとっては毒だからね」
 こんなに可愛くても触れば毒という事実を知ったわたしは、一瞬固まってしまったがすぐにドルツァの声で正気を取り戻した。それから、触っても無害な部屋へ移動しお茶やお菓子をご馳走になって……それから……なんかたくさんお話をしたような。でも、それだけで手紙を? わたしはどうなのだろうと首を捻りながら、他に何か入っていないか封筒の中を確認すると可愛いクマのワッペンが入っていた。ワッペンの裏を見ると、これまた可愛らしい字でこう書かれていた。

 ─クリームたっぷりのスイーツを思い浮かべて。そうすれば、こっちに来れるから─

 スイーツかぁ。わたしの頭には数えきれないくらいのスイーツがぽこぽこと浮かんでいたが、今は疲労感に負けてそのままベッドの上に倒れこんでしまった。


「ねえ……ねえさん……お姉ちゃんったら……大丈夫?」
 ゆらゆらと何か揺れている? それに心配そうな声……徐々に目を開いていくと、そこには心配そうにわたしの顔を覗き込む少年ドルツァがいた。イチゴミルククリームのようなふわふわな髪にぱっちりした瞳、少し開いている口から覗く小さな犬歯。そして、蝙蝠のようなだけどどこか幼さの残る翼を見て、わたしはようやく目の前にいるのがドルツァだと認識した。
「よかったぁ。何度声をかけても反応がなかったから、心配しちゃったよ」
 わたしの顔を見てほっとしたのか、ドルツァは小さく息を吐くとすぐにわたしの手を取って歩き出した。
「ね、お姉ちゃん。今日はね、たぁっくさんたくさん甘いものを用意してるんだ♪ きて!」
 ぐいぐいと引っ張られるがまま、わたしはドルツァについていくと、そこは大きなダンスホールのような場所だった。高い天井にはこれまた大きなシャンデリアがあり、煌々とホール全体を照らしていた。そしてホールの真ん中には長いテーブルがあり、所狭しと美味しそうなスイーツが並んでいた。シュークリーム、タルト、プディング、ゼリー、ケーキと種類が多くわたしは思わず「美味しそう」と呟いた。
「あ、これはね。お姉ちゃんが食べても平気なもので作ってあるから、一緒に食べよ!」
 ドルツァに促され、席に着くとすぐにメイド服を着た女性や男性がわたしの前にあるティーカップに熱々の液体を注いだ。きれいな琥珀色のそれは、香りでなんとなくダージリンだとわかった。
「今日はね、お姉ちゃんに対して日頃の感謝を伝えたくて。遠慮しないでたっくさん食べてって」
 そういうと、ドルツァは一口サイズのシュークリームに手を伸ばしそのままパクリ。ほっぺに手を当てて「おいひ~」と喜んでた。わたしもそれに倣って、一口サイズのリーフパイに手を伸ばしパクリ。サクサクした食感の後に粗削りしたお砂糖がじわりと広がり、思わずわたしも唸ってしまった。
「ね? 美味しいでしょ? もっともっと食べてって!」
 そういい、わたしはドルツァと一緒にしばしスイーツタイムを楽しんだ。ほどよい苦みの紅茶とスイーツの相性はばつぐんで、そのおかげかわたしがスイーツを取る手は休むことをしなかった。
「ふふっ。お姉ちゃんって、本当に美味しそうに食べてくれるね」
 ふいにドルツァが小さく笑った。その声にわたしはドルツァの方を向くと、ドルツァは小さく「あっ」と言い、指でわたしのほっぺに触れた。ドルツァが指をひっこめるとそこにはさっき食べたケーキのクリームがついていた。
「ほっぺにクリーム、ついてたよ」
 わたしったら、それに気が付かずに食べていたのかと思うと急に恥ずかしさがやってきて、わたしの顔を真っ赤に染めた。
「もう。そんなに恥ずかしがることないじゃん。ほら、お姉ちゃん」
 指の隙間からドルツァの方を見ると、スプーンを持ったまま待っていた。ゆっくり手をどけて改めてみるとドルツァは、わたしが口を開けるのを待っていたようだ。何も言わずただそこにいるドルツァをじっと見ていると……なんだか恥ずかしくなってきたわたしは、ふいと目を背けてしまった。
「お姉ちゃん。目をそらしちゃイヤ」
 少しむすっとした声に、わたしは呼吸を整え再度ドルツァと向き合うとドルツァは小さく笑いながら「はい、あーん」と言い、わたしの口の中にスプーンをそっと入れた。たった一口で終わってしまうスイーツなのだけど、その一口には驚くほどに完成されたショートケーキが口いっぱいに広がっていた。甘すぎないホイップクリームにジューシーなイチゴ、ふわっふわのスポンジケーキが口の中で見事に混ざり合い最高の一口を体験させてくれた。
「どう? 美味しい?」
 わたしは何度も頷くと、ドルツァは嬉しそうに笑いながら「よかったぁ」といった。わたしはドルツァに一口スプーンスイーツについて聞こうとしたとき、わたしの背後から扉が開く音が聞こえた。
「あっ。パパ! ママ!」
 中に入ってきたのは、ドルツァのお父さんとお母さんだった。お父さんはどこか威厳に溢れていて、お母さんは慈愛に満ちた笑顔を湛えていた。ドルツァは大好きなお父さんとお母さんになにやら話していると、お父さんが「おお。そうなのか」と低い声で反応し次いでわたしに向かって深々とお辞儀をした。
「これはこれは。いつもドルツァはお世話になっております。この通り、わがままな性格をしておりますが、よろしければご一緒してやっていただけると嬉しく思います」
「もー。ボク、わがままじゃないもん」
「うふふっ。いつもあなたのことは、ドルツァから聞いていますよ。これからも仲良くしてあげてください」
 ああ……これはどうも。わたしはお父さんとお母さん順番に挨拶をし、ふと扉の上にかかっている時計に目が行ってしまった。時刻をみて、わたしは思わず大きな声をあげてしまった。そうだ……すっかり忘れてた。報告書、出さなきゃいけないんだった……。わたしはかいつまんで事情を説明すると、両親は少し残念そうに唸りながら「またいつでも遊びにきてくださいね」と言ってくれた。そしてドルツァにも謝ると、少し悲しそうな顔をしながらわたしの手をぎゅっと握った。
「もう時間切れなのか……ね、また……会いに来てくれるよね?」
 わたしは何度も頷きながら、ドルツァの頭を撫でるとくりくりした瞳から大粒の涙を流しながら無理やり笑って見せた。そして、お父さんから小さな箱を受け取ると、今度はそれをわたしに手渡してくれた。
「はいっ! とっておきの可愛いケーキ、ボクが作ったんだ。……受け取ってくれる?」
 わたしはゆっくり頷きながら箱を受け取ると、ドルツァは目に涙を浮かべながら笑った。「えへへ」と照れ隠しをするような笑顔を見たわたしは、急に意識が朦朧となり足元がふらついた。
「お姉ちゃん! お姉ちゃん! 大丈夫?!」
 慌てて駆けつけてくれたお父さん、お母さん。それに、ドルツァの姿が次第にぼやけていき最後は真っ暗な闇に意識を持っていかれた。


 瞼にちくちく刺さる何かに気が付いたわたしは、うっすら目を開けるとそこは自室だった。そうだ。確か昨日は疲れて寝ちゃったんだっけか……ぼんやりとした意識の中でここに至る経緯を思っていると、机の上に見覚えのない箱が置いてあった。誰かの差し入れ? 誰だろうと思い、箱のリボンを解くとそこには可愛いクマの顔のケーキが入っていた。そしてケーキの横にはなにやら小さなメモのようなものが入っていて開いてみると、可愛い字でこう書かれていた。
 
 ─これはお姉ちゃんのために、特別に作ったケーキなんだ。お口に合うといいな─

 そうか。これはドルツァがくれたものだった。ドルツァに会ったような気がするがあれが夢ではなかったのかな……どっちだったのかな。夢か現かわからない。けれど、今こうしてドルツァの感謝の気持ちがあるということは……そういうことだよね。わたしは可愛いクマを崩さないよう一口齧った。うん……ドルツァ。美味しいよ。今度会ったとき、このケーキの感想を言わせてね。それと……こんなに美味しいケーキを作ってくれてありがとう。
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